血翼の少女と、帝国の追撃
世界樹エルディアから生まれた存在――
マナ=エルディアスは、世界と世界の狭間で数多の知識を見てきた“世界の叡智”である。
人間至上主義を掲げ、多種族と魔物を迫害するアウレリア帝国。
秩序と繁栄を謳うその支配は、やがて差別と殺戮を正当化し、世界そのものを静かに蝕み始めていた。
「知ってしまった以上、止めずにはいられない」
世界樹の意思を胸に、マナは行動を選ぶ。
差別に抗う者、追われた魔物、居場所を奪われた種族たち――
彼らと出会い、語り、選択を委ねながら、マナは静かに仲間を集めていく。
これは、剣でも王座でもなく、
知識と意志によって帝国の歪みを正す“不死身の大賢者”の物語。
世界樹の子は問いかける。
――支配とは、誰のためのものなのか。
アウレリア帝国――皇都。
重厚な石壁に囲まれた謁見の間には、冷えた空気が漂っていた。
玉座の前に跪くのは、ぼろ切れのようになった鎧をまとった男――調査部隊の生き残りである。
「……申し上げます、陛下……!」
声は震え、言葉は途切れがちだった。
「魔法の森にて……正体不明の魔法使いと……魔物が……」
皇帝は、無言で報告を聞いていた。
黄金の装飾に囲まれた玉座に深く腰掛け、指先で肘掛けを軽く叩く。
「……続けよ」
低い声が、部屋に響く。
「は、はっ……!
調査部隊六名が……一瞬で……」
「一瞬で?」
皇帝の眉が、わずかに動いた。
「……魔物が……人の形をしておりました……。
銀色の……少年の姿で……」
沈黙。
「……世界樹の反応といい……」
皇帝は、ゆっくりと立ち上がった。
「どうやら……“芽”が生まれたらしいな」
口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「よい。
追撃部隊を編成せよ」
家臣たちが息を呑む。
「魔法部隊を含めろ。
対象は――捕縛。
抵抗するなら……処分して構わん」
「ははっ!」
皇帝は、窓の外――遠い森の方向を見やる。
「世界樹の力……必ず、我が手中に収める……」
その目には、支配欲だけが宿っていた。
*
一方、魔法の森。
木々の間を抜ける風が、静かに葉を揺らす。
マナ=エルディアスとメルは、慎重に森を進んでいた。
「……さっきの戦い……大丈夫だったかい?」
マナが問いかける。
「はい……問題ありません」
メルは即答したが、その声にはまだ微かな緊張が残っていた。
「……帝国は……また来るでしょうか……」
「えぇ」
マナは頷く。
「必ず」
そのとき――
ふわり、と空気が揺れた。
「こんにちは」
突然、頭上から声が降ってくる。
メルは即座に反応し、マナの前に立った。
「お下がりください! マスター!」
「むぅ〜」
不満げな声。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃん」
木の枝の上。
そこに、少女が腰掛けていた。
黒に近い深紅の髪。
白い肌。
背中には、夜の闇を思わせる翼。
「……その羽根」
マナは、静かに見上げる。
「吸血鬼族……かな?」
少女は、ぱっと笑顔を見せた。
「そうだよ!」
枝から軽やかに飛び降りる。
「そこのヒト、私は吸血鬼族のシノノメだよ!」
名乗りと同時に、翼がふわりと広がる。
メルは身構えたまま、視線を外さない。
「……吸血鬼族……」
「そんな怖い顔しなくてもいいってば」
シノノメは、くるりと一回転して着地した。
「ボク、別に帝国の味方じゃないし」
その言葉に、マナの視線が鋭くなる。
「……帝国を知っている?」
「もちろん」
シノノメは肩をすくめた。
「森にも来たよ。
吸血鬼族は……帝国からも嫌われてるからね」
「……なるほど」
マナは、少しだけ納得したように頷く。
「……それで、何の用だい?」
「ん〜……」
シノノメは顎に指を当てる。
「さっきの戦い、見てたんだ」
メルの方を見る。
「キミ、スライムだったよね?」
「……はい……」
「刻印されて……人型になった?」
メルは一瞬驚いたが、正直に答えた。
「……はい……」
「へぇ〜」
シノノメの目が輝く。
「面白いじゃん!」
その瞬間――
森の奥から、複数の足音が響いた。
「……来たね」
シノノメが、楽しそうに笑う。
「帝国軍だよ」
木々をかき分け、現れたのは――
武装した帝国兵たち。
魔法部隊を含む、明らかに先ほどよりも大規模な編成。
「発見したぞ!」
「包囲しろ!」
「抵抗するな! 捕縛対象だ!」
メルが歯を食いしばる。
「……数が……」
「大丈夫」
シノノメが、前に出た。
「ここは……ボクに任せて」
「……行けるのかい?」
マナが問いかける。
「もちろん」
シノノメは翼を大きく広げた。
「吸血鬼族、なめないでよ?」
次の瞬間――
空気が、凍りついた。
赤黒い魔力が、シノノメの周囲に渦を巻く。
「血魔法・夜宴の帳」
闇が広がり、兵士たちの視界を奪う。
「なっ……!?」
「見えない……!」
悲鳴が上がる。
シノノメは、空中を舞う。
「じゃ、さようなら」
指を鳴らす。
「血魔法・紅月掃討」
無数の赤い光が走り、闇の中で炸裂した。
次の瞬間――
地面に倒れ伏す帝国兵たち。
一層――
まさに、一瞬の殲滅だった。
闇が晴れ、静寂が戻る。
「……ふぅ」
シノノメは、軽く息を吐いた。
「どう? 役に立った?」
メルは、呆然としていた。
「……すごい……」
マナは、静かに彼女を見つめる。
「……なぜ、ここまで?」
「ん?」
シノノメは首を傾げる。
「帝国、嫌いだから」
即答だった。
「それに……」
少しだけ、真剣な表情になる。
「キミたち……面白そうだし」
沈黙。
やがて、マナは口を開いた。
「……一緒に来るかい?」
シノノメは、ぱっと笑った。
「いいの?」
「えぇ」
「じゃ、決まり!」
シノノメは手を差し出す。
「改めてよろしく。
吸血鬼族のシノノメだよ!」
「……マナ=エルディアス」
「……メルです……」
三人の影が、森の中で並ぶ。
帝国の追撃は、すでに始まっていた。
だがそれと同時に――
世界を変える旅の仲間が、また一人増えた。
物語は、さらに深く――
確実に、動き始めていた。
第4話までお読みいただき、ありがとうございます。
ここで仲間が揃い始め、物語はいよいよ本格的に動き出します。
帝国の追撃、血翼の少女シノノメ、そしてマナたちの旅路――
それぞれの思惑が、少しずつ絡み合っていく予定です。
次話からは、さらに世界の裏側と、帝国の“本気”が見え始めます。
引き続き、物語を見守っていただければ幸いです。




