お狐様と私 ある雪の日
皆様いかがお過ごしでしょうか。私は、今日も今日とて、お狐様にがっつり憑き纏われ生活を送っています。最近寒いので、お狐様のふっかふかな毛皮が愛しくてたまりません。多分、お狐様もそれを察しておられるのでしょう。私の膝にまるまってみたり、首に巻きついたりして遊んでいらっしゃいます。夏なら暑苦しくて、ちょっと、となるところですが、冬の今、私があたたかさに負けて、怒らないことを、お狐様は見越していらっしゃるのです。そういうところも魅力の一つですね。
私の住んでいる地域では、雪はめったに降らないのですが、この間、すごく寒い日に少し牡丹雪が降ったのです。めずらしいなと思って、外に出てみると、ふわふわと白い塊が空から降り注いでいて、いつもと同じ景色が、なんだか幻想的に見えました。そっと手をかざして、雪に触れ、すっと溶けている様子を眺めていたら、たしっと、肩に飛び乗られた感触がしました。ふさふさとした尻尾が首筋をくすぐります。きっと、最初からついてきていらっしゃったのでしょうが、私が雪に気をとられて、まったく気づかないので、お狐様は、しびれをきらしてしまわれたのでしょう。
普段は、地面を歩いていらっしゃったり、空中に浮いていらっしゃりと、気ままに行動しておられますが、お狐様以外の何かに私の注意が向くと、いつも肩に乗ってこられて、主張なさるのです。独占欲と嫉妬で、恐ろしくなることもありました。普段のもふもふからは、想像できないかもしれませんが、お狐様を、本気で怒らせると、身の毛がよだつほどの殺気を出されることもあります。かわいいだけの存在ではないのです。
ぺろっと、頬を舐められ、顔をそちらに向けると、お狐様は、ふわっと目の前に浮きあがり、くるんと宙返りなさると、真っ白な毛皮に早変わりされました。一瞬の出来事に、目を瞬いていると、頭をお腹にくっつけるようにまるまり、しっぽを前足でしっかりかかえられて、まんまるの白い塊になられました。実は、耳が、ぴょこっと立ったままだったのでまんまるではなかったのですが、そこはご愛嬌ということで。
何をなさりたいのかわからなかったので、ふよふよと揺れるまるいお狐様を、可愛いらしい、とうっとり見つめていますと、一端、もとにもどられたお狐様が、黒い瞳でこちらを見つめ返され、前足を揃えて、頂戴のポーズをなさいました。その時のお狐様の愛らしさといったら、もう。想像してみてください。その時の私の興奮具合がわかっていただけるはずです。鼻血が出るかと思いました。っと、私ったらお見苦しいところを、申し訳ありません。
話を元に戻しましょう。その愛らしいお狐様と、しばしの間、見つめあった私は、お狐様が何をおっしゃりたいのか、ようやくわかりました。両手をそろえて、お狐様の方に差し出しますと、その手を満足げにひと舐めし、さきほどのように、まんまるな白い塊になられ、すこし上の方から、ふわふわっと牡丹雪とともに、舞い降りていらっしゃいました。そしてもふっとわたしの手のひらに、着地されますと、すうっと、透明になっていき、最後には跡形もなくなくなってしまわれたのです。見えていた時は、確かに柔らかい毛皮の感触があったのですが、完全に見えなくなった途端に、手の中のあたたかさも消えました。
牡丹雪のまねごとをなさるお狐様を、微笑ましく見守っていた私は、気配が消えた瞬間、その喪失感にとてもうろたえました。いつも毎日一緒に居て、私にしか見えないお狐様。見えなくなって、気配もわからなくなってしまうと、私にはどうすることもできないことが、実感をともなって、現実に起こったのです。私にしか見えないということは、私が見えなくなると、誰も見えないのです。お狐様が本当にいらっしゃるということが、誰にもわからなくなってしまうのです。
胸の奥がぎゅっと締めつけられるように感じられて、涙が溢れてきました。胸に抱くように、両手を引き寄せました。ぽたぽたと、涙が手のひらに落ちていきます。このままお狐様が見えなくなってしまったらどうしよう、という気持ちと、あのお狐様が私の前からいなくなるわけがない、という気持ちがせめぎあいます。早く姿をあらわしてほしいという祈りをこめて、お狐様、と手のひらに向かって、呼びかけました。
途端、両肩にぽすっと、前足がかかり、ものすごい勢いで、お狐様の尖った鼻が迫ってきて、顔中を舐められました。ぺろぺろと舐められる感触に、心底ほっとして、更に緩んだ涙腺からは、とめどなく涙が溢れてきます。お狐様は、私が泣きやむまで、一粒も逃さないというふうに、一心に目元の涙を舐められ続けました。ぎゅっと、柔らかい身体を抱きしめ、ここにお狐様がいらっしゃることを確かめると、ようやく心が落ち着きました。ようするに、お狐様の擬態が素晴らしすぎたのです。
きっとお狐様は、純粋に私を喜ばせようと、牡丹雪をまねたのだと思います。他の方から見るとささいなことに思われるでしょう。ですが、この出来事は、お狐様が、私にとって、かけがえのない存在であることを、私に深く知らしめるものでした。私の膝のうえに丸まっていらっしゃるお狐様の背中を撫でながら、いつまでも私と一緒にいてくださいね、と言うと、お狐様は、目を閉じられたまま、ぴこんと耳を動かされました。
それまで、私は、私だけが見えて、私だけが触ることができる、ということにひそかな優越感ともいえるものを抱いていました。きっと他の方にもお狐様が見えるようになると、面白くないと思います。でも、それ以上に、お狐様が実在することを一緒に実感できる方がいてほしいとも思うのです。
この間も言いましたが、私のようにお狐様に纏わり憑かれている方は、本当に、いらっしゃらないのでしょうか。蛇は少し苦手なのですが、この際、巳さんに巻き憑かれてます、という方でも大歓迎です。もし、お狐様と出会ってみたいという方がいらっしゃいましたら、お稲荷さんにお稲荷さんを持って、お参りに行って来てください。そして晴れてお狐様憑きになった暁には、私とお友達になりましょう。楽しいことも悲しいことも分かちあえると思います。
あ、お狐様が目を覚まされて、じっとこちらを見つめていらっしゃいますので、今日のところはこのへんで。
読んで頂いてありがとうございます^^続かない予定だったのですが、もふもふしたい季節なので書いてしまいました。ちなみに作者は、お稲荷さんの回し物ではありませんのであしからず。もうすぐ年が明けますね。皆様よいお年を^^