第三話 冒険者(仮)の初仕事
――いや、まず服を着よう。
毛布にくるまったまま、レインは深く息をつく。冷えた身体を少しずつ温めながら、今日の出来事を反芻する。
「本当に、助かりました」
白いローブの少女――リルナは柔らかく微笑む。
「大丈夫ですよ。困っている人を放っておけませんから」
その声は落ち着いていて、井戸の底で震えていたレインの心をほんの少しだけ溶かす。
地面に座ったまま、レインは毛布越しに考える。異世界転生、井戸、下着一枚……どれも信じられない。だが目の前のリルナは確かに生身の少女で、魔法を使える。
身体を起こして、ようやく下着の上に毛布を巻いたまま立ち上がる。
「じゃあ、まず服を……」
そう言おうとした瞬間、リルナが小さな声でつぶやいた。
「えっと……あなた、冒険者になるつもりですか?」
レインは苦笑いするしかなかった。
「なるつもり、は……いや、ない。けど……」
そう、今日の俺は予定外の井戸落ちから始まった冒険者生活。まだ冒険者ギルドにも登録していない、いわば“仮冒険者”だ。
◇◇◇◇◇
村の広場に出ると、井戸の件で村人たちの噂はすでに広まっていた。
「いやあ、若いのに大した肝っ玉だな」
「下着一枚で落ちるとは、伝説になるぞ」
聞きたくない声まで耳に届く。
「もう勘弁してください……」
レインは頭をかきながら、リルナに目を向ける。
「さ、まずは服を借りましょうか」
リルナはくすっと笑って、小屋の中へ手招きする。
借りた服は村人の古着だったが、下着姿よりはずっとマシだ。しかも、多少の魔力防御が仕込まれているらしい。
着替えを終えたところで、リルナが話を切り出した。
「実は、あなたにお願いしたいことがあるんです」
レインは眉をひそめる。
「お願いって……井戸掃除以外ですか?」
「はい。少ししたらギルドに顔を出してもらえますか?」
どうやらリルナは王都の見習い魔導士で、今回は村での任務を終えて帰るところだったらしい。そして、レインに会った瞬間、妙な予感がしたらしい。
「あなた、トラブル体質……ですか?」
「……はい、たぶん」
そう答えざるを得ない。井戸に落ちた時点で、この一言が的確すぎる。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドに到着すると、受付の嬢がニヤリと笑った。
「今日は新入りの登録? 下着一枚で井戸に落ちた人が?」
レインは小さく舌打ちをする。
「そうです……まあ、詳細は後ほど」
ギルド内には、装備を整えた冒険者たちが忙しそうに動き回っていた。武器の手入れ、魔法の訓練、依頼書の確認。レインの目には全てが鮮やかに見える。
「ここが、俺の……仮の戦場か」
リルナは肩にかけた杖を軽く振りながら、レインに依頼書を差し出した。
「まずは、村の北にある魔物退治です。小さな森に出てくる雑魚モンスターですが、安全とは限りません」
レインは受け取りながら、心の中でつぶやく。
(いや、冒険ってこんなに緊張するもんだっけ……)
だが同時に、胸の奥に小さな高揚感も芽生えていた。今日の井戸落ちから始まったこの一日。確かに災難だったが、少しだけ面白くもある。
「じゃあ、行きますか」
リルナの声に、レインは頷く。冒険者(仮)の初仕事は、こうして始まった。
勇者ではない。下着一枚で井戸に落ちるレベルの男が、異世界でどうにか生き延びていく物語が。
――そして、数分後。
村の北の森に足を踏み入れた瞬間、レインは叫んだ。
「……うわ、虫が多い!!」
リルナは笑いながら杖を構える。
「大丈夫です、私が先に掃除しますから」
ポンコツ冒険者とトラブル体質魔導士の珍道中は、まだ始まったばかりだった。




