11 挑戦状と報復状
「ローズ=ラスター? 何か親父が言ってたような……」
首を傾げるハミルの言葉を聞いた途端、セヴィスの頭の中に嫌な予感が過ぎった。
ミストが関わることは、セヴィスにも関わってくることだ。
「ローズさんに依頼したのは警視庁で、依頼内容はやはり怪盗フレグランスの逮捕だそうです」
予想が華麗に的中したので、セヴィスは呆れて頭をかいた。
ハミルはニュースに夢中でこのことに気が付いていない。
「ここで、ローズさんが我々ジェノマニアTVに流してほしい、というビデオを預かっています。今からそれを流します」
『ビデオ?』
と、セヴィスとハミルは同時に言った。
どうしてこんな回りくどいことをするのだろう。
考える間もなく、テレビに赤い薔薇の絵が映し出される。
『フレグランス、あなたはこれを見ていますか?』
第一声は、変声器で加工された声での呼びかけだった。
それを聞いたフレグランス本人は、呆然としてテレビを見ていた。
『まああなたがこれを聞いていなくとも、心配は無用です。わたしの言葉はこの後のニュースや新聞などでまた流れるでしょうから』
聞こえるのは声だけで、映像は薔薇の絵から一切変わらない。
どうして姿を見せようとしないのだろう。
『わたしがこの国に来た理由は既に分かっているでしょう。フレグランス、あなたを逮捕する為です』
ハミルはテレビから聞こえる声に釘付けだ。
顔も出せないくせに、やたら上から目線で腹が立つ。
『あなたが活動してからもう五年が経ちます。ですがこの特捜課が得た情報は、フレグランスが女性であることだけです。情けないですよね』
「えっ」
このローズの言い草を変に思ったらしく、ハミルが目を細めた。
ローズは今、明らかにハミルの父が率いる特捜課を侮辱した。
『わたしはこれまでのフレグランスのイメージを全て払拭します。まず、フレグランスは男です。そして祓魔師です。これは間違いありません』
店内に緊張が走った。
二人の店員もテレビから視線を逸らせないようだ。
特に興味がないのか、ミルフィは皿洗いを続けている。
怪盗フレグランスは祓魔師。
ロザリアたち悪魔でさえ気づいていたのに、フレグランス特捜課が知らなかった事実。
少し追い詰められたにも関わらず、セヴィスはやっと気づいたのかと呆れていた。
『フレグランス、あなたのような姑息な泥棒が怪盗と呼ばれること自体が忌々しい。わたしは必ず、あなたを現行犯逮捕します。そして二度と窃盗をしないよう、獄中で徹底的に人の道を叩き込みます。それが怖ければ、今すぐ窃盗を止め、自首しなさい。わたしが言えるのは、ただそれだけなんです』
何が人の道だ。
ここまできて自首して何になる。
そうセヴィスが思っていると、ローズがビデオの中でため息をついた。
『それと私事ですが……ベルク、あなたのことだからこのニュースは見ているでしょう』
セヴィスは思わずモルディオを見る。
モルディオは普通の表情を保とうとしているが、動揺は隠しきれていない。
『一度会って話をしたいです。あなたは当然フレグランスの正体を知っていますよね。もしかしたら手を組んでいるかもしれませんね。だって、あなたとフレグランスは利害が一致するんですから。もし断るなら、あなたも共犯ということで逮捕します。それでは』
映像は終わった。
再びアナウンサーが映し出される。
「これ、僕の見た未来と違う」
モルディオは一人深刻な表情をしている。
この様子を見て、ハミルが苦笑する。
「お前が未来を見た後におれたちを誘ったから、未来が変わったんだろ」
「そうだけど……僕たちの行動がローズのビデオまで関わるかな」
「おれはそのベルクとかいう奴を知らねえけど、何をそんな驚いてるんだよ」
周囲が静まった。
すると突然ハミルが手を叩いた。
「あっおれ今日のトレーニングやってねえ!」
ハミルは一度も飲んでいなかったジュースを一気に飲むと、バッグから百デルカ硬貨を取り出して机に置いた。
「じゃあな!」
慌しいハミルを、この場にいる全員が無言で見送る。
「ローズ……」
ハミルが扉を閉めると、モルディオは早速悪態をついた。
「知人か?」
「ここで話すのはまずい。外に出よう」
そう言ってモルディオは残り少ないジュースを飲み干し、硬貨をカウンターに置いて外に向かう。
「祓魔師は忙しいですね」
と、アルジオが言う。
そのアルジオに、セヴィスはポケットから取り出した白い紙を差し出した。
「どうしたんですか?」
「シンクに渡してくれ」
「えっ? ああはい、分かりました」
アルジオは一瞬眉をひそめると、紙を受け取った。
それを確認すると、セヴィスは二人と同じ行動をとって店を出た。
***
「あーよく寝たぜ」
店に誰もいなくなった頃、店長のシンクは目をこすって起きる。
それに気づいたアルジオがシンクの前にやってきた。
「店長、セヴィス君からこれを預かりました」
そう言ってアルジオはシンクに白い紙を手渡す。
「何だこれ」
「私には分かりませんでした」
シンクは眠そうに紙に書いてある文字を読む。
「はははっ!」
先程まで眠そうだったシンクが、一文目を読んだだけで笑い声をあげた。
その後の内容は、一般人には理解できないものだった。
『ナイン、俺の両親を殺すのは楽しかったか?』
一瞬、誰が書いた文章なのかと疑った。
だがこの力の入っていないつづけ字は、間違いなく彼の筆跡だ。
「初っ端から病んでるな、おい。これを俺に渡すってことは……セビの野郎、俺に大役を押し付けやがったな」
彼らしくない重々しい出だしに、シンクは口元を笑みに歪ませていた。
『俺はお前のやったことを許すことはできない。だから、お前には死んでもらおうと思う』
ここから先は字が所々消えている。
どうやらこの消えた文字は彼らにしか分からない暗号のようで、シンクには理解できなかった。
だが、最後だけはしっかりと読めた。
『お前が俺を生かしてくれたことには、本当に感謝してる』