初仕事(1)
やっと「仕事」らしい事になってきました。
いつにない眩しさにアキラは目を覚ました。
昨夜カーテンを引き忘れたせいで部屋には明るい光が入っていた。今までは光も中々入らないせいで、カーテンが仕事を全くしていなかった部屋にいたせいか、朝に部屋が明るいだけで少し感動する。
時計を見ると7時を少し過ぎていた。2度寝するには少し遅いし、ふかふかの布団で寝れたせいか体も頭もすっきりしている。せっかくの日差しも勿体ない気がして、アキラはもそもそと布団から起き上がった。
顔を洗って、軽い食事を済ませる。部屋の時計を見てもまだ8時過ぎでここを出るには少し早い。時間に追われない朝にも少し感動する。
(朝飯、ゆっくり食えば良かった)
終わったことを悔いても仕方ない。目に留まった荷物を片付ける事にした。荷物がさほど多くなかったのと、添えつけの家具が部屋に合わせているせいなのか、前使っていたものより大きく片づけもあっさり終わってしまった。
時計を見てもまだ時間はある。ので、一度してみたかったことをしてみる事にした。
「コーォヒーィ。コーォヒーィ」
適当なリズムで歌いながら、インスタントコーヒーを淹れる。いつになく美味しそうに出来たカップを持って少し部屋をうろついた後、窓辺に場所を決めて椅子をそっと運ぶ。窓から運ばれた風がコーヒーの匂いを部屋の隅に届ける。風で動く雲をなんとなく眺めながら、少しだけ牛乳を入れたコーヒーを飲んだ。
贅沢な時間を過ごして事務所に着くと10時少し前だった。控えめに挨拶をしながら入ると、いると思っていた彩の姿は無かった。ふと、昨日聞いたホワイトボードを見てみると、彩の名前の横に『通院』の文字があった。
居場所がなくて、昨日と同じ場所に座ると10時きっかりに2階からメガネ君が降りてきた。今日もスーツが決まっている。
挨拶を交わすと、昨日も持っていたファイルと机に座った。
(面接受けるみたい)
今朝の充実具合に緩んだ脳内で呟いていると、メガネ君はおもむろに口を開いた。
「昨夜はゆっくりできましたか?」
「あ、はい。あんなに広い部屋で一人で寝るのは初めてだったで、最初は緊張しましたけど、あまりの色々な気持ちよさにすぐに夢の中でした」
「………」
(しまった。つい面接の調子で…)
耳が赤くなるのを感じながら、どう取り繕えばよいか脳内でジタバタしているのに気付いたのかどうか、メガネ君はおもむろに席を立った。
(あーどうしよ)
奥に引っ込んだと思ったら、メガネ君はグラスを二つ運んで来て、自分とアキラの前に置いた。
「ただのお茶ですが良ければどうぞ。緊張するとは思いますが、リラックスしてくださいよ。
貴方の事は『アキラ君』と呼ばせてもらっても?」
「どうぞ」
間が持たずに、返事をしつつグラスを手に取る。
適度に冷えたお茶が頭と体を冷やしてくれた。
「すいません。落ち着きました」
「それは良かった。
では、改めてアキラ君。君の事を聞かせてもらっても?」
「俺のですか?」
「そう。君の元職場からもらった資料には名前と生年月日位しか載ってなくてね。
言いたくないなら別に良いんだけどね」
と、少し視線をさまよわせた後、「実は以前トラブルがあってね…」と誰もいないのに声を潜めた。
「まぁ、『何でも屋』って聞くといろんなイメージを持った人が来てね、依頼も就職希望者も。
始めて間もないころに就職希望で来た人がね…詳しく聞かず採用したこっちも悪かったんだけど」
「何かあったんですか?」
「警察に追われていた人だったんだよね…。長期の仕事から戻ってきた彩君が気づいてくれたから、それとなく警察に連絡して一件落着したんだけどね」
「あれはちょっと大変だった」と少し遠くを見るメガネ君は少し疲れている風に見えた。
(思い出すだけで疲れるんだ…)
「いいですよ。つまらない話ですけど。
生まれてからずっと施設で育って、学校を卒業して施設に紹介してもらって前の職場に就職。クビになってここにきました」
「君ほど短くまとめた人は初めてだよ。
施設って事はいわゆる地震孤児?」
「俺は違います。
産まれて間もないときに施設の玄関に置いておかれたらしいです。
生年月日と名前の書いた紙と、少しの服と小さな巾着に少しのお金が入っていたって聞きました。
オヤジ…施設長は、どうしても育てられなかったんだろうって。俺に渡せる精いっぱいの物を残してくれたんだろうって。だから、恨んではないです。周りにも似た子が沢山いたし…」
今まで、「恨んでいるでしょう?」とか訳知り顔で言ってくる人もいた。「可哀相に」と勝手に悲しむ人もいた。「強い子ね」と的外れな感心をする人もいた。でも本当にアキラはそんな事を思ったことはなかった。
施設の人たちは厳しいけれど良い人ばかりで、周りに友達も沢山いたしサミシイと思うことはなかった。「親がいる」というのがどんな状態なのかわからないから今の状態との違いが今一つわからなかった。むしろ、地震で親を亡くした子たちの受けたショックや喪失感を思うと、最初からいなかった自分の方が幸せだと思っていた。これは間違いないアキラの気持ちだ。
それが通じたのか、メガネ君は「そうですか」としか言わなかった。
「それで、前の職場ではどんな事を?
