第8話 時間を捧げる理由
まぶたを開けた瞬間、天城レイは見知らぬ天井を見つめていた。
薄暗い部屋。古いアパートの一室のようだ。
体を起こすと、すぐ隣で白鷺ミナトが座り込んでいた。
肩で息をし、手を押さえている。
「ミナト……大丈夫か?」
レイが駆け寄ると、ミナトは微笑んだ。
その笑顔は無理に作ったものだとすぐに分かった。
「平気……ちょっと力を使いすぎただけ」
「平気じゃないだろ!」
レイの声が思わず強くなる。
ミナトは驚いたように瞬きをしたが、すぐに視線を落とした。
「与える力は……自分の時間を削るの。
誰かを守るために時間を差し出すと、そのぶん私の寿命が減る」
レイは言葉を失った。
あの光、あの優しさ。
全部――彼女の命そのものだったのか。
「どうしてそんな無茶を……俺は、守られるような価値なんて――」
ミナトはかぶりを振った。
「価値なんて関係ないよ。
私は……誰かの時間が奪われるのを見たくない。それだけ」
その言葉は柔らかく、しかし深い悲しみを帯びていた。
レイは問いかける。
「誰か……奪われたことが、あるのか」
ミナトは一瞬だけ指先を震わせた。
そして、静かに語り始める。
「私……十五のとき、好きな人がいたの。
一年上の先輩で……優しくて、真っ直ぐで……
未来の話をたくさんしてくれた」
レイは息を呑む。
ミナトの声は少しずつ細くなっていく。
「でもある日、先輩は急に倒れたの。
病気でも事故でもない。
“時間を奪われた”って……後から知った」
喉の奥がきゅっと締めつけられる。
レイは握りしめた拳が白くなるのを感じた。
ミナトは続ける。
「その時、私の手に“白い砂時計”が刻まれた。
奪われた分の時間を……誰かに返すために」
白い刻印が淡く光る。
「だから私は、奪う力を持つ人を憎んだ。
怖かったし、許せなかった」
レイは胸が痛くなった。
彼女が抱えてきたものの重さ。
そして、その憎しみの先にいるのが――自分。
「それなのに……どうして俺を助けた?」
ミナトは少し戸惑ったように目を伏せる。
「……あなたの中には、優しさがあるから。
奪ってしまったことに苦しんでいる。
それを知ったら……放っておけなかった」
言葉が胸に突き刺さる。
ミナトは立ち上がろうとしたが、足がふらつきレイが支えた。
彼女の体温が驚くほど弱かった。
「ミナト……!」
ミナトは苦笑する。
「ちょっとだけ……ね。休めば元気になるよ」
そのとき。
ドアの外で靴音がした。
複数人。早い。
ミナトが息を呑む。
「クロノスが追ってきた……!」
レイはミナトの腕を抱え、出口を探す。
だが、このアパートに逃げ道はほとんどない。
一つだけ、古い非常階段があった。
「行こうミナト!俺が支える!」
ミナトは弱く微笑んだ。
「……ありがとう、レイくん」
二人は暗い階段へ飛び出した。
背後でドアが破られる音が響く――。




