初仕事2
やっと仕事らしき仕事が始まりました。
まだまだ手探りですが、よければお付き合いくださいませ…
眩しさに目を瞑ったのもわずかな間で、すぐに「終わりましたぁー」というメイの声が聞こえた。
「コレクトのアキラさん。登録完了しましたぁ」
はい、握手。とさりげなく手を握られたところで、アキラはメイの後ろにいるメガネ君に必死で視線を送った。
「こちら、ここの常連さんのメイさんです」
(もう少し詳しくっ)
焦った様子が伝わったのか、メイはメガネ君をちらっと確認すると「説明はまだなんですねぇ」とニコニコとしながらやっと手を放した。
「わたくし、ご主人様のお世話をしています。メイと申します」とスカートをつまんで挨拶をした。
「元々は保育園にいたんですけど、いろいろあってご主人様に拾っていただきました」
「拾われた?」
はい。とニコニコしたまま頷くメイに、アキラはどう反応してよいのか悩み、メガネ君に視線で助けを求めた。
「今聞いたように、メイさんは昔保育園で働いていましたが、そこが閉園することになってメイさんは居場所をなくすところだったんです。そこを今のご主人さんが噂を聞いて引き取ったんです」
「ご主人様って…」
アキラの言葉に、はじめてメイの眉が下がった。
「すいません。私には許可が下りていないので言えません」
(許可?)
「メイさんのご主人は、作家さんでね。結構有名なんだけど、あまり名前を言われたくないみたいで…」
「恥ずかしがりなんです」
「…はぁ」
「作家さんだから、ネタっていうのかな?アイデアに詰まる時があるみたいで、その時は代わりにメイさんが来ていろんな人から話を聞くんだけど、道行く人に急に声をかけるわけにもいかないから、大体はここに来るんだけどね。
新しい人を雇うときは必ずやってきて、いろいろ話を聞いて帰るんだよ」
「でも、聞くだけで良いもんですか?」
「よい質問ですねぇ」
人差し指をたててニコニコと笑っている姿を見ていると、まるで自分も子供に戻ったような気がして、背中の辺りが少しむずむずする。
「マイクも完備していますし、カメラもありますから問題は無いです。もちろん、承諾なしに録音も録画もしませんからご安心を。
あ、セキュリティの問題でマイク等の場所は内緒ですよん」
(ウィンクされても困る…)
「あ、でも今回はコレクトの方ですし、初めてなので、ご主人様も挨拶をしたいそうです」
ちょっと待ってくださいねぇーとメイは持っていた手提げバック(アキラは今気づいた)から小型のディスプレイを取り出すと、端子をおもむろに自分の耳にさした。そして画面を数度タッチした。
「もしもーし。ご主人様?コレクトに着きました。
こちらが新人のアキラさんです」
画面に話した後、画面をアキラに見せた。
「どうぞ、画面に話しかけてもらえれば大丈夫ですよー」
「ハジメマシテ」
画面には薄暗い部屋でこっちに向かって座っている女性の姿が。ラフな服装で机の前に座っているが机の上には本や紙類、カップが手の届く範囲に置かれている。
「すいません。こんな姿で…」
顔ははっきり見えないが、頭を下げたのは分かった。落ち着いた話ぶりのせいか年齢がつかめない。
「いえいえ。
あの、初めまして。コレクトで働くことになったアキラといいます」
「これから、いろいろお世話になると思いますが、よろしくお願いします。
メイから聞いたと思いますが、私の名前はどうか聞かないでください…」
「あ、聞きました。作家さんだと聞きましたけど…」
「なんとか生計が立つ位で、私なんてまだまだ…。
節操なく、あちこちのジャンルを書いているだけで…先生と呼ばれるような作家じゃありません…
ですから、名前なんてとても言えません」
急に落ち込んだ様子になった『ご主人様』にアキラが視線で助けを求めると、椅子に座るように促された。
「最近のご主人さま、ちょっとアイデアが浮かばなくて…ちょっと元気ありませんけど、気にしないでください」
よくありますから。と内緒話のように言うメイに頷くしかなかった。
「えーと、話がしたいってメイさんに聞いたんですけど」
促されるままに座ると、画面がちょうど視線の高さになった。
「あ、はい。取材というと大げさですが、いくつか質問しても構いませんか?
