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初対面(1)

少しずつ進んでいきます…

アキラの口調がいまだに定まらないのが悩ましいです。

お付き合い頂ければ幸いです。

 メガネ君から「宿題」を渡されてから数日、仕事(と言っても土手やら道沿いやらの草刈り)の合間や自室に戻ってからただひたすら覚える日々が続いている。

「うーん」

 思わず声が出ると、グラスが目の前に置かれた音がした。

「一息入れたら?」

 落ち着いた声に、机に突っ伏した顔をあげると立っている彩と目があった。

「…ども」

 もそもそと体を起こし置かれたグラスを見る。水滴が浮かぶグラスは中身が冷えているのが一目でわかり、お茶の透明感のある色に喉が鳴った。あまりがっつくのはカッコ悪いと思いつつ手を伸ばしたが、最初の一口が喉を通った瞬間に一気に飲み干してしまった。

「おかわり、あるわよ」

 茶化すでもなく言う彩の手には、お茶の入ったピッチャーがもたれている。勿論、こっちも水滴がついていて、いかにも冷えていて美味しそうだ。つい「お願いします」と2回お替りすると、体全体が潤ったような気がした。

「調子はどう?」

「あー、ぼちぼちですかねぇ。暗記は苦手じゃないですけど、今までとちょっと勝手が違って」

 アキラの言葉に、机の上をちらっと見ると、空になったグラスにお茶を入れ小さく頷いた。

「間に合いそう?」

「顔を知っている人も何人かいるんで、間に会うと思いマス」

 そう。と言い、彩はアキラの顔をじっとみた。

「な、何か?」

「血色が少し悪い」

「え?」

「今夜は少し早く寝た方が良いわ。同じ調子でやっていると、当日までに倒れるわよ」

「はぁ」

「私はこの後出かけるから、留守番よろしく」

 と軽く片手をあげるとピッチャーを片づけて行ってしまった。

 アキラは正直、この年下に見える先輩にどう接してよいか悩んでいた。

 他の従業員(?)には何人か会ったが、多少の差はあれ皆良い人で、特に悩まずに話せたのだが、彩は少し違っていた。

(何か、変わった人だよなぁ)

 入れてもらったお茶をちびりちびり飲みながら書類を見るが、視線は完全に文字の上を滑っている。

 声もかけてくれるし、お茶も入れてくれる。顔は整っているし、声も良く通り聞きやすい。仕事もできる(らしい)。まるで完璧超人だが、「ちょっと変」なのだ。

 まず、滅多に椅子に座らない。鍛えているわけじゃなさそうだが、一人しかいなくても彼女は座らない。座るのは依頼人がいる時位。そして瞬きが少ない。これは割と早いうちに気付いて、同じタイミングで瞬きをしていたら、すっかり目が乾燥してしまった。ぱっちりした目をしているのにあんな間隔だと乾燥しないのかこっちが不安になる。何らかの訓練をしたのかつい聞いてみたくなったが、まだそれほど親しくないのに聞けずにいる。見た事がないくらい小食で、頂きもののクッキーも一枚をもそもそと食べる位。食べるところを見られるのが嫌なだけかもしれないが、自分から進んで食べている所をまだ見た事がない。でも、お茶を飲んでいる所は良く見る。しっかりしている雰囲気なのだが、時々子供のような事を聞いてくる。先日は「どうしてカエルは水の中も陸も平気で息ができるのか」と唐突に尋ねられ、記憶の底の情報を取り出してなんとか納得してもらえたが、あの時はどうしようかと思った。

 施設で育ったせいか、色々な子たちを見てきてアキラだが、彼女に当てはまるようなタイプは覚えがない。

(よっぽど複雑な生い立ちなのか、ただの変わった人なのか…)

 イマイチ、どう接して良いかわからず対応もなんだかギクシャクしてしまっている。向こうは他人の様子に頓着しない人間なのか、全然気づいていないのか終始一貫した態度で対応してくれている。

