25 グレイとフレグランス
候補生たちが座っているブロックのすぐ隣の席にいるローズとミストは、戦っている祓魔師たちの足をまじまじと見つめていた。
「この二組も、違いますね」
そう判断すると、ローズは待機している祓魔師や候補生を眺める。
しかしその隣にいるミストは余所見ばかりしていて、ほとんど機能していない。
「課長。さっきから頭を抱えてますけど、どうしたんですか?」
と、ローズはミストに尋ねる。
「いや、ハミルに応援に行くって言わずに来たから……今から言いに行こうか、帰ってから言おうか迷っていた」
「今は仕事に集中してください。息子さんの戦闘も直に見られるんですから。そういえば、先程からS級が見当たりませんね」
そう言われて、ミストも候補生の席を見渡す。
「おっハミルの奴、シェイムと楽しそうに喋っているぞ」
ミストの眼中にはもはや息子しか映っていない。
ローズはミストを連れて来たことを後悔した。
『ここで、十五分の休憩を挟みます』
アナウンスが入ると、周囲の熱気が静まり、それぞれ席を立ったり雑談を始めた。
「わたしは飲み物を買ってきますね」
「オレの分のコーヒーも頼む。ブラックな」
ミストの声を背にローズは階段を上がり、自動販売機のある廊下へ向かう。
しばらく歩くと、女子の大群が道を塞いでいて進めなくなった。
迷惑な輩だ、と思った矢先、ローズの視界にグレイが飛び込んできた。
「ほらほら、子猫ちゃんたちはちゃんと席に戻って」
なんとなく、昨日聞いたフレグランスの声と、グレイの声が似ている気がした。
ローズはグレイを視線で追う。
『はいグレイ様!』
奇妙な光景だ。
その場にいた女子が全員グレイの言うことを聞いて、元の席に戻って行くのだ。
二本のグレープジュースを手にグレイが向かうのは、フラン――チェルシーの隣の席だ。
「あれっメロン売り切れてました?」
「ごめーん、俺様としたことが、間違えてグレープ買っちまった」
グレイはチェルシーにグレープジュースを手渡す。
「てか、ウナギはどーなったんだ?」
「それが……足が変色してて」
足が変色。
聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたローズは、チェルシーに気づかれないように近くの柱に隠れる。
「原因は分かりません。ハミルが棄権するよう言ったのに、モルディオがS級だからとか意味分からないこと言って止めたんです。クラスのみんなは寝坊だと思ってます」
「そーかそーか、モルも必死だなぁ!」
どういうわけか、グレイは手を叩いて喜んでいる。
確かにセヴィス一人の欠場は大きく有利に傾くが、チェルシーの反応を見る限り不自然だ。
「すごい辛そうだったんです。あんなの初めて見ました。悪魔の仕業でしょうか」
「そりゃあ……」
グレイはチェルシーに耳打ちする。
その言葉を聞いた瞬間、チェルシーの表情が蒼白になった。
「……」
チェルシーは落ち込んでいるように見える。
その様子で、ローズはグレイの言ったことを推測し、その場を去る。
どうやら、チェルシーの言うセヴィスの足の変色は、グレイの仕業らしい。
祓魔師が精々堂々と戦うトーナメントの場で、なんて卑劣なことをするのだろう。
いくら相手が最凶祓魔師だからと言って、そこまでするのは許されないことだ。
一度でもグレイを格好いいと思った自分が情けない。
この部分だけはセヴィスに同情する。
ローズがただの観客なら、今すぐにでも文句を言いに行っただろう。
しかしセヴィスがこの場にいない以上、グレイを審判たちに突き出しても無意味だろう。
それに、一つの疑惑が浮かんだ。
怪盗フレグランスがセヴィスである可能性だ。
ありえない。
ローズは頭に浮かんだ疑惑を無理矢理忘れようとした。
だが今のところ、足が不調の祓魔師は見当たらない。
モルディオが寝坊と偽って公表させなかったことも、引っかかる。
いや、ベルクはそんなに甘くない。
ローズの推理がここまで辿り着くことくらい読んでいるだろう。
だがもしフレグランスがセヴィスなら、色々と検証する方法がある。
ローズはブラックコーヒーを二つ買って、ミストの隣に戻ってきた。
ミストは無言でコーヒーを取ると、早速開けて飲み始めた。
「課長、一つお願いがあります」
「何だ」
「正体の一部がバレた以上、フレグランスは近いうちに予告状を出してくるでしょう。そこで今度の警備に、息子のハミル君を参加させてほしいんです」
ミストの眉間に皺ができた。
「お前、ハミルまでオレの仕事に巻き込むつもりか。いくら探偵でも、それは許さんぞ」
予想通りの返事が返ってきた。
ミストはコーヒーを一気に飲み干して、怒りを露にした表情で腕を組んだ。
そのミストを人気のない廊下に連れ出し、ローズは言う。
「フレグランスの可能性が高い人物を発見しました」
「本当か! で、誰なんだ?」
「S級のセヴィス=ラスケティアです」
「あいつがぁ? それは絶対ないと思うぞ」
ミストはおおげさに肩をすくめて、煙草を吸う。
少し薄暗い廊下に煙が立ち込めてきた。
「この場にいないのは彼だけです。彼はグレイによる毒か何かの卑劣な攻撃を受け、足の激痛を訴えているとA級のチェルシーが言っていました」
「ありえん。奴にフレグランスは無理だ」
「どうしてそう思うんですか?」
「フレグランスが活動し始めたのは五年前だ。五年前となると……」
ミストは指を折る。
「セヴィスは十一歳だ。その歳で泥棒なんて不可能だ。それにあいつとハミルは小一、六歳の頃から仲良くしてるんだ」
「そんなの、課長の思い込みかもしれませんよ。とにかくハミル君を連れてきてください」
「お前なぁ……」
「話だけでも構いません。参加するかどうかはハミル君に決めていただきますから」
ローズの指示には従わなければならないはずだ。
ミストは、渋々候補生のいる席に向かう。