勿論、言いたくないことはそう言ってもらえたらよいので…」
あの…と相手が言いよどんだ所で、アキラはご贔屓さんのいう所の『犬のような』笑顔を浮かべた。
(悪い人ではなさそうだし…)
肩をまるめている姿を見ていると、なんだかこちらが申し訳ないような気がしてくる。
「なんでしょう?」
「その…話を聞いて、アキラさんをモデルに書いたりするかもしれませんが…
大丈夫ですか?その、色々と…」
『色々』のところは少し引っかかったが、念のため確認してみる。
「メガネ君や彩さんも協力しているんですよね?」
「えぇ。すごく助けてもらってます」
何度も頷き答えてくれる姿に、アキラは少し安心した。
「二人をモデルにした人もいるんですよね?」
「…はい」
途端に少し肩をまるめる相手に、アキラは慌てて手を振った。
「いや。その、何度も協力して二人とも何も言っていないなら俺も大丈夫です。
むしろ、力になれるかどうかも怪しいんですけど」
「いえいえ」
今度は逆に手を振られた。
「話をしてもらえるだけでもうれしいです。
早速ですが…かまいませんか?少し切羽詰まっていて…」
「はい。何でもどうぞ」
「アキラさんは、ここに来る前は何をしていたんですか?」
「派遣業のようなものです。内容は子供の送り迎えとか、外出の付き添いとかですね」
答えながら相手を観察していると、手元にメモを用意していたのか、熱心に何かを書いている。
「家の中の仕事はなかったんですか?」
「あまりなかったですね。迎えに行った時も玄関が多かったですし…特に女性の時はお邪魔しない規則でしたね。あ、でも話し相手を希望された時は部屋にあがってました」
「話し相手?そんな仕事もあるんですね」
「ご主人が仕事の都合で家を空けることが多い方で、子供さんも独り立ちされてご本人曰く『たまには若い男性と話したい』とかでよく呼んでもらえました」
「そうですか。では、何か印象に残っている仕事は?」
「あー。一度、小学生の女の子の部屋に入りました」
「え」
「いや、ちゃんと親御さんの許可はもらいましたよ。親御さんを通じての依頼でしたし。
その…部屋を『お忍び少女』風に改装したいから手伝ってと頼まれて…」
女の子に人気のアニメのタイトルを言うと、さすがに知っていたようで「私も見てます」と頷き、手をせかせかと動かした。画面に映る手元を見ると小さなメモに書いているようで、書き終わったメモが手元から広がるように置かれている。はっきりとは見えないが、何色かのメモが並んでいるようで、どうやら内容によって色を変えているように見えた。
「そうですか。
えーと、それではその派遣の会社のことを聞いても?」
「どうぞ」
アキラの返事に軽く頭を下げた後、一口自分のカップに口をつけるのを見て、アキラも自分のコップに口をつけた。こういう時は自分も同じ行動をした方が良いと聞いた。
(安心感とかなんとか…オヤジの受け売りだけど)
「どういった経緯でそこへ?」
「学生の頃の友人がそこに就職していて、ぶらぶらしてた俺に声がかかった感じですね。『お前に向いている仕事だと思うがどうだ』って感じで」
「学生の頃の…その彼とは当時は仲良かったんですか?」
「いや、よく遊ぶ仲間の一人って感じで。大体は何人かで遊ぶのが多かったかな。二人で遊ぶこともあったけど…特別に仲が良いって関係じゃないです。連絡先は知ってたけど卒業してからは連絡とってなくて、向こうが別の仲間と会ったときに俺の話になって連絡くれたみたいに言ってました」
「ほほぅ。遊び仲間で、卒業してしばらくしてから向こうから…
素晴らしい。
職場での関係は良好でした?」
(何か…スイッチ入った?)
