表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第15話 残った右手

朝の光が、川面に反射していた。

きらきらとしたその輝きが、やけに現実感を伴って目に刺さる。


天城レイは、立ち上がろうとして失敗した。


右手で地面を押した瞬間、

肩の奥で骨が擦れる音がした。


「……っ……」


左腕があったはずの場所が、

存在しないにもかかわらず――痛む。


いや、痛みというより、

“そこにあるはずの時間が無い”違和感。


「……幻肢……じゃない……」


レイは、息を荒くしながら呟いた。


そこに腕は無い。

だが、腕だった時間だけが、まだ自分の中で脈打っている。


ミナトが、そっと寄り添う。

彼女の顔は、昨夜よりさらに青白かった。


「立てる……?」


「……少し、時間をくれ……」


右手で必死に体を支え、

ゆっくりと立ち上がる。


その瞬間、視界が揺れた。


――見える。


遠くの街。

その上に、歪んだ砂時計の影がいくつも重なっている。


「……来るな……」


レイは歯を噛みしめた。


次に返される“時間”が、

こちらを向いて悲鳴を上げている。


「……もう、見えるようになったのね」


ミナトが、静かに言った。


「返還点……

次に奪われたまま止まっている時間が……」


「……ああ……」


レイの右手の刻印が、

ほとんど消えかけた状態で、かすかに脈打つ。


「……これ以上、返したら……

俺は、どうなる?」


ミナトは、しばらく答えなかった。

そして、正直に言う。


「……存在が、安定しなくなる。

あなたは“人”と“時間”の境界に落ちる」


レイは、小さく笑った。


「……もう、とっくに落ちてるだろ」


そのとき。


地面に、影が落ちた。


二人同時に、顔を上げる。


空間が歪み、

その裂け目から、ナギ=ファロウが姿を現した。


「……派手にやったな」


彼は、左肩の欠損を一目見て、舌打ちする。


「クロノスの観測網、完全に吹き飛んでる。

お前、やりすぎだ」


レイは、静かに睨み返した。


「……止めに来たのか」


「半分な」


ナギは肩をすくめる。


「正確には――

“忠告”と“確認”だ」


一歩、近づく。


「お前、次を返したら……

戻れねぇぞ」


ミナトが前に出る。


「それでも、やる」


ナギは一瞬だけ目を閉じ、

そして、真剣な顔で言った。


「……次に返す時間は、

お前自身の未来だ」


レイの心臓が、鈍く鳴った。


「……やっぱりか……」


「クロノスの予測じゃ、

それが一番“歪みが少ない”」


ナギは苦々しく続ける。


「つまりな――

世界は、お前に“死ね”って言ってる」


沈黙。


川の流れる音だけが響く。


レイは、ゆっくりと右手を握りしめた。

爪が掌に食い込み、血が滲む。


「……未来を返せば……

凜は……」


「助かる可能性が上がる」


ナギは、はっきり言った。


「完全じゃねぇ。

でも、今よりは確実に」


ミナトの肩が、震えた。


「……やめて……

そんな選択……」


レイは、彼女を見る。


「……凜は、俺の妹だ」


それだけで、十分だった。


ナギは、深く息を吐いた。


「……覚悟は、できてるみたいだな」


彼は、踵を返す。


「次は止めねぇ。

止められねぇ」


立ち去り際、振り返って言った。


「生き残れたら……

また、どっかで会おうぜ」


ナギの姿が、裂け目の向こうに消える。


ミナトは、震える声で言った。


「……本当に、やるの?」


レイは、夜明けの空を見上げた。


「……まだ、分からない」


正直な答えだった。


「でも……

見ないふりは、もうできない」


右手の刻印が、静かに脈打つ。


それはもう、

“奪うための印”ではない。


未来を差し出すための、覚悟の痕だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