第3話 クロノス・オーダー
夕暮れの街を、黒い車が静かに走っていた。
フロントガラスに映るのは、血のような夕陽。
助手席の女が、無言でタブレットを操作している。
「また一人、時間を奪われたわ」
彼女の名は、葵=クライン。
白衣を脱ぎ、今は黒のスーツを纏っている。
その瞳は氷のように冷たく、感情の温度を失っていた。
「発動者は未登録。年齢は十七。天城レイ」
彼女の声に、運転席の青年が口笛を吹いた。
「十七でリーパー化?早ぇな。普通は二十を越えねぇと発現しねぇのに」
男の名はナギ=ファロウ。
金髪を無造作に結び、軽口ばかり叩くが、腕は確かだ。
「放っておけば“砂化”が始まる。時間の秩序が崩れる前に――」
葵は画面を閉じ、目を細めた。
「――排除する」
車は闇の中へ消えていった。
***
同じ頃、天城レイは屋上にいた。
学校を早退し、風に吹かれながら右手を見つめる。
刻印は、昨日よりも濃く、脈打つように光っていた。
その光が、まるで呼吸するように見える。
「……お前、俺の中で生きてるのか?」
自分に問いかけても、答えはない。
ただ、掌の奥で“誰かの記憶”が脈動している気がした。
そのとき――風の中に声がした。
「見つけた」
レイが振り向いた瞬間、空気が爆ぜた。
校舎の屋上の端に、金髪の青年が立っていた。
「天城レイ、だな?オレはナギ。クロノス・オーダー所属」
「クロノス……?」
「時間を操る化け物を狩る組織さ。
で、お前は――その化け物側」
言葉の直後、ナギの指先が閃いた。
世界が一瞬、巻き戻る。
レイの体が勝手に数歩“後退”した。
「今の……何をした」
「ほんの数秒、過去に戻しただけ。
便利だろ?殺す相手を“先読み”できるんだ」
レイの呼吸が乱れる。
刻印が熱を帯びる。
「来るな……!」
「来るなって言われると、余計行きたくなる性分でな」
ナギが踏み込む。
その瞬間、レイの周囲の時間が止まった。
黒い砂が宙に舞い、風が固まる。
レイの瞳が、ゆっくりと金に染まっていく。
「やめろ……俺は、戦いたくない……!」
ナギの足元で、地面が軋んだ。
黒い砂の渦が一瞬で彼を包み込む。
空気が爆発するような音。
ナギは後退し、口元を歪めた。
「なるほど……制御できてねぇだけか。
でもその力、マジで危険だぜ」
そう言って、彼は笑う。
けれどその笑みの奥に、わずかな興味があった。
「お前、化けるな……“時間の怪物”に」
風が止んだ。
レイの右手の刻印が、血のように光る。
その光景を、遠くのビルの屋上から葵=クラインが見つめていた。
「……天城レイ。観察対象、レベルS」
夕焼けの中で、黒と白の砂が交錯していた。