なんとなく、画面向こうの雰囲気が変わったようにアキラが感じると、ほぼ同じタイミングで「あら」と小さく声をもらしたメイをちらっと見て、アキラは自分の役割に戻った。
「えぇ。立場的には向こうが上司でしたけど」
「上司…。顔を見る時間は学生の頃より増えました?」
「んー。日によりましたね。仕事が入ると俺は外で向こうは事務所だったから、朝と帰りだけ挨拶する位ですけど、報告書が溜まってるときは一日中一緒の部屋にいたりで」
「食事を一緒に行ったりは?」
「事務所にいて、向こうがおごってくれる時は一緒に」
「…良いですねぇ」
「は?」
「こっちに来てから連絡はしました?」
「いや、まだですけど…落ち着いたら連絡しようとは思ってます。
上からの伝言とはいえ、ここを紹介してくれたのはアイツなんで」
「まぁ。紹介まで…
良いですねぇ。
その彼の容姿や性格をざっと教えてもらっても?」
「はぁ。
背は平均より少し高い程度で、髪は染めてないけどこげ茶みたいな色でパーマは無し。良くドラマとかで見る、さわやか系なサラリーマンって感じですかね。割と社交的だけど、時々頑固。学生の頃は割と要領が良かったかな。顔は広い方で…女性好きで…」
元上司の顔を思い出しながら上げていくと、それに合わせる様に画面の向こうでも手が休むことなく動いているのが見える。
「あぁ。後、メガネ」
「メガネっ。
メガネしてるんですねっ。その人っ」
「ま、まぁ。学生の時から…」
『メガネ』の一言に何かあったのか、急にペンを放り出し頭を抱えだした相手に、アキラが少しおびえていると、メイがやれやれという風にため息をついた。
「あちゃー。始まっちゃいましたねぇ」
画面の向こうで「やっぱりメガネは外せない」「封印しようと思っていたのに…」とぶつぶつ呟きだしたのを確認したメイは「任務完了ですねぇー」と画面に声をかけつつ、画面の電源を落とした。
「はいっ。アキラさん、お疲れ様でしたぁ。それと、ご協力ありがとうございましたぁ」
「はぁ」
状況について行けず、助けを求めてメガネ君を見るも、向こうは向こうでこっちを気にせず作業を続けている。
仕方なしにメイに視線を戻し、説明を求めることにした。
「えぇっと…
今のでOK?」
荷物を片付けたメイはニコニコとしたまま、大きくうなずいた。
「もちろん。ここしばらく、新作のネタに困っていたんですけどねぇ。本当に助かりましたぁ。
で、お茶も出さずに申し訳ありませんが、ご主人様のフォローに行かなければならないので、私はここで失礼しても良いでしょうか?」
「はぁ」
(お茶はこっちが出す側のような…)
状況を飲み込むのがやっとのアキラにお辞儀をすると、くるっとメガネ君に向き直り、少し言葉を交わすと「また後日伺いますねぇ」と朗らかに帰っていった。
どうしたらよいかわからないままにメガネ君に視線をやると、手元のノートに何かを書いていた手をやっと止め、おもむろに立ち上がった。
「まずは初仕事お疲れ様でした。
彼女たちはいつもあんな感じなので、気にしなくて良いですよ。私も初めは驚きましたから。
さて。急ですが、次の仕事が決まりました」
「えらく急ですね」
「こんなこともたまには」
さて。と壁の時計を見るメガネ君につられ、アキラも時計に目をやる。
「お昼前ですね。
話はお昼の後にしましょうか。食事はどうします?」
「あ…冷蔵庫の中が気になるんで、部屋で済ませようかと…」
言ってから相手が誘ってくれたのではと不安になったアキラだったが、相手が特に気分を害した様子もなく「わかりました。ではここの前に集合で」と時間を伝えられあっさりと解散になった。
まだ慣れない自室に戻り、冷蔵庫の中の物で簡単に済ませメガネ君に言われたものを用意することにした。
「なんか最初からバタバタするな…ま、何もないよりはいいか」
いつからか癖になっている独り言をつぶやきつつ、面倒くささに負けてバックに入ったままの荷物から目当ての物を探しだす。
「何に使うんだろ」
その返事のない呟きはほどなく解決した。
「…誰ですか」
集合場所には素肌の見えない誰かが立っていた。
「…私です」
さっきまで話していた声が、ややくぐもった返事をした。
デニムのパンツにスニーカー。長袖のシャツにテレビで見た事しかない、農家の女性がしているようなつばが大きく、顔さえも覆える帽子を丁寧にあごの下で結び、大きなサングラスに鼻から下はタオルで覆っていて見事なまでに素肌が見えない。
近くて遠いアキラの姿はデニムのパンツに長袖のシャツに頭と首にタオル。
