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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
二章 薔薇の諜戦
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13 偽善者ベルク

「何だ、このビデオは。こんなものを流すとは、一言も聞いてないぞ」


 そう言ったのは、顎に髭を生やした男。

男の名はミスト=スレンダ、フレグランス特捜課課長にしてハミルの父である。


「おいローズ、聞いているのか」


 ミストはパイプ椅子から背中を離し、机を叩いた。

部屋は本棚で囲まれ、中心にある机には書類が大量に積まれている。

その書類の近くには、この場所には似合わない薔薇の香水が置いてあり、机を挟んでパイプ椅子が置いてある。

この部屋がフレグランス特捜課だ。


 右側にミストと、その部下の中では地位が高い者が五人。

左側にはテレビを背にして少女ローズが座っている。

ローズは赤いぼさぼさの髪を二つ縛りにし、清潔感が溢れる白いシャツを着ている。


「どうかしましたか?」


 ローズは何事もなかったかのように返事をした。


「このビデオは何だ。フレグランスにわざわざ挑戦状を叩きつける意味がどこにある。奴が警戒するだけだぞ」


 ミストは煙草を灰皿に押し付けて、舌打ちした。


「警戒ならいいじゃないですか。被害が減るんですから」

「触発されて余計動き出したらどうするんだ」

「捕まえます。この挑戦状はフレグランスを煽る、ただそれだけなんです」


 ローズの言い草が気に食わないミストは部下に視線を配る。

部下も同じことを思っているらしく、ローズを冷ややかな目で見ている。


「じゃあベルクって誰だ。フレグランスの共犯か?」

「共犯である確率はかなり低いです」


 ローズが話す度に、ミストは歯軋りする。

彼女の言うことが理解できないのだ。


「ベルクはフレグランスの正体を知っています。彼は犯罪者の敗北を見るのが大好きで、フレグランスに手を出していないわけがないんです。それでフレグランスが逮捕されていないということは、ベルクはフレグランスと話せる環境にあるんです」

「何でお前はそれを知っていて何もしないんだ? それだったら最初からベルクって奴を取り押さえればいいんじゃないか?」

「ベルクは偽名を名乗っているんです。だから不可能です」


 このローズの言い草だと、ベルクという男の偽名を知っていそうだ。

一番怪しいのはローズではないか、とミストの頭の中は猜疑心で満たされていた。


「だからそのベルクは何者なんだ。探偵仲間か?」 

「ベルクは……偽善者です。表向きは優秀な人間ですが、本当は悪人の悔しそうな顔を見て、楽しんでいるだけなんです」

「は?」

「ベルクを放っておくと、おそらく最近のA級祓魔師殺害事件の犯人もあぶりだすでしょう。彼のことですから、逮捕では済まさないかもしれません。だからこの際、会って話をしたいんです。ビデオでベルクを呼び出した理由は、ただそれだけなんです」


 端から端まで意味が分からない。

ミストはわざとらしくため息をついて、再び煙草を吹かした。



 ローズのビデオが流れてから五時間が経った。

レストランは既に閉店し、アルジオとマリは自宅に帰っている。

そんな時間に、ミルフィはモルディオに呼び出されて暗い路地に来た。


 いくら都会のクレアラッツでも、夜の人口はかなり少ない。

なぜなら、夜は悪魔の独壇場だからだ。

クレアラッツの夜は子供はもちろん、大人もあまり出歩かない程危険と言われている。

だが、未来が読めるモルディオがいれば悪魔に襲われる心配はない。


 彼が呼び出す理由はいつも一つだ。

それを理解しているミルフィはいい加減に気怠さを感じていた。


「さっき、もう十分って言ったよね」

「セビの前じゃ言えないことだから」


 相変わらず嘘ばかりついている人間だ。

クロエやキングはセヴィスを偽善者だと言っていたが、ミルフィからすればモルディオが一番の偽善者だ。


「これは館長室の地下で見つけた資料に書いてあった話なんだけど、アフター・ヘヴンの所持者はまだ何人かいて、そのうちの一人にした実験について書かれてたんだ」


 そう言ってモルディオはバッグから真っ白な表紙のファイルを取り出した。

ミルフィはそれを黙って見つめる。

ファイルにはモルディオが書いたと思われる綺麗な字で、『考察』と書いてある。

どうやら、その実験についてまとめたファイルらしい。


「この実験台は男性のアフター・ヘヴン所持者なんだけど、一度も『宝石』を食べたことがないんだ。本人もクロエに見つかるまで自分が普通の人間だと思ってたんだ」

「じゃあ、どうやって知ったの?」

「この実験が行われた当時は、まだ不明なことが多かった。アフター・ヘヴン所持者の共通点は、『宝石』を食べられることと、異性を惹きつけること、髪が銀髪に近い色であることだけだと思われていた」


 『宝石』を食べられること以外は、初めて聞いた。

ミルフィが驚く間も与えずに、壮絶になりそうな話は続く。


「この実験台は、それでモデルの仕事にスカウトされたんだ。そしたら女性モデルたちが次々に集まってきて、中には既婚者もいたから当然話題になった。

 所持者を渇望していたクロエはこんな些細なことにも目をつけて、彼に『宝石』の欠片を齧らせたんだ。一般人なら固くて食べられないで終わるけど、彼はクロエの思惑通り、口内で溶かすことができた。それで確信したクロエは、すぐに彼を君のように人目につかない施設に監禁したんだ」


 自分と同じ目に遭っていた人間がいたことに、ミルフィは驚いた。

同時にこの『彼』が自分より酷い目に遭わされたことを悟った。


「実験の内容は、過酷だった。まず、クロエは彼を極度に太らせたり、髪を全部刈ったりして醜い姿に仕立て上げた。それから彼の恋人と、全く関係のない二組の若い男女カップルを強制的に連れてきて、三人の女と彼を檻に閉じ込めた。男二人は椅子に縛って、クロエと共に檻の外で傍観させた」

「そんなことしたら……」

「そうだね。君の思った通りだと思う。恋人は彼の豹変に驚いてたけど、嫌いにならなかったんだ。他の女二人は彼に少し惹かれた程度だった。でもその程度なら特に目立つものでもないし、男二人が複雑な視線で見るだけだった。そこでクロエは彼に、三人の口にキスをするよう命じた」


 ミルフィはうつむいた。

モルディオもこの実験を不愉快に思っているらしく、表情が曇っていた。

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