でぃーぞーん
今日は弾薬の補給日だが、結局一ヶ月の間に使った弾の数はたったの十二発。
これは異常な数字だ。
今までこんなことは無かった。
もちろん機械側も馬鹿であろうはずもないので、西の方角より別の方角から攻めた方が効率的だとすぐに気がつくだろう。
しかし人間がそうであったように機械もまた一枚岩ではない。
機械側にも様々な集団があるらしく、それらが牽制しあっていなければガトラは一日と持たないだろう。
確かにガトラは数少ないクローズドな研究都市で、ネットワークからウイルスが進入することもなかった。
ガトラは段階進化論者達の起こした大事件『衝撃波』を乗り切った数少ない都市なのだ。
その御蔭で電子データの殆どが再生可能なことや、
大戦以前の知識を持ったリウイ世代の技術者が多く生き残っていることも、
ガトラの存続に大きく貢献していることは間違いない。
しかし機械側の戦力は圧倒的で人類最盛期の科学力を持っている。
機械側が全力でかかればガトラが容易く落ちることは自明だ。
やはり機械同士の対立は必要不可欠な条件である。
だからこそ僕の情報を持たない集団が西から攻めてくるわけで、
もし機械側が手を組んだことで情報が統制され、
西からは攻めないことが決まったのだとすれば人間にとって非常にまずい状況だ。
それでも僕は僕の任務を遂行するだけだが。
ガトラから見慣れない人物が歩いてくるのが見える。
ガトラ防衛軍二等兵の制服を着た、まだ少年とも言えるような新米兵だ。
二千発の弾丸を懸命に運んでいる。
少年の体格では大仕事のようで、運んでいるというより荷物に引っ張られているようだ。
しばらく見守っていると鳥の巣にたどり着き螺旋階段を上り始める。
こんな少年が軍隊に入っていてやっていけるのだろうかと思うほど時間をかけて最上階にたどり着く。
少年は扉の前で逡巡するように取っ手に手をかけたり離したりして、ようやく決意を決めたのか勢いよく扉を開いた。
「シロ・ハイザ二等兵、弾薬の補給に参りました」
「君は新しい補給係か」
「はい、先日任命されました」
少年の目には明確な怯えが見て取れたが、受け答えはしっかりしている。
こんな少年でも軍隊に入るからにはなんらかしらの決意をしたらしい。
少年に彼のことを聞こうとして彼の名前を知らないことに気づく。
彼はこの少年のように名乗らなかった。
彼が始めて補給に来た時は確か僕は殴られたのだ。
彼は機械を憎んでいた。
彼は気の済むまで僕を殴った後、何故抵抗しないのかと僕に聞いた。
人間が機械を恐れ憎んでいることは理解している。
君には僕を殴る理由があるが、
僕には君を殴る理由がない。
僕の一時任務は僕の存在が存続する限り森を越えてやってくる敵を撃破すること。
僕はそのためだけにここにいる。
僕がそう応えると彼は僕のことが理解できないといって帰っていった。
彼が補給に来る度に少しづつだが色々なことを話した。
家族が機械に殺されそれが切欠で軍隊に入ったこと。
教官が鬼のように厳しいこと。
馬が合う同僚とその教官の食事にゴキブリを入れたこと。
初めて機械との戦闘に参加したこと。
彼の話で笑ったこともあれば同情して涙したこともある。
そうするべきだと判断したからだ。
そうしたことを重ねるうちに僕は色々なことを悩むようになった。
この■■が本物ではないとすれば僕は彼と話す資格がないのではないかと思ったからだ。
彼が僕に色々なことを話してくれるようになったのは、
僕の中にある種の人間らしさを感じたからだということは理解していたから、
それが偽りだと分かれば僕はやはり彼に憎まれるべきだと思ったからだ。
そんな彼の名前を知らなかったことに始めて気づいた。
「君の前に補給を担当していた兵士はどうしたんだ?」
「ケイレス・コウダ一等兵は戦死しました」
「・・・・・・そうか」
「弾薬はここに置いておきます」
そういって逃げるようにシロ・ハイザ二等兵は帰って行った。
ケイレス・コウダ。
反復してみても実感が沸かない。
彼らしい名前とも思えれば、彼に似合わないようにも思える。
そしてその彼が死んだとはもっと実感できない。
彼はここに来ると一ヶ月前に言ったではないか。
僕の世界は鳥の巣だ。
その外で何が起こった所で僕の世界は揺るがない。
揺るがないはずなのに。
僕はまだ僕に■■があるか分かっていないんだ。
こんな状況で彼の死を悼むことができるわけがない。
この■■が本物であるか分からないのに悲しむなんて裏切りだ。
彼は僕に本物の怒りも、悲しみも、喜びも、見せてくれた。
それなのに僕の■■が偽者かもしれないだなんて裏切りじゃないか。
だから涙なんてこぼしちゃいけないんだ。
命令してみても僕の身体は反応しない。
僕に与えられた前提が通用していない。
僕に刻まれた記録が僕の身体を支配しているのだ。
理論的な演算に基づいた行動より、生まれてから経験によって獲得した記録のほうが優先されている。
僕の涙は監視プログラムの警告に気づいて始めて止まった。
このまま続けてこの記憶がロックされるのはいけないと思ったからだ。
ロックされればその記録がいつ消されるか分からない。
下手すれば彼に関する記録も消されかねない。
それは嫌だ。
理論も計算も根拠も前提もなく結論を出した。
自分でも自分が分からない。
これも僕が得た記録なのだろうか。
分からないことだけが増えていく。
だが考えてはいけない。
敵さえ分かっていればそれでいいのだから。
戦い続けるにはそれだけで十分なのだから。
僕の居場所はここにしかない。
僕が存続するには戦い続けるしかない。
僕は存続しなければ。
僕は存続しなければ。
僕は存続しなければ?