「どこかに強襲するんですか」
「少し近い」
流石に暑いのか、タオルをずらして手で顔を扇ぎだした。
「えっ」
「あまり、この姿でいたくないから始めても良いかな」
「あ、はい」
なんだか先程より元気がなく見えるメガネ君に、反射的に頷いて後についていく。どうやらグラウンドの方に向かう様だ。
「最初に言ったと思うけど、ここの管理も仕事の一つでね」
「はぁ」
「時々、この奥の建物を貸すのも話したよね」
「はぁ」
「急だけど、近々そこを貸し出すことになってね。このグラウンドが臨時の駐車場になる予定でね」
「はぁ…」
話が見えないままついていくと、三方をフェンスに囲まれたグラウンドの入り口で止まった。メガネ君の向こうに、フェンスに寄り添うというよりもじわじわとグラウンドに向けて侵略しようとしている風に見える青々とした雑草が見えてきた。
(まさか)
「若者が運動するにはまだ気にしないけどね、お得意さんとなると見た目も大事だよね」
立ち止まると、フェンスの陰に置いていた鎌と大きなゴミ袋を渡された。
「フェンスの近くは機械も使えなくてね。見ての通り、まぁまぁの広さがあるから一人だとやる気もさっぱり起きない」
君が来てくれて良かった。
と覆面越しに言われても、いまいち嬉しくない。が、仕事は仕事だ。文句は言えない。
(まだ、研修中だし)
溜息を隠し、素直に道具を受け取った。
「近々っていつです?」
「ちゃんと決定したらまた連絡が来るけど、2週間後くらいかな。二人だったらなんとかなるだろう。
あぁ、ちょっとツタの部分が絡み付いてる所があるから、鎌で切りながらひっぱった方が良いよ。無理やり引っ張るとこっちが疲れるから」
君は近くから始めて良いから。と心なしか重い足取りでメガネ君は遠い端に向かっていった。
幸い、晴れてはいるが耐えられないほどの日差しではない。風も時折吹いて草刈りには丁度良い位の天気だった。
時々、鳥の声や前の道を行く車や電車の音がするだけで、集中して作業ができた。慣れない作業でほかのことを気にする余裕がなかったのもあるが。途中でメガネ君がお茶を持ってきてくれたが、それ以外は二人黙々と作業を続け、日が傾き出して作業を中断した。
「今夜はゆっくり休んでくださいね。
明日の方が大変ですから」
ややぐったりしたメガネ君の忠告を聞いて、アキラは早々に自室に戻った。ずっと鎌を握っていた手は少ししびれるような感覚になり、左右の腕が重い。
(明日が怖い)
いつもよりゆっくり湯船につかって、その日は早々と寝た。
翌朝、想像以上の筋肉痛に涙目になりながら起床。
メガネ君の都合もあり、一人での作業が続き、手が空くとメガネ君が手伝ってくれた。
結局3日程で作業は終了した。
「先日言っていた日程が決まりましたよ」
ある日、アキラが事務所で商店街のパンフレット(アヤ作。店主の名前や店の説明が載っている)を覚えていると、上から降りてきたメガネ君が紙の束を差し出してきた。
「先日…?
あー、奥を貸すって言ってた?」
そう。と頷く相手から受け取った紙は綴じられておらず、片手で持つと何枚か滑り落ちそうになったので慌てて両手で持ち直しパンフレットの横に置いた。
「えぇ。再来週の土曜になりました。
まぁ、簡単に言うと同窓会ですね。これはそれの参加者と一緒に来る人のリストです」
メガネ君が置かれた紙を何枚かめくると、小さな顔写真と経歴らしきものが書かれているのが見えた。
「名前と経歴はわかるとしても…写真って…」
言いながら自分でも紙をぱらぱらとめくると、見覚えのある顔が何人かいた。なんとなく浮かんだ嫌な予感にちらっとメガネ君をみると、にっこりと微笑まれてしまった。
「まさか…」
言いかけたアキラの声にかぶせるように、メガネ君は言葉を続ける。
「アキラ君は慣れていると思うから心配はしていないよ。
この集まりはね、営業も兼ねているからしっかり頼んだよ」
「つまり…場所を貸す以外に、護衛も兼ねてるってことですか」
久々に長い溜息をついているとメガネ君に軽く肩を叩かれた。
「護衛といってもそんなに大仰なことはしないけどね。会場の接客をしながら周りを見るって感じで」
「簡単に言わないで下さいよ…」
ついつい恨みがましいことをいうアキラにお構いなしに、メガネ君はドアに向かう。
「少し出てくるから留守番をよろしく」そう言い、いつものように爽やかに去った後の部屋には見た目以上に重い紙が残った。
少し長くなってしまいました。
キリの良い所を中々見つけられず、ぐだぐだしてしまいました…
次はもう少しすっきりさせたい…