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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
一章 敵躍の代行
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2 駆ける者、賭ける者

 クロエ=グレインの逮捕から死までは本当に僅かな期間の出来事だった。

彼女の死が報じられてから、ハミル=スレンダは夜の九時であるにも関わらず、彼の家に向かっていた。


 ハミルが見たテレビで報道されたのは、

『緊急ニュースです。クレアラッツ第一収容所に収容されていた、クロエ=グレイン元ジェノマニア美術館長と警察官が何者かによって殺害された模様です。明確な犯行時刻は明らかになっていませんが、午後六時ごろ、収容所の警察官が何者かの催眠によって全員意識を失っていたことから、その間に殺害されたと思われます。

その時刻はちょうどグレイン元館長が現S級祓魔師セヴィス=ラスケティアと面会を行っており、警察官が眠っていた時間帯に収容所を退出する彼を目撃した人間が多数いることから、現在彼の家には大勢の報道陣が集まっています。しかし、S級祓魔師は全く応じないとのことです』ということだった。


 家は近所だ。ハミルが大通りを曲がってから少し走ると、家の周りに群がる報道陣が見えてきた。


 どうやって入るべきか。

強行突破はまず無理だろう。

ハミルもセヴィスの幼馴染として名前の知れた存在であり、この人ごみを通り抜けることは至難の業だ。


 ハミルは一度人ごみから離れ、狭い路地に入った。

そして携帯電話を取り出し、彼に電話をかける。

すると、驚く程早く彼は電話に出たのだ。


「おいセヴィス、今家にいるんだろ!」


 彼の返事も待たず、ハミルは大声で言った。


「早く出て来い! それで無実を証明しろ! お前の家の前、カメラが大量に来てるぞ!」

「今寮にいるんだ。家には誰もいない」


 驚くほど落ち着いた様子でセヴィスは答えた。


「寮? 何でそんなところにいるんだよ!」


 報道陣は寮に入れない。

彼が寮にいる理由はおそらくこれだと分かっていたが、無言で向かう理由が分からなかった。


「クロエを殺したのはお前じゃねえんだろ! そのことをちゃんと伝えないと、まるでお前が犯人みたいじゃねえか!」

「ああ、確かにクロエを殺したのは俺じゃない。それはもう防犯カメラで証明されてる」


 彼の言葉を聞いて、ハミルは自分が大きな勘違いをしていたことに気づく。

彼は犯人としてではなく、あくまで参考人として報道陣に囲まれていたのだ。

ニュースをもう少し見てくるべきだった、とハミルは少し後悔した。


「じゃあ、犯人は誰なんだよ」

「サキュバスだ」

「サキュバスって確か……とにかく言った方がいいんじゃねえのか!?」

「俺がそれを言ってどうなる? 混乱が起きて、行動しにくくなるだけだ」

「だからって、このままでいいわけねえだろ! とにかくおれも寮に行くから、ロビーで待っててくれ!」


 再び返事を待たず、ハミルは電話を切った。

そして学園の寮がある方向へ走り出す。

学園のすぐ近くにある時計塔がいつもより大きく見えた。


***


 まるでビジネスホテルのような外装のエルクロス学園寮。

ハミルがその場所にたどり着くまでにかかった時間は五分にも満たない。


 閉まりきった茶色の扉には小さな窪みがある。

ハミルはそこに『B』の文字がぶらさがるネームプレートを置く。

窪みから緑の光が発せられると、ネームプレートを取る。そうすると扉が開く。


 開いた先には広さのわりに人間がほとんどいないロビーがある。

設置された円型テーブルのうちの一つに、ハミルが探す人物がいた。


「お前、何でサキュバスのこと言わないんだよ」


 そのテーブルの離れた位置からハミルは尋ねた。


「催眠術にかからなかったのは俺だけだった。もちろんそれはサキュバスがそうしたんだけどな。警察にサキュバスが何を言ったとか、通じるとは思えない。下手に出て行ったら、質問に捕まるだけだ」

 と、セヴィスは答えた。


「でも」

「俺は兄貴に話を聞きたいんだ。電話も繋がらないし、今捕まるのは困る」


 確かにウィンズはサキュバスのことも多く知っているだろう。

彼の言うことも一理ある。

しかしウィンズのいる館長室は許可がないと入れない。


「彼の言う通りだよ。サキュバスなんて、警察に通じると思う?」


 背後から聞こえた声にハミルは振り返る。

声で予想はついていたが、そこにはモルディオが立っていた。


「何でお前がいるんだよ」

「寮生が寮にいておかしい?」


 確かにそうだ。

むしろ家が近い自分たちがいる方がおかしい。

 

「とりあえずここは人目につくし、僕の部屋で話を聞こうよ」


 セヴィスは黙って席を立つ。

ハミルはため息をついて彼らについていった。


***


 モルディオの部屋は寮で最も高い階にあった。

中は至って簡素で、敷き詰められた本棚と片付いた部屋はいかにも秀才という雰囲気だ。


 その中で異彩を放っているのが、隅に置いてある本格的なルーレットと、破れた跡が残る家族写真だ。

どうしてカジノにあるようなルーレットがここにあるのか、どうして写真が破れているのか、ハミルには当然分からなかった。


「クロエが殺された時の話、もう一度聞かせてくれないかな」

 と言うと、モルディオはハミルから見るとルーレットを遮る位置に座った。


 もう一度ということは、モルディオは一度話を聞いているということだ。

ハミルは自分が無知であることを複雑に思うしかなかった。


「突然だったからよく分からないんだ。ただ、サキュバスが現れたのは俺が面会室を出た直後だったのは覚えてる」

「サキュバスが壁をすり抜けたのは間違いない?」

「帰る時はすり抜けたんだ。多分来た時も……」


 セヴィスがモルディオの反対側に座ると、ハミルは無言でその隣に座る。

この二人が話していることは最初から意味が分からなかったが、黙って聞いていれば何か分かるかもしれない。

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