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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
三章 猛毒の与感
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20 警備にかかる霧

 その夜。

勤務を終えた警察官が何人も帰っていく中、フレグランス特捜課だけは慌しく動き回っていた。


 きっかけは、美術館別館に刺さっていた予告状が報道されたことだ。

予告時刻は0時。

あと二時間だ。


「今までルビーばかり盗んでいたフレグランスがサファイアを狙うなんて。それも美術館のものをですよ。これはわたしへの挑戦と考えていいでしょう」


 小会議室にいるのはローズとミストの二人だ。

ローズは美術館の間取りが描かれた紙を眺め、ミストが警備の配置を書き込んでいく。


「課長、何度同じ手を使うつもりですか」

 と、ローズはミストの書き込んだ文字を指差して言った。


「今まで『宝石』の部屋の外ばかり固めて、何回盗まれたと思ってるんですか。フレグランスにとって部屋に侵入することなんて容易いことなんです。警備はガラスケース付近に集中させてください」

「何だと?」


 ミストは不服そうに腕を組む。


「美術館の展示室はほとんど密室だ。侵入されなければいいだろう」

「……フレグランスが変装の達人ということをお忘れですか」


 わざとらしくため息をついて、ミストは煙草を口に加える。


「それはもう対策してある。部下にしか分からないことを聞けばいいのだ」

「五年間もフレグランスに騙されているのに、今までそれを一度もしなかったんですか?」

 とローズが言うと、ミストは鼻息を荒くして煙草を灰皿に叩きつけた。


「ええい黙れ! オレの人生をかけてきたんだぞ! それを否定するつもりか!」


 自分のやり方を否定されると怒る。

この気性の荒さがハミルにも受け継がれているのだろう。

ローズは呆れて視線を落とした。


 ローズにフレグランスの逮捕を依頼したのは警察の上層部であり、特捜課ではない。

さらに特捜課は上層部にローズの命令なら何でも従うよう言われている。

だからミストは気に食わないのだろう。


「別にそういうわけでは」

「オレはトイレに行ってくる。とにかく時間がない。その指示をそのまま部下に伝えて、すぐ準備させろ」


 ミストは扉を勢いよく閉めて部屋を出て行った。

すぐにローズは赤いペンを取り、警備を書き換えていく。


 そうする理由は二つある。

まず、ミストが何度も突破されてきた方法を未だに踏襲していることだ。

これはまた同じ結末を迎えるだけだ。


 もう一つは、もしモルディオがミストの未来を見ていたらということを恐れたからだ。

ローズはビデオで顔を出していないので、モルディオが自分をローズだと判断することはまずできない。

そうなると彼が見る対象はミストに絞られる。


 もし彼がミストの未来を見るとしたら、ミストが予告状を知る前に見ているはずだ。

だから彼がミストの行動を知った後に、ミストが気づかない程度に変えてしまえばいい。

そう悟ったローズは防犯システムを変更し始めた。


 まず監視カメラの配置と機種を変更する。

そうすることによって、フレグランスの下見を無効化する。

次に、ガラスケースの前に立つ巡査がミストと親しい部下であることは変更せず、別館入り口に立つ巡査をまるごと交換する。

これにより、フレグランスの変装を無効化する。


 後は、とローズが考えていると、ミストが帰ってきた。

ローズはミストに見つかる前に紙を丸める。


「まだ伝えてなかったのか」

「今から行ってきます」


 どうして課長の役目を探偵として呼ばれた自分がやっているのだろう。

ローズは嘆息して特捜課へ向かう。


「また三番通りにA級悪魔が出たんだってよ」


 廊下にある自動販売機の前で、二人の巡査が雑談している。

二人とも大柄で、今言った方は金髪だ。

金髪を見ると、一瞬モルディオではないかと疑ってしまった。

だがモルディオの身長を考えれば、それはないだろう。


「マグゼラ付近にもA級が出たらしいです。どっちも向かった祓魔師がA級ですから、大丈夫だと思いますよ」


 A級、と聞いてローズの足が止まる。

A級以上の祓魔師は一つの国に十人いる。

それが何人も亡くなっている今、出動した二人はかなり限られてくる。


 A級となると、セヴィスはまず除外される。

殺されたのはクロエとライムとアルヴェイスの三人で、ウィンズはいない。

残る五人のうち、シュヴァルツをはじめとする美術館勢はA級の不足で多忙なはずだ。

そうなると、モルディオが向かった確率はかなり高い。


「あの、向かったA級って、誰ですか?」


 ローズは期待を込めて聞く。


「何で子供がこんな時間にここにいるんだ?」


 しまった、とローズは自分の口を覆う。

逃げるか。

いや、逃げたら余計怪しい。

こうなったら名乗るしかない。


「すみません、わたしはローズ=ラスターという者で」

「えっ最近話題のローズってこんな子供だったんですか?」


 男たちの反応一つ一つが癪に障るが、我慢しなければいけない。

墓穴を掘ったのは自分だ。


「うーん、何でそんなこと聞くのかは知らねえけど、クレアラッツの方は副館長が行ったらしい。A級連続殺害事件の犯人を捕まえたいとか言ってたしな」


 トーナメントの前日に、シュヴァルツ自ら動くとは。

ローズは自分の小さな推理が外れたことが悔しくなった。


「マグゼラは知らねえなー」

「マグゼラは確かモルディオだった気がします」

「本当ですか!?」


 ローズの反応に、二人の巡査はきょとんとしている。

マグゼラはクレアラッツからもかなり離れている場所だ。

つまり、これからモルディオが変更される警備を知ることは不可能だ。


「えっもしかしてファン? たまにあいつのコアなファンがいるからさ」

「…………いえ」

「悪いけどさ、最近A級が結構殉職してるし、何か信用できなくなっちまったよ。確かにモルディオは強いかもしれねえが、あいつ前の候補生トーナメント棄権したじゃねえか。それ考えたら最凶祓魔師が行ってくれた方が信頼できるっつーか」


 返答に時間がかかったのは何故だろう。

ローズは自分自身を疑問に思った。


「ありがとうございました」


 ローズは頭を下げ、その場を去る。


 ベルク、わたしの勝ちは決まりました。

あなたはわたしに今まで一度も勝ったことがなかったから、当然の結果でしょう。

あなたに勝つのに必要なのは、洗練された頭脳。

ただそれだけなんです。

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