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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
三章 猛毒の与感
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21 ミストと五人の部下

 そして0時が迫る。

フレグランスの予告状が来た為に、美術館勤務の祓魔師は全員いなくなった。


 今回はローズへの期待か、特捜課以外の祓魔師の資格を持つ警察官も動員された。


 肝心のサファイアを特別展示室に移し、そこでミストと部下五人が警備している。

ローズはかつて総攻撃でセヴィスとロザリアが戦った、別館前に立っている。

不自然に修復された木々と、タイルにほんのわずかに残された血の跡が、戦いの壮絶さを物語っている。


 ローズはあれから一度もミストと顔を合わせていない。

理由はやはり、モルディオがミストの未来を見ることを恐れたからだ。

ミストがローズの警備の変更に気づいたら、全てが無意味だ。



「あと五分で予告時間だ」


 ミストは腕時計を見ながら言った。

周囲に緊張感が走る。

機械類に疎いミストは、ローズが監視カメラを変更したことに気づいていない。


 別館の特別展示室に窓はない。

扉は一つで、ほぼ密室である。

ミストたちが囲む中央に、ガラスケースに入った無骨な形をしたサファイアがある。


「何か、今日はいつも以上に緊張しますねー」

 と、部下のコレットが言った。


「いつも以上だと? お前はいつも緊張していないのか!」

「いやー別にそういうわけじゃなくてー」 


 コレットは軽薄な男だが、共にフレグランスを追ってきた今では大事な部下だ。

ミストにとって、部下は息子同然である。


「そういえば課長、明日のトーナメントにハミルくん出場しますね」


 緊張感を和らげようとしているのか、適当なのか分からないが、他の部下も雑談を始めた。


「そうだな。あいつも今年はシェイムと組んだって喜んでいた」

「去年は電気ウナギでしたよね」

「ああ。あいつは優しいから独りぼっちのウナギを誘ったんだろう。オレも応援に行きたいところだが、明日も仕事があるからな」


 ミストはもう一度時計を見る。

予告時刻まであと少しだ。


 すると突然、電気が消えて真っ暗になった。

予告時間ちょうどだ。


『電気が落とされたようですね。厳重警戒してください』


 無線から聞こえるローズの声。

そんなの言わなくたって分かっている、と頭の中で返事をすると、ミストはガラスケースを押さえようと手を伸ばす。


「ん?」


 ミストの指に伝わったのはガラスケースの冷たさではなく、人の手の感触だった。


「課長、サファイアは自分が守ります!」


 聞こえたのはコレットの声だ。

ミストはサファイアをコレットに任せ、周囲を見渡す。

扉は一向に開かず、フレグランスは来ない。


 この状態が一分続いた後、電気が普及した。

それと同時に、

「あっ!」

 全員が目を見開き、声をあげた。

たった一分の間に、ガラスケースの中にあったサファイアが、青い造花に変わっていた。


『電気が復旧しました、そちらはどうですか』

「やられた! でも扉は開かなかった! くそっどこから入ってきたんだ!」


 ミストは大声でローズに返事をしながら、ガラスケースを取り、造花を片手で折る。


「今から部下に追跡させる!」

『姿も分からないのにどうやって追跡するんですか』


 落ち着いた声色で、ローズは言った。


「じゃあこのまま放っておけってのか!」

『違います。落ち着いてください。外の警備にもまだ何も言わないでください』


 ローズに言われて、ミストは口を閉じる。

五人の部下も静まった。


『盗んだにも関わらず、扉が開いていない。これが何を意味するか、お分かりですよね』


 ミストにしか聞こえないぐらいの小声で、ローズは言った。


「まさか……」

『あの方法を実行してください』


 ミストは無線を持った手を下ろし、五人の部下を見据える。

すると部下たちは不安そうな表情をした。


「合言葉を言え」

 と、ミストは言った。

五人が同時に息を呑んだ。


「本当はこんなことしたくないが、ローズの命令だ。まずはガッシュからだ、言え」

「み、ミスト課長……万歳」


 一番右側にいたガッシュが渋々答えた。


「次、クラウス」

「ミスト……課長、万歳」

「ヨシュア」

「みっ……ミスト課長万歳」

「コレット」

「ミスト課長万歳」

「ドルマ」

「ミスト課長っ万歳」


 周囲が唖然として静まった。

ミストも、しばらく驚いて何も言えなかった。


「……やれ」


 ミストが指を鳴らす。それに呼応した四人の部下が、一斉にコレットの両腕を掴んで取り押さえた。


「課長! どういうことですか!」


 コレットは必死に抵抗しているが、四人の男に取り押さえられては身動きが取れないようだ。

そんな部下の顔を見ながら、ミストは嘆息した。


「やっと捕まえたぞ、フレグランス。オレの部下に化けるとはいい度胸だ」


 ミストは腰にぶらさげた手錠を取り、コレットの両腕に掛けた。


「何で自分なんですか! 合言葉、ちゃんと言ったじゃないですか!」


 コレットは抵抗を止めずに叫ぶ。

部下と同じ顔で見苦しい抵抗をするな、とミストは舌打ちした。


「残念だったな。オレが部下に教えた合言葉は、一人ひとり合間の場所が違う。それを知らないお前は、まんまと引っかかったというわけだ。あとコレットはウナギとは呼ばないしな。それで、本物のコレットはどこにやった」

「……」


 諦めたのか、コレットと同じ顔をした男フレグランスは抵抗をやめた。


「ローズ、フレグランスを取り押さえた。お前の言った通り、男だった」

『分かりました。念の為、サファイアを隠し持ってないか確かめてください』

「だそうだ」


 ローズの指示を聞いた四人は、一斉に服を調べようとする。

その瞬間、フレグランスが動いた。


 両手が塞がった状態であるにも関わらず、フレグランスは足で四人に蹴りを入れ、拘束から逃れた。

それからすぐに、ポケットから取り出した針金を手錠の鍵穴に差し込む。


「やめろ!」


 ミストが飛びかかる。

だがフレグランスはそれを横に動いてかわした。

部下が立ち上がり、ミストが振り返った時には、既に手錠は外れていた。

手際のよさに驚く暇もなく、フレグランスはポケットから瓶を取り出した。

あの瓶は『デッド・フレグランス』だ。


「うわっ!」


 強烈な匂いを放つ香水が振り撒かれる。

しかし五年間も警備してきた四人は頭痛に苦しむだけで、気絶はしない。

それはミストも同様だ。

フレグランスにとってこれは、ただの時間稼ぎに過ぎない。

案の定、フレグランスは扉を開けて飛び出した。


「待て!」


 ミストはすぐに部屋を出る。

見えたのは警備を無理矢理押しのけ、らしくない強行突破をするフレグランスの後ろ姿だった。


「くそっ! 逃げられる!」


 フレグランスは窓を割り、下に飛び降りた。

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