誕生秘話
ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。
しかしながらお爺さんとお婆さんは幼少時代から何十年もここで暮らしていたわけではなく、お爺さん、お婆さん共に、それぞれ歩んできた経緯というか人生があった。
などといきなり言ってはみたものの、よく考えたら、彼ら夫婦の誕生からこれまでを追っていった場合、大変な労力、時間、ページ数を要するのでここはあえて割愛させて頂く。
で、まぁ、とりあえず、ある年頃になるまで、お爺さんとお婆さんには各々、別々の家庭があったのだ。
お爺さんは当時の奥さんとはあまりうまくいっていなかった。
もともと上司に勧められた縁談だった為に、断りきれずに結婚させられたのだが、お爺さんは当時の奥さんを愛していた訳では無かった為に、非常に家に帰りづらかった。
お婆さんもまた、若気の至りとでも言おうか、当時交際していた彼氏の子供を身籠ってしまい、後先考えずにできちゃった結婚をしてしまった。
だがしかし、お婆さんは出産後、働く羽目になってしまった。
というのも当時の旦那が大変なダメ夫で、仕事もせずに毎日パチンコ通い。
生活費を入れたりもせずに、それどころか家の金を持ってキャバクラ通いしたりと人間のクズであった。
そんなこんなでお婆さんは駅前のノーパンしゃぶしゃぶで辱めを受けながら働くのであった。
お爺さんはある日お得意先の常務を接待に招くことになった。
場所は駅前のノーパンしゃぶしゃぶだった。
そして二人は運命の出会いを果たす。
お婆さんはお爺さんの目に自分と同じ悲しみを見た。
お爺さんも同様であった。
いつしかお爺さんは駅前のノーパンしゃぶしゃぶに通う様になり、また、お婆さんもお爺さんの来店を心から待ち侘びる様になる。
そうなると後はあっという間だった。
男と女なんて、坂道を転げ落ちるみたいに盲目的に恋に落ちる。
今の状況に我慢ならなければならぬ程、夢のようなロマンティックな恋愛にどっぷり溺れていくものだ。気がつくとプライベートで逢う様になり、デートを重ね、唇を重ね、夜は互いの肉欲を満たす。
そして二人はとうとう究極的なこの激愛を貫くこうと決意した。
ある晩、二人はお互いの家庭を投げ捨てて駆け落ちをした。
深夜の汽車に乗って、二人だけの愛の逃避行であった。
二人が辿り着いたのは山の梺の小さな小屋であった。
川が流れていたが、ほかには何もなかった。
けれど二人は満ち足りていた。
愛する人が側にいる。それだけで心は一杯であった。
それから二人は愛の結晶を創ることを誓った。
要するに子供が欲しかったのだ。
その為、二人は毎晩毎晩獣の様に求め合った。
奥深い山の梺で二人は熱の籠もった吐息を弾ませたのだった。
しかしながらあれから数十年。
二人にはなぜか子供ができなかった。
しかもあの頃は二人共、まだ若々しく、元気が有り余っていたから、毎晩毎晩できたが、もう最近はいい年齢である。
3ヵ月に一回あればいい方だ。
それでも。
それでも彼らは子供が欲しかった。
しかし出来ない。
でも欲しい。
が、出来ない。
諦めかけるが、やっぱり欲しい。
そんな切実な願いがとうとう二人を狂行へと走らせた。
とある平日、年老いた二人は初孫を見にきた老夫婦を装い、病院へ潜入。
隙を見て病院に放火をした。燃え上がる病院。
大惨事だ。
しかしながら狡猾な二人は、どさくさに紛れて赤ん坊を一人誘拐するのに成功する。
二人は盗人の様な卑しい笑みを浮かべて帰宅したのだった。
誘拐したのは玉のように真ん丸な可愛い男の子であった。
しばらく二人は男の子をそれはそれは大事に育てていた。
だがそんなある日、不審に思った近所の住民に
「その子の本当の親は誰だ!」
と詰め寄られたことがあった。
放火された病院から赤ん坊が一人行方不明になったと噂になった頃であった。
二人は犯行が露見されるのを恐れて、
「この子は川から流れてきた桃に混入していた」
などと子供でも騙せない様な信じられない嘘をついた。
無論近隣住民からは老夫婦に対して様々な罵声が浴びせられた。
だが、老夫婦も黙ってはいない。
大体にして数十年前は二人しか住んでいなかったこの土地に数年前から他の人間が来て住み始めたことからして許せなかったのだ。
老夫婦側は突然、近隣住民を片っ端から訴え始めた。
日照権や景観権などを巡り、突如として老夫婦が牙を剥いたのだ。
近隣住民はうんざりして
「子供の事とかもう何にも言わないから、訴えを取り下げて下さい」
と、老夫婦に頭を下げた。
示談は成立し、老夫婦はまんまと犯行を勘ぐられず、また捜査を受けることも無くなった。
お爺さんとお婆さんは気兼ねなく赤ん坊に愛情を注いだ。
赤ん坊は
「桃太郎」
と名付けられた。
最初はとても一生懸命に育てていた二人だったが、人間というのはわからんもので、いつの間にか愛情は冷めてしまい、桃太郎をほっとく様になってしまった。
何日かに一度、風呂に入れる時は水を張った風呂桶に桃太郎を投げ込み、飯は食わしたり食わせなかったりした。
泣き喚いて煩い時はあやしたりせず、弓引きストレートのワンパンを鼻先に叩きこんだり、ストマック直撃のボディブロウで桃太郎を気絶させた。
そんな虐待が何年も何年も続いたが、やがて家庭内勢力図が変わり始めるのだった。
桃太郎13歳の時である。事の発端は桃太郎の身長であった。
いつのまにかお爺さんよりデカくなっていた桃太郎。
ちょっとムカついたお爺さんは、桃太郎にヤキを入れて、誰が支配者か分からしてやろうと、火の付いたタバコを桃太郎の腕に押し付けた。
ジュウゥゥゥ。
肉の表面を焦げると、ひどい痛みに桃太郎が
「あぁぁぁぁーー!」
と声を上げた。
えげつなく悲惨な画だが、この家庭ではいつもの光景である。
しかしその後がいつもとは違った。
痛みにじたばた暴れる桃太郎の肘がお爺さんの鳩尾を綺麗に直撃した。
「おぇぇ。」
お爺さんはゲロを吐き出して蹲った。
驚愕の表情のお婆さん。
桃太郎は一瞬理解できなかったが、冷静に全てを理解できた時、神に愛でられた恍惚の表情を浮かべて天を仰いだ。
「うぉぉぉぉーーッ!」
桃太郎のおたけびが谺して遂に世代交代が起きたのである。
こうして翌日から力関係が大きく変貌する。
お爺さんとお婆さんは奴隷の身分に下ろされ、全ての決定権・支配権が桃太郎へと移った。
毎日毎日二人は桃太郎にこき使われた。
食事は米一杯と煮たキャベツを一枚。
毎日の睡眠時間は二時間であった。
そして、この力関係は二度と覆ることなど無かった。
桃太郎は年を追うごとに成長し、毛はボーボー、筋骨隆々、おまけに性格は至って凶悪そのもので、欲望のままに生きる男になっていた。
こんな男が老い先短い老夫婦を暴行するから凄まじい地獄絵図だった。
お婆さんはベアハッグで肋骨を三本へし折られ、お爺さんはシャイニングウィザードを食らった影響で言語障害が残ってしまった。
そしてこの物語は、この頃から徐々に動き始めるのである。
桃太郎33歳。
家庭内政権の移動から実に二十年後の事である。