 彩も出て行き一人になったせいか、やる気が萎えて片手間に書類をもてあそんでいると、玄関から控えめなノックの音が聞こえた。

「どなたかおられますかぁ?」

「開いてます。どうぞ」

 もはや聞きなれた声に、アキラは返事をしつつ書類を仕舞う。仲良くなってきたと言ってもそこはそれ。なんでも見せて良いわけではない。

 雰囲気を察したのか、アキラの返事から少し待ってメイが入ってきた。

「お久しぶりですー。あれ、今日はアキラさんだけですか?」

「メガネ君は打ち合わせに、彩ちゃんは外出中です。二人に用ですか?」

「いえいえ。今日はアキラさんに用事です」

「俺?」

 えぇ。とアキラに促されるままに椅子に座ったメイが、アキラの顔を見てにこりと微笑んだ。

「先日のアキラさんのおかげで、締め切りが一つ守られました」

 ありがとうございました。と深々と頭を下げられ、いやいやと顔の前で手を振る。

「俺で役に立ったのなら良かったです」

 早々と会話が途切れた。メイはにこにことしたままで、何とも言えない雰囲気を感じているのはアキラだけのようだ。

「えっと…メイさんはドールなんですよね?」

「えぇ。そうですよ」

 苦し紛れに言った言葉に嫌な顔もせず触ります?と手を出されたので、改めて触らせてもらう。

 人の手と変わらない、温かみのある手。

「なんか…人と変わらないですね」

「それはそうですよ」

 あっさりと言ったメイに思わず視線を手から、メイの顔へ移す。

「私たちは『人に近いロボット』として誕生しました。だから、外見も感触も話し方も人に近づくように進化してきたのです」

「なんか…先生みたいっすね」

 ぽろりと言ったアキラに、ますます笑みを深める。

「それにしても、少し体温が高くないですか?無理はだめですよ?」

「え、なんで…」

 驚くアキラの手をほどき、その流れでポンポンと叩いた。

「前は幼稚園にいたので。子供たちの体調管理も私の役目の一つでした。

 ある程度の時間触れていることで体温がわかるんです」

 便利ですよぉ。と言った後、首をかしげ「不思議ですねぇ」と続けた。

「アキラさんは都会から来られたのでしょ?ドールも沢山いるでしょうに、その割には反応が新鮮に見えるのですけど」

 本当に不思議そうに言うメイドに、アキラは思い出しながら頭を掻く。

「なんていうか…確かに向こうにはドールは沢山いましたけど…

 もっと機械的というかマネキンみたいな…」

 上手く言えないですけど。と尻すぼみになるアキラに、メイはこくこくと頷く。

「コーヒーショップやモデルさんとして歩くドールたちですか?」

「えぇ。愛想は良いし仕事もできるけど、何かどれも同じに見えるってって言うか…いや、顔が違うのは分かるんだけど、皆が似た雰囲気というか…」

 言っている間にもなんと言えば良いか分からなくなりもごもごするアキラに、落ち着かせるように机の上のアキラの手をポンポンと叩いた。

「量産型だとそうなりがちですね」

「量産型?」

 聞き返したアキラに、おや。という顔をしてメイは「懐かしいですね」とつぶやき手をポンと合わせた。

「昔に戻った気がします。

 今、お時間良いですか?」

 時計を確認。ささやかな経験ながら、外出中の二人の帰りはまだまだだろうと当たりをつけて、頷いた。

「では、少し私たちのことを説明させてもらいますねぇ。

 全部だと長くなるのでちょっと省略してですけど」

 良いですか?と聞かれ、さらに頷く。

「人型ドール。以後は『ドール』で統一しますね。

 ドールには大まかに2種類あります。『量産型』と『オーダー型』。量産型はアキラさんが向こうで良く見ていたコーヒーショップの店員さんや、服を着て宣伝して歩くモデルさんなどがあります。

