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第14話 返しすぎた代償

夜明け前の河川敷は、異様な静けさに包まれていた。

水の流れる音だけが、かろうじて世界が動いていることを証明している。


天城レイは、地面に膝をついていた。


左肩から先が――ない。


血は、ほとんど出ていなかった。

正確には、出る前に“砂化”していた。


断面は肉でも骨でもなく、

崩れかけの黒い砂が、風に煽られて零れ落ちている。


「……っ……」


声を出そうとして、喉が引き攣れた。

肺が、正常に空気を取り込めていない。


胸の奥が、削られている。


鼓動が一拍遅れ、

そのたびに、心臓の周囲から砂が零れた。


「……これが……

返しすぎた、代償か……」


ミナトが、震える手でレイを抱き支えている。

白い砂を必死に流し込むが、

それは左肩の手前で弾かれ、床に散った。


「……止まらない……

もう、戻らない……」


ミナトの声は、ほとんど泣き声だった。


そのとき。


レイの視界が、唐突に切り替わった。


家の玄関。


見慣れたはずの景色なのに、

どこかが決定的におかしい。


靴箱の上。

凜が集めていた小さなキーホルダーが、ひとつもない。


「……凜?」


声を出した瞬間、

胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。


居間へ入る。

食卓には、二人分の食事。


――一人、足りない。


「……なんで……」


病院のベッド。

凜が眠っているはずの場所。


そこに、最初から誰もいなかった。


写真立てを掴む。

家族写真。


父、母、そして自分。


妹の立っていたはずの場所だけが、

不自然に白く、切り取られている。


「……やめろ……」


指が震える。


「凜は……

俺の妹だ……!」


記憶が消えているのではない。

“凜と過ごした時間”だけが、選択的に削られている。


思い出そうとするほど、

頭の奥で、何かが砕ける音がした。


「――見せただけよ」


現実に、叩き戻される。


イリス・クロウが、宙に浮かんでいた。

赤い瞳が、楽しげに細められている。


「存在は消えてない。

でもね――」


彼女は、レイの胸に指を向ける。


「あなたの中から、

“妹と生きる未来”が、削られ始めた」


レイの口から、黒い血が零れ落ちた。


「……それでも……」


声が、掠れる。


「……返した命は……

ちゃんと、生きてる……」


イリスは、肩をすくめた。


「ええ。

だから帳尻を合わせてるの」


彼女は告げる。


「返すたびに、

あなたの未来、記憶、肉体……

人間としての構造が壊れる」


ミナトが叫ぶ。


「それ以上、触らないで!!」


だが、イリスは笑った。


「止められないわ。

もう、この子は“返す側”に立った」


レイの右手が、震えた。

刻印は、ほとんど消えかけている。


「……それでも……」


歯を食いしばる。


「……凜の時間だけは……

絶対に、奪わせない……」


イリスの笑みが、ほんの一瞬だけ曇った。


「……ああ。

それが、あなたの“最後の錨”」


彼女は囁く。


「それを失ったとき、

あなたは完全に“時間そのもの”になる」


空間が、再び歪み始める。


ミナトは、レイを抱きしめた。


「……お願い……

一人で、壊れないで……」


レイは、残った右手で、彼女の背に触れた。


「……大丈夫だ……」


その声は、

自分自身に言い聞かせるようでもあった。


夜明けの光が差し込み、

左腕の失われた痕を、静かに照らす。


返還は、成功した。


だがその代償は、

確実に、未来へ食い込んでいた。

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