こっちもあまり詳しく聞いてないもので、SPと探偵を二で割ったような仕事だったと聞きましたが?」
「あー。前の職場は大きな会社の会長だったか社長さんだったかが、知り合いの為に作ったとかで、口コミ限定の会社だったんです。富裕層向けというか、パーティーが頻繁にあるような人たち向けの。
内容は『娘に付きまとっている男の正体を調べてほしい』とか『子供がパーティーに出かけるので道中の見守り』とかですかね。たまに『話し相手』っていうのもありましたけど」
「中々に大変そうですね。しかし…それこそ看板を掲げている探偵社などに頼んだ方が良いような…」
「そう思うでしょ?でも、お金持ちも大変みたいで…
前に探偵社を雇っていた人は、逆にそれをネタに強請に近い事をされたこともあるらしくて…他にも、本物のSPを雇ったらすぐに娘さんにバレてすごく怒られたとかあるみたいで…
『気にはなるけど、そんなに大きな事じゃない』って感じの事が多かったですね。もちろん、警察が入った方が良い時は上司もそっちを薦めて、途中でそんな事態になった時もすぐに警察に連絡する事になっていました。
良い人が多かったし、俺は楽しかったですよ」
「なのに、何故クビに?」
「経費節減というか、流行に乗ったというか…会社のトップが交代したとかで人間を減らしてドールを導入する事に決まったみたいです」
苦笑するメガネ君にアキラも心の中で頷く。
「なるほど。大変でしたね」
「元々そんなに人数がいたわけじゃないんですけどね。引き継ぎの時に会社の書類を見てひらめいたそうですよ。一度も会社に来ることもなく、上司が言うには経営も良好で経費削減の意味もあまりなかったみたいですけどね」
自然と愚痴っぽくなるのに気付いたが、そのまま気づかないふりをした。それくらい言ってもバチは当たらないだろう。
「上司はドール法の都合で残ったようですけどね」
「あぁ」
ドール法。その名の通りドールを準人間として扱うことや働かせるときのルール等、ドールに関することが定められた法律。「ドールに関すること」とざっくりした括りの為に膨大な数の法律が定められ、警察や法曹関係でも精通している人は少ないと言う。
「で、どうしよかと思っていたら上司がここの住所と名前だけ教えてくれて…」
「なるほど」
お茶で口を湿らせていると、メガネ君がチラッと時計を確認しているのが目に入った。
「何か予定でもあるんですか?」
「うん。僕じゃないけどね」
曖昧に笑うメガネ君は開いていたファイルを閉じて横にやった。
「最初に言ったと思うけど、アキラ君もしばらくは研修期間中という事になるから。きっちりとした仕事はまだになるけど、細々した仕事は頼むと思います。
お給料は基本給に仕事無いように合わせてプラスになります。
それで…初仕事なんですが…」
その言葉に少し緊張していると、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
席を立つでもなく、メガネ君がドアに声をかけると「失礼しまーす」という若い女性の声と共にドアが開かれた。
「いつもお世話になりますー。ジムさんもいつも通りピシッと決まってますねぇ。
えぇと、こちらの方が新しい方ですかぁ?初めましてー」
明るく良く通る声で話す声は、アトラクションの近くにいるお姉さんか、いわゆる歌のお姉さんみたいな印象を受けたが…
「メイドさん…ですか?」
ニコニコとアキラを見て笑っているその人は、見間違えようもなくメイド服だった。
黒くカールした髪を二つに分けて、大きめの眼鏡をかけている。裾にボリュームのある長袖の黒いワンピースに白いフリルのついたエプロン。頭にはフリルの付いた男の自分にはわからない飾りが乗っている。向こうでも時折ビラを配るメイドさんたちは見たが、このメイドさんはスカート丈が若干長かった。
「メイと申します。以後お見知りおきを」
ぺこっとお辞儀をしたメイリンに自分が座ったままなのに気づくと、慌ててアキラは立ち上がり会釈をした。
「あ、初めまして。アキラと言います」
「アキラさんですね。よろしくお願いします」
と右手を差し出されたので、ついアキラも握手に応じた。
「認識致しました。
これよりスキャンを開始します」
「え?」
言葉と同時にメイの眼鏡が光り、アキラはまぶしさに目を閉じた。
(今度は何っ?!)
時折テンポ軽くしたいけど、どうしたら思ったようにいくかもやもやしてます。
テンポの軽い文って難しい…