 オーダー型はその名の通り、依頼主のオーダーに合わせて作られたオリジナルのドールです。

 アキラさんは違いがわかりますか?」

「え…値段、ですか?」

「それもあります。量産型はパンフレットに載っている中から選んで作りますが、オーダー型は容姿から癖まで決められるので、値段も当然違ってきます。

 もう一つ、大きな違いがあります」

 ここで一度口を閉じたが、アキラが眉間に皺を寄せ始めたのを見て、答えを教えた。

「ドールに求めるものです」

「求める?」

「例外もありますが、前者は仕事を円滑に進めるための道具として求められ、後者は人間の代わりとして求められています」

「道具として…って言うのは分かりますけど、人間の代わりってどういう事です?」

「私の知っている中で言うと、ある学校の守衛さんが亡くなられたんです。その守衛さんは何十年とお仕事をしていて、学校で一番有名な方だったんです。でも病気で亡くなられ、他の守衛さんを探さなければならなくなったときに、在校生卒業生の強い声があってご遺族の同意を得て、守衛さんに似たドールを作られました。一部の教師から、『量産型のドールでも良いのでは』との声もあったようですが、『あの人でなければ意味がない』という声があまりにも大きくて、そうなったと聞きました」

 こっちの理解を確認するように首を傾げたメイに、アキラは頷きつつ気になっていた事を聞くことにした。

「じゃぁ、メイさんはどっちですか?」

「私は強いて言うならオーダー型です。

 園長はあまり詳しくなくて、オーダーを受けてくれる店に園の話と『子供に好かれるようなドールを』と頼んで、店長さんの采配でこうなりました」

「よくあるパターンなんですか?」

 メイに倣うように首を傾げたアキラに、メイはさっきとは逆に首を傾げた。

「んー。知り合いのドールはそれほど多くありませんが、同じパターンの人にはまだ会ったことがないですねぇ。今まで考えたことがなかったです」

勉強になります。と深々とお辞儀をしてきたメイは続けて「ついでだからご質問あればどうぞ」と言ってきた。さすがに急には出てこないので少し時間をもらった後、なんとなく気になっていたことを聞くことにした。

「園が閉まったって前言ってたと思うんすけど、そんな時はオーダー型はどうなるんす…ですか?」

 悪い癖が出てきたのに気づいて言いなおしたが、それに気付いてか知らぬ振りか、メイは特に反応せずに一つ頷き何処からともなく白い紙とペンを取り出し「ドール」「警察」「オーナー」と三角を形作るように書いて見せた。

「最初からざくっと説明しますと、まずオーナーが警察にドールの登録をします。そして警察が認可されて初めてドールはオーナーの所有・管理となります」

 図の底辺にあたる「オーナー」と「警察」の間に矢印を書き、続けて「警察」から頂点の「ドール」へ、そして「ドール」から「オーナー」へ矢印を書きいれる。

 「私の場合だと、園が閉鎖した時はこの逆、オーナーが警察に閉園に伴って私、つまりはドールの所有・管理の放棄の手続きをします。それが受理されるとドールは所謂『放浪ドール』に登録されます。次の居場所はオーナーがツテを頼ったりして探す場合や、放浪している間に見つける場合など色々なケースがあります。新しいオーナーが決まった時は再度オーナー側が警察に登録します」

 説明しながらすらすらと矢印やイラストが増やされ、とても見やすい仕上がりになった。

「あ、ドールを無届で長期所有するとドール法によって処罰されます。ドール自身にも、一か所に長く留まる場合は警察への届け出をするよう強く促しています」

 処罰の所で警官に捕まる人形のような絵をさらさらっと書いたメイだが、その絵があまりにも可愛らしくて話の内容とそぐわないのが少し微笑ましい。

「届け出は全部警察なんすね。てっきり役所だとばかり…」

 メイ相手だと何故か気が緩むようで、癖がまた出た。慌てて口を押さえたが、メイはにこにこと微笑んだままだ。

「無理はしなくて良いですよぉ。この辺りの人達は気にしませんから。初日はまだしも、最近も彩さんにも同じ調子でしたし、ずっと無理してたんじゃないですか?ここの人たちにも、私にも」

 あっさりばれてた事に少し冷や汗をかいたが、本当に気にしていないようなので、アキラはいっそ吹っ切れることにした。たしかに、少ししんどくなってきていた。

(メリハリは大事だけどな)

