10 少女探偵ローズ=ラスター
開店から五年経ったレストランは、珍しく物寂しい。
時間が早いせいか、いつもたくさんいる客が、今日は一人もいない。
「いらっしゃいませ」
客席の掃除をしている店員アルジオが頭を下げる。
奥の厨房では二人の女従業員が皿を洗っている。
そしてカウンター席にもたれるように眠っている金髪が店長シンクだ。
シンクが寝ている時点で、モルディオの言う『ニュースを知ったとき店長の反応』が見られなくなった。
「ドリンクを三つお願いします」
そう言ってモルディオが先にカウンター席に座る。
「ポイズンドリンク(嘘)ですね。かしこまりました」
わざわざメニュー名を言い換えたアルジオを不思議に思いながら、二人がモルディオを挟んで座る。
彼らが向かい側に座ったにも関わらず、店長は未だ寝ている。
「ミルフィさん、ドリンク三つお願いします」
「はい」
二人の従業員のうち、薄い桃色の髪の方が返事をした。
その瞬間、ハミルの視線が彼女の方を向いた。
ミルフィは手をタオルで拭くと、コップを三つ取り、冷蔵庫からポットを取り出す。
ポットの中は橙色で満たされている。
そしてそれを一つずつ丁寧に注いでいく。
「ミルフィさん綺麗だよなぁ」
と、ハミルがつぶやいた。
「最近そればっかりだよね」
ハミルの声は本当に小さいものだったが、モルディオが普通に反応した。
店長を見ているセヴィスには聞こえていない。
「……」
返事はない。
ハミルは完全に上の空だった。
「おまたせ、みんな揃ってどうしたの?」
ミルフィは三人の前にコップを置くと、店長の隣に手を置いて身を乗り出す。
モルディオが無言で顔を向けると、ハミルは顔を赤くして俯いている。
「もうすぐトーナメントだから、僕が誘ったんだ」
と、モルディオが言う。
本当の目的は違うのだが、ここでそれを言う必要はないと思ったらしい。
「そっか、何回も延期したもんね。あたしも応援してるよ」
「あ、ありがとうございます……」
ハミルは下を向いたまま照れくさそうに頭をかく。
だが、ミルフィの視線はセヴィスの方を向いている。
それを見たモルディオは笑いを堪えながらコップのジュースを飲んだ。
「ちょっと、トイレ」
恥ずかしいのか、ハミルは席を立ってその場から逃げるように去った。
彼が去った途端、ミルフィの表情が険しいものに変わった。
「それで、また何か聞きに来たの?」
「アフター・ヘヴンに関する情報はたくさん聞いたし、もう十分だよ」
「ならいいけど……そうだ、あたしもトーナメント行っていいかな」
「それは僕よりセビに聞いたほうがいいと思うよ」
モルディオは腕時計で時間を確認すると、上についているテレビに身体を向ける。
「ねえ、セビ」
「無理だろ」
ミルフィが聞く前に、セヴィスは断言した。
「アフター・ヘヴンは今の祓魔師が死ぬ程欲しがってるんだ。バレたら拘束されて拷問されるかもしれない」
「……そっか」
ミルフィは残念そうに言った。
「悲観的妄想も甚だしいね。僕は能力さえ使わなければバレないと思うけど」
モルディオが呆れた様子で口を挟む。
それを聞いたセヴィスは初めてコップを手に取った。
「あそこはこの国の祓魔師全員が集まるんだ。そんな場所で死んだ悪魔が大人しくできるとは思えない。身体が乗っ取られたらどうするんだ」
「そこにいる店長が取り押さえればいいよ。信用できないなら、僕か君のどっちかが見張ってればいいんじゃない?」
と言って、モルディオは寝ている店長を指す。
「見張るって、そんなことしたら余計に怪しまれるだろ」
「君はミルフィのことになると妙に冷たくなるよね」
「別にそんな」
セヴィスはハミルが戻ってきたのを見て、話すのをやめた。
「モルディオ、お前未来分かるんなら占ってくれよ。おれの将来」
「僕は占いなんかしないよ。未来は自分で切り開くものだし」
ハミルが話題を逸らしてくれたことが、救いだった。
先程から気分が悪いわけではないのに、身体が熱い。
冬の真っ最中だというのに、少量の汗も出る。
最近妙にこれが多い。
こんな姿を見られるとモルディオあたりから馬鹿にされそうだという謎の羞恥心から、セヴィスは彼らから視線を逸らし、一人でジュースを飲んでいた。
「すみません、テレビのチャンネルをニュースに替えてもらえますか?」
と、モルディオが腕時計を見ながらアルジオに言う。
「モルディオ君ぐらい優秀だと、やっぱりバラエティは見ないんですか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「冗談ですよ」
アルジオは笑顔で答えると、リモコンを取ってチャンネルを替える。
聞きなれた音楽と共に『EVENING JENOMANIA NEWS』と表示され、ニュースが始まった。
「うわっ時間ピッタリすぎて怖ええ」
ハミルはコップを取ってテレビに視線を向ける。
男性のアナウンサーが頭を下げる。
「こんばんは、イブニングジェノマニアニュースのお時間です。それでは、本日のニュースをお伝えします」
アナウンサーの表情は暗い。
表示されたのは『A級祓魔師ライム死去』という文字だ。
このニュースは今一番話題になっている。
「これ、ショックだったよなぁ」
と、ハミルが画面を見ながら言った。
アナウンサーは表情を変えず、続ける。
「ライムさんはクレアラッツでは六位の実力を持っていた祓魔師です。未だに死因は分かっていませんが、今朝悪魔に殺された疑いが高いということです。二週間前に同じくA級祓魔師のアルヴェイスさんが殺されたこともあり、シュヴァルツ=アルテミス副館長は同一悪魔による殺害と見て、一刻も早く犯人の悪魔を探し出せと命令し……」
「相変わらず短気だよね、シュヴァルツ」
モルディオはテレビに映ったシュヴァルツを侮蔑の表情で見ている。
彼がこんな表情をする時は、また何か企んでいるのだろう。
「お前マジでシュヴァルツ嫌いだよなー」
「シュヴァルツが副館長であること自体が不正だと僕は思ってるよ」
「大声で名前を言ったら出てきたのは面白かったけどな」
二人は既にニュースを聞いていない。
今朝のニュースと同じことを言っているのだから、無理もない。
「ライムさんは今のA級では最も信頼できる人だったのに。どうして最近A級ばっかり亡くなるんだろ? こんな言い方も不謹慎だけど、悪魔の仕業ならB級やC級も犠牲になってもおかしくないよ」
「まさか、A級の連続殺害事件ってことか? 何で悪魔がそんなことすんだよ」
「悪魔じゃなくて人間かもしれないよ。まあ、それはまだ分からないけど、こんな状態なのに美術館はトーナメントを中止にしないなんて、やっぱり変だよ。ひょっとしたら、次の標的は僕かもしれないね」
「やめろよ、お前そんな能力持ってるから嘘に聞こえねえんだよ」
「……そろそろかな」
とモルディオが言った直後、アナウンサーに白い書類が手渡される。
「たった今入ったニュースです。フリージア連邦で活躍していた探偵、ローズ=ラスターがこのクレアラッツに来ていたことが明らかになりました」