第5話 クロノス医療財団
夜の街を歩きながら、天城レイは胸の奥のざわつきを抑えられなかった。
非通知の女の声が頭から離れない。
「クロノス医療財団に来い……か」
昨日のナギが言っていた組織。
“時間を操る者”を狩る存在。
危険だ。
罠に決まっている。
それでも――
レイは、行かずにはいられなかった。
この刻印の意味を知りたい。
自分が何をしてしまったのか確かめたい。
病院の屋上に続く扉の前で立ち止まる。
財団本部は病院と繋がっているらしい。
暗い階段を下りていくと、常夜灯だけが薄く廊下を照らしていた。
「天城レイ君だね」
声がした。
低く、芯のある声。
振り返ると、白衣の女性が立っていた。
切り揃えられた黒髪、感情のない瞳。
葵=クライン。
昨日ナギと行動していた女性だ。
「来てくれて助かったわ。
あなたの力は、制御しないと危険」
「……あんたが電話の?」
「ええ」
葵は歩き出す。
レイは距離を取りながらついていく。
通されたのは、病院とは思えない無機質な部屋だった。
壁一面のモニター、研究設備、冷たい光。
「ここは……」
「クロノス医療財団の本部よ」
葵はモニターのひとつを操作し、画面に映像を表示した。
それは――
昨日、自分が“時間を奪った瞬間”だった。
世界がスローになり、黒い砂が舞う光景。
その中心で、倒れる男性。
レイの手が震える。
「やめろ……見せるな……」
「見なくてはならないわ。
あなたは誰かの時間を奪い、生かした。
救った命のために、別の命を奪ったの」
レイの喉が詰まる。
「……俺は、そんなつもりじゃ……」
「分かってる。
でも、力は意思より先に発動するの」
葵はレイの手を取る。
その瞬間、刻印が光った。
黒い砂がほんの少し舞い上がる。
「やはり……あなたの刻印は“喰らう側”の中でも特異」
葵の声が震える。
それは恐怖ではなく――興奮の色。
「あなたは、世界の時間を変える“可能性”を持っている」
レイは一歩後ずさる。
「……あんた、何を企んで――」
そのとき。
警報が鳴り響いた。
赤いランプが回り、廊下に怒号が飛び交う。
『未確認の時間波を検出!外部から侵入者!』
葵が顔色を変える。
「まさか……早すぎる!」
「何が来るんだよ!?」
葵が叫ぶ。
「白い砂時計の少女よ!白鷺ミナトが来た!」
レイの心臓が跳ねた。
扉の向こうから、白い光が迫ってくる。
血の匂いと、砂の音。
そして、冷たい少女の声。
「天城くんを返して」
白い砂が舞い散った。




