28 グランギニョール・ルーレット Ⅱ
ルーレットが机の上に置かれる。
その衝撃で、上に乗った白い球が弾んだ。
「お前そんなに嫌なのか? 俺が絶対勝てないような勝負を持ちかけるなんて」
「嫌に決まってるじゃん。でも、確かに普通のルールじゃ君が負けるね。変則ルールにしよう」
と言ってモルディオは机の上のメモ帳を手に取った。
「まず、僕がこのメモに『球が入る場所』を書く。後は君が適当に球を入れてくれればいいよ。僕が外せば君の勝ちだ」
「そんなのお前が相手じゃ勝てないだろ。この勝負は決まってるんだ」
「そんなことはないよ。未来は自分で切り開くものだから。じゃあ始めようか」
まだやるとは言っていないのに、モルディオはボールペンを使ってメモに数字を書いた。
そしてメモを切り離して裏返す。
モルディオは無駄な口論はしない人間だと思っていたが、身長のことになると途端に幼くなった。
それだけ低い身長を気にしているらしい。
呆れたセヴィスは仕方なく球を取って、ルーレットを回す。
「お前本当にルーレット好きだな」
「君のハンバーグ好きには及ばないよ」
セヴィスはため息をついて白い球を盤に投げ入れる。
球は赤と黒の盤の上を円滑に走っていく。
「そろそろかな」
球はゆっくりと失速し、『赤の18』に入った。
それを見たモルディオは目を見開いた。
「えっ何で……」
セヴィスは黙ってメモを取り、裏返す。
書かれていたのは『黒 11』だった。
「お前の負けだな、モルディオ」
「そんな、外れるなんてどういうイカサマを? まさか僕が部屋に来る前から細工したとか」
「俺はそんなことしない。全く、お前は深く考えすぎだ。……俺だって、やる直前までは負けると思ってた」
そう言って、セヴィスは紙面を指さす。
そこにはうっすらと二本の線がある。
モルディオが『11』と書いた跡だった。
「お前、前に変えた先の未来のことは知らないって言ってただろ。まあ、俺がこれに気づいたのは偶然だったけどな。お前にしては詰めが甘すぎる。わざと負けたんだろ」
「そんなことないよ。僕が君を甘く見ていただけ」
そう言ってモルディオは顎に手をあてると、どこか気が食わない表情をした。
「どっちにしても、これはチビにしかできないんだ」
「仕方ないな。でも18って何? まさかミルフィの歳じゃないよね」
「あのな、俺がわざわざそんなことをする奴に見えるか? チビ」
「ふーん。とりあえず今度その言葉言ったら、もう片方の足も潰すから」
***
その頃、寮のロビーではグレイとその取り巻きが騒いでいた。
彼女らにとって、時間よりグレイの方が大切なのだ。
一応寮に住んでいるシェイムは、一番後ろからグレイを見ていた。
ここまで女子を集められるのは、アフター・ヘヴン所持者しかいない。
それに関しては大分前から確信はついていたが、それでもここに来てしまう。
シェイムは自問する。
どうしてここに来てしまったのだろう。
自分の役目はミルフィを守ることだ。
グレイは関係ないはずだ。
「グレイ様、これ飲んでください!」
一人の女子がコップに入ったジュースを差し出す。
「おう、ありがとなー。それにしても明日初戦からウナギと当たるって、俺様ついてるんじゃね?」
グレイはジュースを受け取り、まるでワインを飲むように優雅に飲んだ。
そのコップの中には、いくつかの泡が浮かんでいる。
だが、その一つ一つが大きすぎる。
目を奪われる程不自然な泡だった。
「シェイム」
ふと名前を呼ばれた。
振り返ろうとすると腕を掴まれて、グレイたちから離れた場所に引っ張られた。
顔を上げると、自分の腕を引っ張っていたのはハミルだった。
「何してるんだよ」
少し怒った様子で、ハミルは言った。
ハミルはアフター・ヘヴンの存在を知っているが、複数の魔力権を得られることしか知らない。
ミルフィが本物のアフター・ヘヴンを持つことや、それが異性を惹きつけるものだということは知らないだろう。
「何って……」
「そんなにグレイが気になるのかよ」
ハミルは語気を強めて言った。
どうしてハミルはこんなことを聞いてくるのだろう。
「どうしたんですか、先輩」
シェイムは思ったことをそのまま聞いた。
「何か、お前がグレイのとこに向かってくのを見るのが嫌なんだよ」
「すみません、あの人があれだけ女子を集める理由を知りたかったんです。でも、先輩だって最近ミルフィばっかり気にしてるじゃないですか」
ハミルは図星を突かれたらしく、視線を落として頭を搔いた。
「シェイムって、ミルフィさんの幼馴染だったよな。好きなタイプとか分かるか?」
やはり、アフター・ヘヴンの効果が出てきている。
シェイムはレストランの客がこうならないように、ミルフィには接客させないように言っていた。
だが、セヴィスと同時に来店してくるハミルだけはどうしようもなかった。
ミルフィが好きなのはセヴィスだ。
早いうちに遠ざけた方が、ハミルの為にもなるだろう。
「ミルフィには好きな人がいるんです」
ハミルは目を見開いて、硬直した。
「その人はミルフィの命を助けてくれた人で、ミルフィはずっとその人を慕ってるんです。だから」
「それって、おれの知ってる人?」
「いいえ」
シェイムは首を振った。
ここで頷いたらまた面倒なことになる。
それがセヴィスだと言ったら、もっと面倒なことになる。
「でもお前の言い方からして、その人ってまだ恋人じゃないんだろ?」
言葉を誤った。
今の言い方では、まるでミルフィが片思いしているように思わせてしまった。
だが、実際は片思いなのかもしれない。
シェイムにはセヴィスがどう思っているのか、推し量ることはできない。
セヴィスはハミルと違ってポーカーフェイスで、思ったことを口にすることも少ない。
「私だって……先輩が、別の人を想ってるミルフィのところに行くのを見ていい気分になりません」
迷った末に選んだ言葉は、ハミルの言葉とほとんど同じだった。
「そっか、そうだよな。じゃあおやすみ」
ハミルは少し残念そうに言って去って行った。
これは諦めたのだろうか。
シェイムには諦めたように見えなかった。
今回、初の挿絵を挿入しました。
何故この特に重要でもないシーンを描いたかというと、ルーレットを描いてみたかったからです←
この絵がイメージ崩壊になっていないか心配ですが、時間があれば他のキャラも描きたいですね。
ちなみにスマホだとモルディオが消失します。