 少し気を緩め、そして新たに自分に言い聞かせ、アキラは少し居住まいを正した。

「ふふ。

 役所はお休みがありますからねぇ。それにうっかり事故に巻き込まれた時は警察のお世話になりますからね。身元照会の必要もありますし、破損したときも法律上は『物』扱いなので、警察の管轄にした方がスムーズなんです」

「身元照会って…どうやってやるんすか?免許みたいなのがあるとか…」

「残念。

 私たちには機械で言うところの個体番号のようなものがあるんです。場所は人それぞれで、オーナーや限られた人にしか見せられませんが…それを登録、照会することで前はどこにいて、どこをどう放浪してここに来たのかわかるわけです」

「へぇ」

「もし、町で見慣れないドールを見たら警察へ届けを出すようにとそっと伝えてください」

「え…ドールと人間の見分け方ってあるんすか?」

「経験と勘です」

 思わず身を乗り出したアキラに語尾にハートか音符が見える調子で言うと「あ、一区切り出来ましたねぇ」とつぶやき、すっと立ち上がった。

「もうすぐ彩さんが帰ってきそうなので、私はそろそろ帰りますねぇ。

 昔に戻ったみたいで楽しかったです。ありがとうございました」

 と深々と頭を下げられ、慌ててアキラも立ち上がった。

「いやいや。俺の方こそ、色々教えてもらってありがとうございましたっ」

 お互いさまですねーとメイは笑みを深め、「では、また」と帰って行った。

 メイに書いてもらった紙を宿題とともに閉まっていると、静かに彩が帰ってきた。

「ただいま」

「あ、おかえりなさい」

 立って書類をしまうアキラに視線をやると、彩がすっと近づいてきた。目の前に立ち身長差で少し上目使いにじっと見上げてくる彩に、アキラはどう応えてよいかどぎまぎしていると、ビニールの袋を差し出された。

「えっと…」

「パンを頂いたの、食べる?」

 言われてみれば、少し薄れているもののパンの匂いが届いてきた。それに刺激されてお腹の中がぐるりと動くのを感じた。

「彩ちゃんは食べないの?」

「私は苦手だから」

 少し目を伏して応えた彩を見て、差し出されたままの袋を受け取った。ふと見ると、ビニール袋を持つ反対の手には紙袋を持っている。

「じゃぁ、明日の朝食にします」

「ありがとう。メガネ君には伝えたから、ここに来るのは昼ごろでも良いわよ。

 朝よりはマシになったみたいだけど、少し緊張も見えるし、今は休むのが先決ね。後、これはハンナさんから。自家製の入浴剤とポプリですって。ポプリは枕の下に入れると良いそうよ」

 はい。と紙袋も渡された。

「私はもう少し残るから、貴方はもう戻って。お風呂にはいってゆっくりしてて」

 そっけないような言い方なのに、不思議と温かみを感じるのは気のせいだったのか。アキラの返事を待たずに彩は階段へ向かっていった。

「お先に、失礼します」

 華奢な背中に声をかけ、アキラは荷物をまとめて部屋に戻った。

 いつものように冷蔵庫の中身で適当に夕食を作っていつもより味わって食べ、いつもより少し多めのお湯を張ってハンナさんの入浴剤をさっそく使ってみた。一見大雑把に見えた女店主の仕事は意外ときっちりとなされていた。ハーブのようなものや何かの皮などが入った物をメッシュの袋に小分けして、それぞれ密封できるビニール袋に入れられていた。おまけに使い方を書いたメモまで入っていた。匂いのある限りは何回も使えるというのは嬉しい。

 じっくりと浸かった後は窓辺の椅子に座って、ほてりをさましながらなんとなく書類に目を通した。時々入ってくる風がゆるゆると熱を奪ってくれて心地よい。喉の渇きをお茶でうるおし、いつもより早めに布団に潜った。勿論、ポプリは枕の下に。強すぎず、少しぼんやりと届く嗅いだ事のあるような匂いを胸一杯に吸い込み、アキラは布団に沈み込んでいくように眠りについた。

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