作られた日常〜かぐや姫〜
オチなしです。
私はいじめらっれ子だ。
朝起きて、自分で作った朝食を食べて、歯を磨いて学校へ行く。
憂鬱だ。
学校に着くまでに、最低1度は誰かにぶつかられる。嘲笑される。陰口を叩かれる。
憂鬱。
学校に着いても何も変わらない。授業中に先生の見ていない所で物をぶつけられる。教科書を教室に置いていこうものなら片っ端から破かれる。落書きされる。
学校ではきっとよくある事。別に私だけじゃない。誰に問題がある訳でもない。
ただの日常。
誰だって1度は経験した事のあるゲーム。罪悪感を持つなんて馬鹿らしい。本気にして立ち向かうなんてもっと馬鹿。
でも・・・憂鬱なの・・・
泣いたりしない。恐がったりしない。怒ったりしない。逃げたりしない。
黙っていればいつかは終わるの。今は永遠に思えても、いつかは終わる。
たいした事ない。
憂鬱なんて、きっと誰もが感じていることだから。
私だけじゃない。
1人ぼっちなんかじゃない。
それでも、それでも、やっぱり憂鬱だなぁ。
私は教室を移動する途中で立ち止まる。空を見上げる。
退屈。
こんな日は、地球でも滅びればいい。
私は頭を振ると再び歩き出す。
ドンッ
ぶつかった。相手は同じクラスの海原波江。名付け親はきっと海好きだ。
「いってぇな。」
口悪いなぁ。
「おい、聞いてんのかよ!渡辺涼子。」
言うまでもないけど彼女はいじめっ子だ。
真っ先に避けて通らないといけない相手。
「ごめんね。」
私は一言だけ謝って歩き出す。
「待てよ。」
さすがいじめっ子。一言で済ませるつもりはないらしい。
乱暴に掴まれた腕が痛い。
私は腕を掴まれた拍子に落とした教科書をしゃがんで拾う。
「何?」
私はしゃがんだまま、何も言ってこない海原波江に尋ねる。
「あの、さ。」
やけに歯切れの悪い返事が返ってきた。私は思わず海原波江を見上げる。
「・・・・ちょっと、話しあるんだけど。」
海原波江は少し、困ったような追い詰められた顔をしていた。
私は拾い集めた教科書を持って立ち上がる。
違和感があった。ずっと。それが今わかった。
海原波江は今日ずっと1人きりだ。
「何?」
私が促すと海原波江は唸ったり頭をかいたりで10分浪費した。
もちろんとっくに始業ベルは鳴っている。
私はその間、黙って海原波江が話し出すのを待った。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・「あんたは魔法って信じる?」
はい?
唐突だった。唐突過ぎる問いかけだった。
これがそこそこ仲のいい友達の問いかけだったら、ただの雑談のネタとして軽く返せただろう。
でも相手は私をイジメるいじめっ子。しかも10分近く悩んだ末の問いかけだ。
からかうにしては労力を使いすぎてる。それに海原波江は回りくどい事はしないタイプだったはずだ。
私がなかなか返事しないのを見て、海原波江は急に恥ずかしくなったのか慌てて弁解した。
「ち、違うからな。私が未だに魔法とか信じてるわけじゃないからな。」
妙な弁解だと思う。もっと他に誤魔化す方法があると思う。
いじめっ子のくせに、嘘、下手?
私は真っ赤になって必死に取り繕おうとする海原波江を見て、微笑ましい気分になった。
「どうして私に聞いたの?」
海原波江はポカンとする。予想外の答えだったらしい。
「だって海原さんには友達がいるでしょう?私に聞かなくても。」
そういうことだ。わざわざ友好的とは言えない私を引き止めてまで尋ねることだろうか。
「そんなこと友達に聞ける訳ないじゃん。馬鹿にされる。」
なるほど、私は良いわけね。友達じゃないから。なんと思われようと関係ない相手だから。
イジメが回ったのかと思ったけどそうじゃないらしい。
「朝からずっと1人でいたのってそれを考えてたから?」
私が聞くと海原波江は気味が悪そうに頷いた。
「なんで私の1日の行動をあんたが知ってんの?」
ノーコメント
いつもうるさいグループが大人しいと逆に目立つのよ?とは、面倒なので言わない。
魔法、魔法ね・・・小さい頃は信じてた。否、夢見てた。あるわけないけど、起こってくれないかって。
「信じてないけど、信じてる。」
私が言うと、海原波江はあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「はぁ?何それ?こんだけ時間かけといて誤魔化すのかよ。」
時間かけたのはあんただ。
「別に。誤魔化した訳じゃないよ?ただ私は・・」
「もういい。」
海原波江はそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。答えも聞かずに。
それより、海原波江はどうするつもりだろう。今から授業を受けに行くのだろうか。
彼女のせいで最後の授業を受け損なった私は、黙ってそこに立っていた。
迎えが来るまで。
それは唐突にやって来た。
空間がぐにゃりと捩れたその向こうから。
「お迎えに上がりましたよ。姫。研修は楽しゅうございましたか?」
現実的にはありえない空間に穴が開き、当たり前のように現れたピエロ。デカ鼻にとんがり帽子、奇抜なメイクのピエロがわざとらしい丁寧語で尋ねる。
「そこそこ。」
私が答えると、ピエロは嬉しそうに微笑む。
「そうでございますか。それはなによりです。姫が人間に混じる際、”いじめられっ子”なぞを希望されたときはどうなるかと肝を冷やしましたが、ようございました。」
私がピエロの言葉を半ば聞き流して校舎を眺めていると、ピエロは最後の言葉を口にした。
「では、月へ帰りましょうか。かぐや姫。」