12 共犯者ベルク
「ローズは僕たちに喧嘩を売っているようだね」
セヴィスが店を出ると、モルディオはどこか気に食わない様子で言った。
クレアラッツの路地は夕日で橙色に染まっている。
今日はいつもより人が少なく、話しやすい。
「お前の本名、知ってたな。まさかグロウが動き出したのか?」
「いや、グロウは目立つような真似は絶対しない。これはローズの独断だと思う」
モルディオは腕を組んで壁に寄りかかる。
「じゃあ何でローズはお前のことを知ってるんだ? 『あなたのことだから』って、いかにもお前の知り合いって感じだったぞ」
「クロエも、生き残りに未来予知を持つ人間がいることを知ってた。だから、クロエの手下かもしれない。僕の知り合いを装うことで、僕を挑発して、フレグランスの計画を崩壊させようとしてる可能性もあるよ」
どうしてモルディオへの挑発が、フレグランスの計画の崩壊に繋がるのだろう。
ローズは二人が組んでいることを前提に、モルディオの冷静さを奪おうとしているのだろうか。
確かにモルディオはフレグランスの正体を知っているが、窃盗には一切加担していない。
この時点でローズの読みは外れている。
モルディオの推測が正しければ、の話だが。
「でも『ギルティ・スティール』は破綻しただろ」
「確かにクロエは死んだし、手下の悪魔も先週僕と君で殲滅した。でも、一人や二人生き残りがいてもおかしくない。もしそいつが忠実な手下なら、グロウの計画の破綻を狙ってるかもしれないし。フレグランスが捕まることがグロウにとってどれだけ重大か、忠実な手下ならクロエによく教え込まれてるはずだよ」
セヴィスは適当に分かったような顔をしているが、実際モルディオの言っていることをよく理解していない。
彼の話を聞くうちに、ローズがフレグランスを捕まえようとする理由が余計に分からなくなった。
これでローズがただの探偵なら、探偵だから金の為に捕まえるだろう、という理由であっさり片付いた。
だが、ベルクという名を知っている時点で複雑になってしまった。
「ローズが顔を見せなかった理由は、僕に行動を読まれないようにする為だ。僕の能力は、その人物の顔を見ないと発動できないんだ」
一体、ローズは何者なのだろう。
考えても分かるものではなかった。
「……次の警備から、あいつの手が回ってくるってことか」
「そうだね。これまでのようにはいかなくなるかな。もしクロエが死に際に言ったことが真実なら、悪魔の頭領サキュバスの本体であるダイヤモンドは必須。君にはそれを盗んでもらわないといけないんだけど、まさかここで怖気づいて止めるとか言わないよね」
久しぶりにモルディオの嫌味を聞いた気がする。
昔に比べると大分腹が立たなくなったとは思う。
それでも、ダイヤモンドに関して興味が一切沸かないのは変わらない。
「例えダイヤモンドを盗んだとしても、何になるんだ? 言っとくけどな、相手が美術館だからかなり厳しい。それが分からない以上、大きなリスクを冒してまで盗む価値があるとは思えない」
「ダイヤモンドは盗み出さないと駄目なんだ。あれがクロエのグロウの下等な争いの発端だよ。これ以上ほっとくわけにはいかないよ」
「その争いを止める理由がどこにあるんだ。放っておいていいんじゃないか?」
「グロウの行動力は、君も身をもって知ってるはずだ。こんな言い方したくないけど、君は僕よりグロウに洗脳されてるはずなんだよ」
「……」
セヴィスは路地から大通りに出る。
開けた視界に入ってくるのは、大きな宮殿のような建物。
これがこの国の美術館だ。
「それにしても、まさか君の泥棒に僕が巻き込まれるとは思わなかったよ。これもグロウのせいなのかな? あははっ」
大通りに珍しく人がいないからか、モルディオは犯罪行為を口にする。
そして楽しそうに笑い声をあげる。
ハミルの言う通り、モルディオの笑うところはどこかおかしい。
最初は悪事を暴くことが好きなのかと思ったが、今回悪事を働いているのはこちらの方だ。
ただ単に勝負事が好きなのかもしれないが。
「あーあ、グロウとかサキュバスとか、ただでさえ調べることが多いのに……仕方ないね」
笑いが収まってから、静かにモルディオは言った。
「もし君が捕まったら僕も捕まるみたいだし、これで捕まったらグロウを邪魔する者はいなくなる。グロウが何をしてくるかまだ分からないけど、グロウの放置は悪い方向にしか繋がらないよ。だからローズを返り討ちにしてやらないとね。僕は君に手を貸すよ」
「何でお前が」
「手を貸すって言っても、僕が一緒に盗むわけじゃないよ。そっちに関しては僕が下手に手を出したらかえって足手まといだし。だから、ローズの行動を読む」
モルディオの言う『読む』には二種類ある。
能力を使ってその人間の未来を見ることと、その人間がとる行動全てを推測することだ。
最も彼が後者を使う時は余程本気になった場合だけだ。
今回は前者だろう、とセヴィスは思った。
「それって……お前の能力で俺の行動を読んで、警備を知るってことか?」
「例えそれで作戦を練り直しても、他に何か罠が仕掛けてあったら終わりだ。ローズに関しては僕の本名を知ってる以上、他の探偵よりあなどれない。だから、あっちの警備は先に全部網羅するよ。情けない負け犬ローズはこのジェノマニアで恥を曝して、泣きながら国に逃げ帰ってもらおうかな」
どうやら後者だったらしい。
モルディオはローズを本気で打ちのめす気だ。
彼がローズ側の人間でなかったことに、今更になって安堵した。
「その為にはローズか、彼女が立てる作戦会議に参加してる人間の顔を見る必要がある。そうなったらハミルの家にでも行って、ミスト課長の未来でも読めばいい。でもあんなビデオを作るぐらい用心深いローズなら、それくらい予測してると思う。だから一人で別の作戦も立てる可能性が高いかな」
「随分警戒してるな」
「なんとなく、一筋縄でいかない気がするんだ。でもローズの計画を知るに越したことはないと思うよ」
「確かにそうだけどな」
モルディオは既にローズを返り討ちにする気だ。
いや、下手すると嬲り殺しそうなくらいの勢いだ。
この執着心はどこからきているのだろう。
セヴィスには分からなかった。