26 疑問、困憊、反省
「親父、来るなら一言言ってくれよ!」
時を待たずして、そっくりな親子がやって来た。
ハミルは忙しい父が応援に来たことが嬉しかったらしく、ローズに気づいていない。
「はじめまして」
ローズはハミルの前に立つ。
ハミルは突然現れたローズに驚き、ミストとローズを交互に見た。
「えっと……誰?」
「わたしはローズ=ラスターと言います」
「ローズって確か」
「この度、怪盗フレグランスの逮捕を依頼され、フリージア連邦より派遣されました。よろしくお願いします」
ローズが一応程度に頭を下げると、ハミルは戸惑う。
言葉に困っているのか、指が何度も頭に向かっている。
無理もない。
あれだけ世間を騒がせたローズが同い年の女だと知ったら、誰だって驚くだろう。
「他でもない、あなたを呼び出した理由は……フレグランスの逮捕に協力していただきたいのです」
「フレグランスの逮捕って、何でおれが!?」
ハミルはミストに尋ねるように視線を向ける。
ミストの表情は変わらない。
「あなたにしかできないことなんです」
「おれの魔力権だったら、他をあたってくれよ。使いこなせないんだ」
「あなたの魔力権ではなく、ハミルという人物が必要なんです」
とローズは言う。
「おれにはできねえよ、フレグランスを捕まえるなんて」
「無理じゃない。やれ」
ミストが冷たい一言を放つ。
先程まで反対していたのに、とローズも目を見開く。
考えが変わったのだろうか。
「無理だって、おれはセヴィスを肉眼で把握するのも精一杯なんだぞ!」
「それは頑張ればセヴィスが把握できるということか?」
「えっ、うん、まあ一応……」
「ならできる。お前の父としてじゃなくて、特捜課の課長としての命令だ」
父に言われて、ハミルは逡巡している。
スレンダ家では父に逆らえないのか、畏怖しているように見えた。
「それだったら、モルディオでいいじゃんか。今あそこにいるから呼んでくるよ」
そう言ってハミルは踵を返そうとする。
ローズはその腕を掴んで止めた。
「彼は駄目です」
「何でだよ?」
ハミルは客席に向けていた身体をローズの方に戻し、肩をすくめる。
「彼はあの魔力権がある以上、フレグランスの正体を知らないわけがないんです」
「モルディオの能力は無効化ではなかったか? 無効化でフレグランスの正体が分かるとは思えんが」
ミストが首を傾げる。
「ちょっと待ってくれよ。何でローズ……さんはあいつの能力知ってるんだよ」
「彼とは古い知り合いなんです。わたしが言えるのはただそれだけなんです」
「古い知り合い? あいつって、新生児誘拐事件の生き残りだろ。何で知ってるんだよ」
ハミルはローズを不審に思っているらしく、厳しい口調で問い詰める。
ローズはハミルが新生児誘拐事件の生き残りについて知っていたことに、ただ驚いた。
「ハミル、どういうことだ。新生児誘拐事件は、最近捜査が再開した十何年前の事件だったはずだが……生き残りはいないとシャルロット女王が直々に言っていたじゃないか」
「知らなくて当たり前だよ。だって、事件の捜査を依頼したのがモルディオなんだからさ」
ローズとミストはほとんど同時に息を呑んだ。
ハミルは想像以上にたくさんのことを知っているらしい。
「何ていうか、モルディオの行動には謎が多いな。オレはただのガリ勉だと思っていた」
「あいつは計算ずくで動くんだよ。何もかも」
「しかし、ハミルはそれをオレたちに話していいのか? 世間に知られていないということは、相当な秘密なんじゃないか」
「表向きではそうなってるし、おれだって友達だと思ってた。でも、最近モルディオがよく分からねえんだ。セヴィスの足のことだって寝坊とか言うし、よくミルフィさんを呼び出して何か問い詰めてるし。また何か企んでるのかな」
この様子だと、ハミルはモルディオに対して懐疑的になっている。
これは利用できる、とローズは確信する。
「捜査に協力してくださったら、彼に関する情報を教えることもできます」
「またおれにクラスメイトを疑えってことかよ! もう嫌だよ、二回も隠れてこんなこと」
「二回?」
ハミルは自分の口を手で覆って、俯いた。
以前にも似たようなことがあったのだろうか。
あるとしたら、セヴィス関係だろう。
「分かったよ。フレグランスには捕まってほしいし、おれが必要なら協力する。でも、これ以上友達を疑いたくないから」
「ご協力感謝します」
ローズはハミルの言葉を遮って頭を下げた。
「ところで、ミルフィって誰ですか?」
「レストランの店員の、普通の女の人だよ。祓魔師でもないし、あいつが会う理由なんてないと思うんだけどな」
「そうですか」
「じゃあおれ、もう行くから」
ハミルは逃げるようにその場を走り去った。
取り残されたミストも、先程のハミルと似たような表情をして突っ立っていた。
「ローズ、お前モルディオに関してどこまで知っている?」
ハミルが去ってからしばらくして、ミストが小声で尋ねてきた。
「ここまでハミル君が知っていたなら、隠す必要もありませんね。彼は新生児誘拐事件の生き残りで、本当の魔力権は未来予知です」
「未来予知って、そんな能力があるのか?」
「はい。課長はわたしの祖国で有名な医者、フルヴィオ=アスカを知っていますか?」
「聞いたことあるぞ。そいつは確か拉致された子供の親で、『息子を返せ!』って昔よくテレビで言ってたな。最近はあまり見かけなくなったが、まさかモルディオはそいつの息子か?」
「そうです。モルディオ=アスカという名前はあくまで両親に貰った名前なんです。彼の本名は、ベルク=グラファイス」
「おい……ベルクって確か」
「はい、わたしがビデオで挑戦状を叩きつけた人間です」
ローズは堂々と断言した。
***
トーナメントタッグ戦の初日が終わって夜八時、チェルシーはモルディオについて行って彼の部屋にやって来た。
朝からついていたらしく、テレビの画面には『え~クソしすとSP』という番組が映っている。
そしてテレビの前ではセヴィスが座ったまま、死んだように眠っていた。
「全く、座ったまま寝るのがもう癖になってるみたいだね」
とモルディオが言って近づいても起きる気配はない。
額に滴る冷や汗を見ると、足の激痛に耐えて困憊したらしい。
いつもハミルが殴りかかるとすぐに起きて避けるのだが、今の状態だととても避けられそうにない。
それだけ深く眠っていた。
グレイは相当な劇薬を用いたらしい。
セヴィスでさえこの有様なら、一般人にこの毒を盛ったら発狂するだろう。
チェルシーの頭の中は、グレイへの敬慕とセヴィスに対する罪悪感の間で揺れ動いていた。
「僕は飲み物を買ってくるよ。で、君はここにいるの?」
この状態だとさすがに起こす気になれなかったのか、モルディオは立ち上がって自身のバッグから財布を取り出す。
「ううん、様子が心配だっただけだから……あたし、行くね」
チェルシーは逃げるようにその場を去った。
モルディオは魔力権を使って、とっくにグレイの仕業だと気づいているだろう。
それなのにモルディオが何も言わないのは、やはり試しているのだろうか。
チェルシーは何も知らないふりをする自分が情けなくなった。
あの時はまさかセヴィスに毒を刺すと知らずにグレイに従ってしまった。
フォルテにモルディオの足止めを頼んだのも、未来を見られないようにする為だ。
「セビ……ごめん」
と廊下で呟くと、チェルシーは早歩きで自室に帰る。
その日、チェルシーはグレイに言われた溜り場に行かなかった。




