9 放課後の雑談
「我々祓魔師にも導入された階級制度は、どの悪魔の族も年に一度必ず行う武闘会にちなんでます。祓魔師の武闘会は誤解を避ける為にトーナメントと名を変えてますが、基本的に一対一で強さを競うところは同じです。まず、その大会で一位になった者だけが一年間S級を名乗ることが許され、それからは順位に合わせてA級、B級、C級、D級と振り分けられることになってます」
「トーナメントは国ごとに行なわれるが、当然国によってS級の強さは違い、祓魔師を生み出したジェノマニア王国は最も強いと言われる。が抜けたぞ。続けろ」
ジャックが指摘すると、チェルシーは不機嫌そうな表情をした。
「現在のS級祓魔師。クレアラッツ本部、セヴィス=ラスケティア。クレイエル帝国、アロウ=モーメント。ヴェスマリン帝国、エレスチャル。フリージア連邦、レイク=ライ。ミラーズ王国、レフィア=ヴィレッタ」
「苗字が逆だ! レイク=ヴィレッタとレフィア=ライだ。全く、世界のS級祓魔師の名前は常識だぞ!」
さらにチェルシーが唇を尖らせる。
「ヴィーナ・リリー共和国、シェイム=ハーヴェル。S級は以上の六名で、女性はレフィアとシェイムだけです。現在のS級はそのほとんどが三十歳を超えており、自分より強い後継者を探している状態です。尚、セヴィスとシェイムは候補生で、祓魔師の最高指揮官、通称美術館長になることを許されてません」
「……よし。ランド、美術館について述べろ」
チェルシーが座ると、今度は大男が立ち上がる。
その見た目にそぐわない程おどおどとしている。
「び、美術館は祓魔師の本部、なんだな。悪魔が出現したら、出没情報を適切な祓魔師に伝えて派遣する機関なんだな。悪魔の『宝石』を管理する役割も、兼ねているんだな」
話の途中からジャックはため息をつき始めた。
「美術館での勤務が許されるのは、B級以上、だけなんだな。普通はS級が館長に、次に強いA級が副館長に、なるんだな」
「合格と言いたいところだが、いい加減お前のその喋り方はなんとかならんのか」
「生まれつき、こうなんだな」
「生まれつきということは……貴様は生まれた直後から『おぎゃあ、なんだな』と言っていたのか?」
周囲で再び笑い声があがった。
ハミルはジャックの話が気に入ったらしく、机を叩いて笑っている。
「復習は終わりだ。今日からは集団戦術についてやるぞ。問題児には関係のない単元だが、候補生の戦術は基本的にこれだからな」
ジャックは視線を向ける。
その視線の先には当然のように眠っている問題児がいる。
それを見たジャックは、大きくため息をついた。
***
こうして学園の授業が終わると、生徒たちは部活動や訓練室に行って鍛えに行く。
そのせいか、放課後の教室はすぐに静かになる。
残ったのは称号を持つ四人と数人だけだ。
この四人は部活に入っていない。
それぞれの理由は異なる。
チェルシーは友人と遊ぶ時間が惜しいと無所属を選択し、女子で集まって談笑している。
モルディオはいつも訓練室で鍛練を怠らないのだが、今日はまだ教室にいる。
ハミルは他の三人に負けたくないという理由で無所属になり、放課後はいつも河川敷で鍛えに行く。
セヴィスに至っては最初からやる気がなかった。
「あーあっ最悪だ!」
ハミルは頭をかいて黒板に向かう。
「いっつもいっつも38点だ! まーた補習かよ。おれ、赤点の神に好かれちまったのかな」
ハミルが話すのは、今日最後の授業で返ってきた、休み明けのテストのことだ。
「おいセヴィス、お前は当然補習だよな? 寝てたもんな? 補習仲間だよな?」
「いや、今回は記号が多かったから」
「どういうことだよ。ちょっと見せろ」
ハミルは一度踵を返して、セヴィスの机から勝手にテストを奪う。
汚い字で書かれた名前の隣には、『41』の文字があった。
しかしよく見ると、記述は真っ白で、記号問題の正答率がやけに高い。
「寝てたセヴィスに負けるなんて……おいおい嘘だろーっ!」
ハミルはテストを机に置いて、もう一度黒板へ向かう。
「勘ってここまで通用するのかよ。まさか、モルディオが」
「そんなことするわけないじゃん。まあ運がよかったセビはともかくとして、今回は難しかったよね。僕もあまりよくなかったよ」
と、モルディオが言う。
「お前が難しいって相当だな。あっもしかして初の補習? おれたち補習組に仲間入り? そしたらテレビにも取り上げられるかもな。で、何点だったんだ?」
「……90」
「は? 今、90って聞こえたぞ」
「記号で10点も落としたんだ。ここの答えを全部『2』にした教官に悪意を感じるよ。だから全部『2』にしたセビが正解するんだよ」
「それで90って……どうせ能力でカンニングしてんだろ。それでセヴィスにも教えたんだろ」
ハミルは小声で暴言を吐き捨てる。
「使ってないよ。使っても全部把握できないし、そんなに点数変わらないから」
「うっぜ」
無論、ハミルはテストの点数ごときで乱闘を起こす程短気ではない。
「で、昨日言ってた面白いニュースって何だ?」
と、セヴィスは前の席にいるモルディオにたずねる。
「午後の五時に流れる緊急ニュースだよ」
やっぱりな、と言うようにセヴィスの視線が逸れた。
未来予知の能力を持っている彼は、先にニュースを知ってしまうのだ。
「どうせならレストランで見ようか。そっちの方が面白いよ」
表紙が取れそうな教科書をバッグにしまうと、モルディオは笑った。
「何が面白いんだ?」
「あのニュースを知った時の君と店長の反応」
周囲がしらけた。
黒板を消すハミルの手が止まる。
「相変わらずモルディオの笑いのツボっておかしいよなー」
ハミルは聞こえよがしに言いながら黒板消しを置く。
「ハミルも来る?」
「そこまで言われたら気になるし、行く」
そう言って、ハミルは自分の席に戻ってバッグを手に取る。
「てかお前、あの店にハマッただろ」
「そうかもしれないね。『マズイトイッタラコロス』が結構気に入ってる。名前に似合わない甘さがまたクセになるんだよ」
以前ではこの三人がいると悪態が当然だったが、今ではこうして雑談をするようになった。
そうなると、セヴィスはほとんど話さなくなる。
「それにしても、ウィンズはどこ行ったんだろーな」
先に廊下に出たハミルはバッグのもち手を両肩に掛け、リュックのように背負う。
「シュヴァルツの言う通り、本当に一向に帰って来る気配がないね。連絡も取れないみたいだし。シュヴァルツがほとんど代行を務めてるけど……」
「けど?」
モルディオが言葉を濁らせた。
彼にしては珍しいことだ。
「なんでもないよ」
「お前がそう言う時って大抵何かあるよな」
と、ハミルが訝しげに言う。
「これに関しては、まだ確証が持てないんだ。こんな状態で話したら、僕の愚痴になるよ」
「いいじゃねえか愚痴で。シュヴァルツはお前に負けてんだし、言ってみろよ」
「やめておくよ。これで間違ってたら、僕が一方的に責められるだけだしね」
「何だよ面白くねえな」
ハミルは肩をすくめる。
それ以降は学園に関する話ばかり続いた。