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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
四章 反撃の紫怨
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25 グレイとフレグランス

 候補生たちが座っているブロックのすぐ隣の席にいるローズとミストは、戦っている祓魔師たちの足をまじまじと見つめていた。


「この二組も、違いますね」


 そう判断すると、ローズは待機している祓魔師や候補生を眺める。

しかしその隣にいるミストは余所見ばかりしていて、ほとんど機能していない。


「課長。さっきから頭を抱えてますけど、どうしたんですか?」

 と、ローズはミストに尋ねる。


「いや、ハミルに応援に行くって言わずに来たから……今から言いに行こうか、帰ってから言おうか迷っていた」

「今は仕事に集中してください。息子さんの戦闘も直に見られるんですから。そういえば、先程からS級が見当たりませんね」


 そう言われて、ミストも候補生の席を見渡す。


「おっハミルの奴、シェイムと楽しそうに喋っているぞ」


 ミストの眼中にはもはや息子しか映っていない。

ローズはミストを連れて来たことを後悔した。


『ここで、十五分の休憩を挟みます』


 アナウンスが入ると、周囲の熱気が静まり、それぞれ席を立ったり雑談を始めた。


「わたしは飲み物を買ってきますね」

「オレの分のコーヒーも頼む。ブラックな」

 

ミストの声を背にローズは階段を上がり、自動販売機のある廊下へ向かう。

しばらく歩くと、女子の大群が道を塞いでいて進めなくなった。

迷惑な輩だ、と思った矢先、ローズの視界にグレイが飛び込んできた。


「ほらほら、子猫ちゃんたちはちゃんと席に戻って」


 なんとなく、昨日聞いたフレグランスの声と、グレイの声が似ている気がした。

ローズはグレイを視線で追う。


『はいグレイ様!』


 奇妙な光景だ。

その場にいた女子が全員グレイの言うことを聞いて、元の席に戻って行くのだ。

二本のグレープジュースを手にグレイが向かうのは、フラン――チェルシーの隣の席だ。


「あれっメロン売り切れてました?」

「ごめーん、俺様としたことが、間違えてグレープ買っちまった」


 グレイはチェルシーにグレープジュースを手渡す。


「てか、ウナギはどーなったんだ?」

「それが……足が変色してて」


 足が変色。

聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたローズは、チェルシーに気づかれないように近くの柱に隠れる。


「原因は分かりません。ハミルが棄権するよう言ったのに、モルディオがS級だからとか意味分からないこと言って止めたんです。クラスのみんなは寝坊だと思ってます」

「そーかそーか、モルも必死だなぁ!」


 どういうわけか、グレイは手を叩いて喜んでいる。

確かにセヴィス一人の欠場は大きく有利に傾くが、チェルシーの反応を見る限り不自然だ。


「すごい辛そうだったんです。あんなの初めて見ました。悪魔の仕業でしょうか」

「そりゃあ……」


 グレイはチェルシーに耳打ちする。

その言葉を聞いた瞬間、チェルシーの表情が蒼白になった。


「……」


 チェルシーは落ち込んでいるように見える。

その様子で、ローズはグレイの言ったことを推測し、その場を去る。


 どうやら、チェルシーの言うセヴィスの足の変色は、グレイの仕業らしい。

祓魔師が精々堂々と戦うトーナメントの場で、なんて卑劣なことをするのだろう。

いくら相手が最凶祓魔師だからと言って、そこまでするのは許されないことだ。

一度でもグレイを格好いいと思った自分が情けない。

この部分だけはセヴィスに同情する。


 ローズがただの観客なら、今すぐにでも文句を言いに行っただろう。

しかしセヴィスがこの場にいない以上、グレイを審判たちに突き出しても無意味だろう。

それに、一つの疑惑が浮かんだ。


 怪盗フレグランスがセヴィスである可能性だ。


 ありえない。

ローズは頭に浮かんだ疑惑を無理矢理忘れようとした。

だが今のところ、足が不調の祓魔師は見当たらない。

モルディオが寝坊と偽って公表させなかったことも、引っかかる。


 いや、ベルクはそんなに甘くない。

ローズの推理がここまで辿り着くことくらい読んでいるだろう。

だがもしフレグランスがセヴィスなら、色々と検証する方法がある。


 ローズはブラックコーヒーを二つ買って、ミストの隣に戻ってきた。

ミストは無言でコーヒーを取ると、早速開けて飲み始めた。


「課長、一つお願いがあります」

「何だ」

「正体の一部がバレた以上、フレグランスは近いうちに予告状を出してくるでしょう。そこで今度の警備に、息子のハミル君を参加させてほしいんです」


 ミストの眉間に皺ができた。


「お前、ハミルまでオレの仕事に巻き込むつもりか。いくら探偵でも、それは許さんぞ」


 予想通りの返事が返ってきた。

ミストはコーヒーを一気に飲み干して、怒りを露にした表情で腕を組んだ。

そのミストを人気のない廊下に連れ出し、ローズは言う。


「フレグランスの可能性が高い人物を発見しました」

「本当か! で、誰なんだ?」

「S級のセヴィス=ラスケティアです」

「あいつがぁ? それは絶対ないと思うぞ」


 ミストはおおげさに肩をすくめて、煙草を吸う。

少し薄暗い廊下に煙が立ち込めてきた。


「この場にいないのは彼だけです。彼はグレイによる毒か何かの卑劣な攻撃を受け、足の激痛を訴えているとA級のチェルシーが言っていました」

「ありえん。奴にフレグランスは無理だ」

「どうしてそう思うんですか?」

「フレグランスが活動し始めたのは五年前だ。五年前となると……」


 ミストは指を折る。


「セヴィスは十一歳だ。その歳で泥棒なんて不可能だ。それにあいつとハミルは小一、六歳の頃から仲良くしてるんだ」

「そんなの、課長の思い込みかもしれませんよ。とにかくハミル君を連れてきてください」

「お前なぁ……」

「話だけでも構いません。参加するかどうかはハミル君に決めていただきますから」


 ローズの指示には従わなければならないはずだ。

ミストは、渋々候補生のいる席に向かう。

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