21 ミストと五人の部下
そして0時が迫る。
フレグランスの予告状が来た為に、美術館勤務の祓魔師は全員いなくなった。
今回はローズへの期待か、特捜課以外の祓魔師の資格を持つ警察官も動員された。
肝心のサファイアを特別展示室に移し、そこでミストと部下五人が警備している。
ローズはかつて総攻撃でセヴィスとロザリアが戦った、別館前に立っている。
不自然に修復された木々と、タイルにほんのわずかに残された血の跡が、戦いの壮絶さを物語っている。
ローズはあれから一度もミストと顔を合わせていない。
理由はやはり、モルディオがミストの未来を見ることを恐れたからだ。
ミストがローズの警備の変更に気づいたら、全てが無意味だ。
「あと五分で予告時間だ」
ミストは腕時計を見ながら言った。
周囲に緊張感が走る。
機械類に疎いミストは、ローズが監視カメラを変更したことに気づいていない。
別館の特別展示室に窓はない。
扉は一つで、ほぼ密室である。
ミストたちが囲む中央に、ガラスケースに入った無骨な形をしたサファイアがある。
「何か、今日はいつも以上に緊張しますねー」
と、部下のコレットが言った。
「いつも以上だと? お前はいつも緊張していないのか!」
「いやー別にそういうわけじゃなくてー」
コレットは軽薄な男だが、共にフレグランスを追ってきた今では大事な部下だ。
ミストにとって、部下は息子同然である。
「そういえば課長、明日のトーナメントにハミルくん出場しますね」
緊張感を和らげようとしているのか、適当なのか分からないが、他の部下も雑談を始めた。
「そうだな。あいつも今年はシェイムと組んだって喜んでいた」
「去年は電気ウナギでしたよね」
「ああ。あいつは優しいから独りぼっちのウナギを誘ったんだろう。オレも応援に行きたいところだが、明日も仕事があるからな」
ミストはもう一度時計を見る。
予告時刻まであと少しだ。
すると突然、電気が消えて真っ暗になった。
予告時間ちょうどだ。
『電気が落とされたようですね。厳重警戒してください』
無線から聞こえるローズの声。
そんなの言わなくたって分かっている、と頭の中で返事をすると、ミストはガラスケースを押さえようと手を伸ばす。
「ん?」
ミストの指に伝わったのはガラスケースの冷たさではなく、人の手の感触だった。
「課長、サファイアは自分が守ります!」
聞こえたのはコレットの声だ。
ミストはサファイアをコレットに任せ、周囲を見渡す。
扉は一向に開かず、フレグランスは来ない。
この状態が一分続いた後、電気が普及した。
それと同時に、
「あっ!」
全員が目を見開き、声をあげた。
たった一分の間に、ガラスケースの中にあったサファイアが、青い造花に変わっていた。
『電気が復旧しました、そちらはどうですか』
「やられた! でも扉は開かなかった! くそっどこから入ってきたんだ!」
ミストは大声でローズに返事をしながら、ガラスケースを取り、造花を片手で折る。
「今から部下に追跡させる!」
『姿も分からないのにどうやって追跡するんですか』
落ち着いた声色で、ローズは言った。
「じゃあこのまま放っておけってのか!」
『違います。落ち着いてください。外の警備にもまだ何も言わないでください』
ローズに言われて、ミストは口を閉じる。
五人の部下も静まった。
『盗んだにも関わらず、扉が開いていない。これが何を意味するか、お分かりですよね』
ミストにしか聞こえないぐらいの小声で、ローズは言った。
「まさか……」
『あの方法を実行してください』
ミストは無線を持った手を下ろし、五人の部下を見据える。
すると部下たちは不安そうな表情をした。
「合言葉を言え」
と、ミストは言った。
五人が同時に息を呑んだ。
「本当はこんなことしたくないが、ローズの命令だ。まずはガッシュからだ、言え」
「み、ミスト課長……万歳」
一番右側にいたガッシュが渋々答えた。
「次、クラウス」
「ミスト……課長、万歳」
「ヨシュア」
「みっ……ミスト課長万歳」
「コレット」
「ミスト課長万歳」
「ドルマ」
「ミスト課長っ万歳」
周囲が唖然として静まった。
ミストも、しばらく驚いて何も言えなかった。
「……やれ」
ミストが指を鳴らす。それに呼応した四人の部下が、一斉にコレットの両腕を掴んで取り押さえた。
「課長! どういうことですか!」
コレットは必死に抵抗しているが、四人の男に取り押さえられては身動きが取れないようだ。
そんな部下の顔を見ながら、ミストは嘆息した。
「やっと捕まえたぞ、フレグランス。オレの部下に化けるとはいい度胸だ」
ミストは腰にぶらさげた手錠を取り、コレットの両腕に掛けた。
「何で自分なんですか! 合言葉、ちゃんと言ったじゃないですか!」
コレットは抵抗を止めずに叫ぶ。
部下と同じ顔で見苦しい抵抗をするな、とミストは舌打ちした。
「残念だったな。オレが部下に教えた合言葉は、一人ひとり合間の場所が違う。それを知らないお前は、まんまと引っかかったというわけだ。あとコレットはウナギとは呼ばないしな。それで、本物のコレットはどこにやった」
「……」
諦めたのか、コレットと同じ顔をした男フレグランスは抵抗をやめた。
「ローズ、フレグランスを取り押さえた。お前の言った通り、男だった」
『分かりました。念の為、サファイアを隠し持ってないか確かめてください』
「だそうだ」
ローズの指示を聞いた四人は、一斉に服を調べようとする。
その瞬間、フレグランスが動いた。
両手が塞がった状態であるにも関わらず、フレグランスは足で四人に蹴りを入れ、拘束から逃れた。
それからすぐに、ポケットから取り出した針金を手錠の鍵穴に差し込む。
「やめろ!」
ミストが飛びかかる。
だがフレグランスはそれを横に動いてかわした。
部下が立ち上がり、ミストが振り返った時には、既に手錠は外れていた。
手際のよさに驚く暇もなく、フレグランスはポケットから瓶を取り出した。
あの瓶は『デッド・フレグランス』だ。
「うわっ!」
強烈な匂いを放つ香水が振り撒かれる。
しかし五年間も警備してきた四人は頭痛に苦しむだけで、気絶はしない。
それはミストも同様だ。
フレグランスにとってこれは、ただの時間稼ぎに過ぎない。
案の定、フレグランスは扉を開けて飛び出した。
「待て!」
ミストはすぐに部屋を出る。
見えたのは警備を無理矢理押しのけ、らしくない強行突破をするフレグランスの後ろ姿だった。
「くそっ! 逃げられる!」
フレグランスは窓を割り、下に飛び降りた。




