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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
一章 敵躍の代行
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3 招かれざる客

 視線を下に落とすと、モルディオと自分の間にある白いテーブルが視界に入った。


「君が部屋に入ったらサキュバスがクロエを殺してたって、伝えても警察が納得するかな。でも言わないと何も解決しないし、この状態が長引けば怪しまれるね。

 そういえば、その後サキュバスは何か言ってた?」

「これからが楽しみだとか、イノセント・スティールがどうとか……俺にはよく分からなかった」


 おれはサキュバスそのものがよく分からねえよ、とハミルは視線をセヴィスに向ける。


「なあ、最近よくテレビで出てくるけどサキュバスって何なんだ? 悪魔の頭領ってことは知ってるけどよ……」

「世界中の美術館にダイヤモンドが一つずつあるのは知ってるよね。そのダイヤモンドがサキュバスの本体なんだ。で、サキュバスがこの世界の悪魔を全部生み出してるんだ。サキュバスに関して分かってるのはこれだけだよ」


 答えたのはモルディオだった。

ダイヤモンドが本体、とはどういうことだろう。


「全然想像つかねえ。どんな見た目をしてるんだ? マジでダイヤモンドなのか?」

「地面につくぐらい長い銀髪と、赤いドレスだった。武器みたいなものは持ってなくて、素手でクロエの心臓を刺してたんだ。何かタロットカードのことをやたら気にしてる感じはあったけどな」


 どうやら人間のような姿をしているらしい。

ハミルはセヴィスの話だけでサキュバスの姿を想像してみる。

しかし、ドレスと聞くと王族のような優雅な姿しか思い浮かばない。


「分からないことが多すぎるし、やっぱり行くべきだね」

「行くって?」


 ハミルは思わず聞き返す。

なんとなく自分だけ置いていかれる気がしたからだ。


「館長室だよ。セビの家の件はその後だ」


 まさか、直接ウィンズに会って話をする気なのか。

モルディオは館長室に入る許可を持っていないはずだ。

心配するハミルをよそに二人は立ち上がり、部屋を出る。


「ちょっと待ってくれよ!」


 ハミルは頭を整頓できないまま二人を追いかける。

寮と美術館は繋がっている。

セヴィスが寮にいた理由も、最初からこうなることを想定していたからなのだろうか。

クロエの逮捕から死亡までの流れは、ハミルにとってわけが分からなかった。


***


 絢爛豪華な美術館の最上階。

茶色の扉の上には『館長室』とプレートがかけてある。

館長がウィンズになってから、ここに来るのは初めてだ。

館長の許可なしに入るのも初めてだ。


 モルディオが扉を拳で二回叩く。

隣のハミルを見ると、ハミルはきょとんとしている。

分からなくて当然だ。

モルディオは分かっているのだろうか。

セヴィスはハミル同様、よく分かっていない。


「一人だけじゃねェな。階級と名前を大声で、一人ずつ言え」


 聞こえたのはウィンズの声ではなく、新しく副館長になったシュヴァルツ=アルテミスの声だった。


「名前だけじゃねえのか? しかも大声って何だよ」


 ハミルは肩をすくめる。

確かに、館長室にそんな決まりはなかったはずだ。


「A級のモルディオ=アスカです」


 モルディオはとても大声とは思えないような声量で言った。


「あーん?」


 シュヴァルツはおそらく聞こえているが、わざと聞き返す。

それに触発されたらしく、ハミルが扉の前に立つ。

そして大きく息を吸う。


「ハミル=スレンダ! B級!」


 ハミルが大きな声で叫んだ。

予想以上の声量に、モルディオが耳を塞いでいる。


「あーっ!?」

「ハ! ミ! ル!」

「ああっ!?」

「ハーっ! ミーっ!」

「チッうるせェなっ!」


 下等な争いはシュヴァルツの舌打ちで終わった。

扉が小さく開けられる。

三人ですぐに中を覗いてみるが、ウィンズはいない。

中を見渡そうとすると、シュヴァルツの身体によって遮られてしまった。


「何だ? 電気ウナギもいたのか?」


 そう言って、シュヴァルツは眼帯の中に指を入れて瞼をかいた。

相変わらず腹の立つ話し方だ。


 シュヴァルツ=アルテミス。

歳は三十を越えており、A級祓魔師としては最年長だ。

隻眼の斧使いで、祓魔師屈指の怪力を持っている。

その速さを捨てた力任せな攻撃は、速さを重視したセヴィスと完全に対を為す。

実力はA級でもかなり下の方で、その乱雑な性格は副館長には向かないと噂される。

そんな視線を浴びながら、ウィンズによって副館長に選ばれた人物だ。


「中に入れてください」

「こんな時間になんだよ。テメーらはお呼びじゃねェ。帰れ」


 シュヴァルツはまるでゴミを扱うように手を払う。

しかしモルディオは引き下がるつもりはなさそうだ。


「どうして帰らないといけないんですか」

「許可なしに館長室に入ったら称号剥奪と停学処分って言ったよなぁ」

「称号剥奪!?」


 驚くハミルの声が廊下中に響いた。

そんな規則がいつの間にできたのだろう。

最初は授業をいつも寝て過ごしたせいかと思ったが、この二人の様子だとハミルやモルディオも知らないらしい。


「というわけでテメーらの称号は剥奪な」

「そんなこと一度も聞いていません」


 モルディオの声色は普段と変わらないが、怒っているのは伝わってきた。


「おーおー、候補生代表を務める程の優等生アスカ君ですらセンセーの話を聞かなかったってことか? エルクロスも堕ちたなー」

「僕は代表である以上、伝達事項は全て把握しているつもりです。まして館長室の規則といった祓魔師全体に関わることなら尚更です。大体、そんな重大な変更があったなら、僕だけではなくこの二人も当然知っていると思うんですが」

「あーうるせェうるせェ。候補生にはまだ伝わってねェってことだろ? 当たり前だろ、オレが今作った規則だからな」


 このシュヴァルツの言い草だと、今作った規則を早速施行したということだ。

副館長という立場にしてこのいい加減さだ。

授業中寝ているセヴィスも人のことは言えないが、S級であるだけの候補生と副館長では話が違う。


 ハミルは気に食わないのか、唇を噛み締めている。

それに比べてモルディオは一切表情を変えない。


「候補生に関する規則は生徒議会の同意を得て初めて成り立つんです。いくら副館長でも、勝手に施行する権利はありません。そんな身勝手な理由で僕たちの称号が剥奪されるなら、落ちぶれたのは美術館側だと僕は思います」

「生意気なガキだなー」


 要するに、何も言い返せなくなったのだろう。

セヴィスは呆れて口を出そうとも思わなかった。


「今回だけは許してやるから、ほらっ、さっさと帰れ」

 と言ってシュヴァルツは扉を閉めようとする。だがすぐにモルディオがその扉に手を掛けて止めた。


「余程館長室に僕たちを入れたくないんですね」

「あったりめェだろ、悪魔どもに情報が漏れたらどうすんだ」


 シュヴァルツは唾を館長室の絨毯に吐き捨てる。

あれだけクロエが綺麗にしていた館長室が一気に汚く見えてきた。

実際シュヴァルツの清潔な部分は、俗にオールバックと呼ばれる髪型ぐらいだろう。

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