第四話 森の小さな依頼
森の入口に立つレインは、深呼吸をして肩の力を抜く。昨日の井戸落ちから始まった異世界生活はまだ信じられないことだらけだ。毛布の上に着た村の古着は少し重いが、下着一枚よりはずっとマシだ。
「虫が多いですね……」
思わず声に出すと、リルナが杖を握りなおし、静かに笑った。
「大丈夫です。私が先に掃除しますから」
森の中は昼でも薄暗く、木漏れ日が斑模様を作っている。小さな雑魚モンスターが潜んでいそうな気配に、レインは自然と背筋が伸びた。
「……本当に大丈夫かな」
小声でつぶやくレインの横で、リルナは先を歩きながら目を光らせる。彼女の杖の先端が小さく光り、僅かな風でも揺れる葉や枝が反射して視界を照らした。
しばらく歩いたところで、前方に影が動いた。小型のモンスターだ。赤い瞳と小さな牙を光らせ、威嚇してくる。レインは思わず後ろに一歩下がる。
「リルナ、どうしよう……」
「焦らなくて大丈夫です」
杖を軽く振ると、魔力の光がモンスターの前に小さく壁のように広がった。モンスターは一瞬止まり、目を瞬かせる。レインは息を整え、茂みの陰から横に回り込む。
「行きますよ」
リルナの声に合わせ、レインは慎重に歩を進める。モンスターは光に向かって逃げるように動き、森の奥へと誘導される。
「……うまくいった」
リルナは少し息をつき、杖を下ろす。レインは肩の力を抜きながら、つい視線がリルナの白いローブに向いた瞬間、茂みの枝で少し裾がめくれる。慌てて視線を逸らすが、リルナは薄く眉を上げ、苦笑した。
「……よく見ますね」
「いや、見てません!」
小さなラッキースケベではあったが、レインの心臓はまだ跳ねている。
◇◇◇◇◇
森を抜けると、小川沿いの開けた場所に出た。依頼は「小さな雑魚モンスターの退治」だけだったが、森の地形や茂みを考えると油断はできない。
「じゃあ、ここで確認しましょう」
リルナは杖を肩にかけ、森の出口に目を向ける。レインも周囲を見回す。雑草や木の根が足元に絡まり、油断するとつまずきそうだ。
「……俺、こういうのは慣れてないな」
「大丈夫です。無理に力を入れるより、相手の動きを見て対処すればいいだけです」
リルナは自然体で歩き、魔力の光を散らして森の奥へと誘導する。モンスターは枝や木の間を小さく飛び回るが、光の壁に押されて外へ出る道が決まった。
「よし、これで……」
レインはモンスターを見送りながら、思わず膝をつく。森の小さな依頼は無事に終わりそうだ。リルナは杖を下ろして笑顔を向ける。
「無事ですね」
「はい……ありがとうございます」
呼吸を整え、レインは森の中での小さな達成感を味わった。井戸に落ちたときの絶望感とは比べ物にならない。
「さ、帰りましょう。次の依頼も、きっとすぐですから」
リルナの声に、レインはうなずく。異世界での初めての“実戦”は、偶然と小さな判断で乗り切った。
(……少しだけ、面白いかも)
下着一枚で井戸に落ちた男の異世界生活は、まだ始まったばかりだ。




