3話
播磨の男、フラレは旅を続けていた。
マリィという人間の豪邸で、少しばかり人間の風俗を解した。どうやら人間は『魔法』というものを使うらしい。火を出したり氷を出したり、陰陽道よりもよっぽど奇怪な術を使うらしい。
悪魔の術は呪いに近いものなので、そこまで恐ろしいというものではない。だが、悪魔の体躯は人間よりも大きいものが多いので、それが人間にとって脅威のようだ。
もしフラレが悪魔だということが世間に知られて、そんな炎で焼かれたらひとたまりもない。フラレは一層、慎ましく人助けをすると誓った。
フラレは、近くの街を目指すべく、とある山道を歩いていた。その折、山道の脇に一つの髑髏が落ちていた。この前も見た烏丸によく似た黒い鳥が、髑髏の割れ目を突いている。
「なんと可哀想な……。人の死骸が悪魔に転じることがあると聞くが、あれでは悪魔になっても不憫な姿になるに違いない。」
フラレは烏丸のような鳥を追い払い、髑髏を持ち上げて土を払い、そして目立たない木の上に置いてやった。
「これで烏丸に突かれることもないだろう。」
と言って、フラレはまじないの呪を唱え、その場を立ち去った。
*
その夜、フラレは運良く空き家を見つけた。ぼろぼろだが、一晩雨風を凌ぐには十分だろう。フラレはその空き家で一晩を過ごした。
そうして眠りにつこうとしたその折、戸がこんこんと音を立てた。
「こんな夜中に、誰だろう。」
フラレが出ると、戸の前にいたのは、若い男であった。
「どうもこんばんは、悪魔様。」
急にそんなことを言われて、フラレは驚く。もしや自分が悪魔だと、一目で見抜かれたというのか。そう思ったが、若い男は、悪魔特有の着物を着ていた。
どうやら、悪魔と人間では風俗が大分違うらしい。悪魔は、フラレの前世のような着物を着ているのが普通だ。それに対し人間は、フラレの全く知らない衣服を纏っている。マリィは『洋服』と言っていた。悪魔を見分けるのにも役立つらしい。
「なんと驚いた。あなたは悪魔ですか。」
「はい。今朝、あなたに木の上に置かれた髑髏でございます。」
なんと、今朝に木の上に置いてやった髑髏が、早速悪魔となったようだ。そしてフラレのもとに訪ねてきたというわけらしい。
「あなたのおかげで、ちゃんと形を保って悪魔になれました。あなたにお礼をしたくて参上致しました。」
「あらたふと。いえいえ、礼にはおよびませんよ。」
と言っているものの、フラレは毎度の如く食に困っていた。もうすでに二日も何も食べていない。
「あともう少しで、お礼の品を持ってくる者が参ります。」
「え、あなたが持っているわけではないのですか?」
「はい。死んでいる私が持っているわけはないでしょう。」
言われてみれば、確かにその通りだ。フラレは納得し、床に座ってそれを待つ。髑髏の男も、座って、おもむろに話し出した。
「せっかくなので、私が死んだ経緯をお話ししましょう。私は行商人でして、弟と一緒にここら周辺で商売をしていました。私が死んだ日には、太っ腹な人がいっぱい物を買ってくださいました。……しかし、弟はその手柄を独り占めしたくて、私のことを殺して金を奪っていったのです。母は今でも、私が通りすがりの盗賊に殺されたと思っている。」
なんとも気の毒な話だ。血縁の者に殺された挙句、死体を烏丸にたかられる。とても報われない話だ。
「……でも私は考えを改めました。悪魔にも、貴方様のような素晴らしい方がいる。これからは胸を張って、悪魔として生きていけますよ。」
そう言ってもらえて、フラレはそこはかとなく、温かい気持ちになった。自分のやったことによって人が救われるならば、報われるようである。
「……ではそろそろ。私の家族が来ますので。」
といって髑髏の男はぼろ家を去って行った。
*
そのしばらく後、二人の母子がぼろ家に訪ねてきた。
先ほどの髑髏の母と、髑髏の弟らしい。
「あら、人が……」
母は寝床についたフラレを見て、非常に驚いたようだ。フラレも起きて、二人を見る。そして、これがさっきの髑髏の家族か、と一人で納得した。
「申し訳ありません。私はただの旅の者です。一晩だけここを使わせてもらっています。」
「あぁ、そうですか……」
二人は見慣れない洋服を着ていたが、見慣れなくても生活に行き詰っているのが分かる、そんな姿見であった。
「ここは、死んだ私の息子の家なんです。この弟と住んでいまして……。」
弟の青年はそっぽを向いて、どこか不貞腐れているように見える。
ははあ、とフラレは全てを察した。
この弟は、兄を殺して金を得ようとしたが、葬式の費用で結局全て飛んでしまったのだろう。結果兄のみを失った哀しい男だ。
「これ、供物です。あなたにあげますよ。」
母は見慣れない人間の料理を、一皿だけ持っていた。それをフラレにくれるという。
「え、そんな、悪いですよ。」
「どうせここに置いても腐るだけなので。どうぞ食べてください。」
フラレは身支度を開始した。この食事をいただくつもりはない。
「いえ。この食事は、貴方たち二人で食べてください。」
「えっ?」
「安心してください。」
全ての荷物を持って、フラレはこのぼろ家を去る。申し訳程度に腕で顔を隠し、去り際に母子へ言った。
「私は悪魔です。貴方のお子さんは、悪魔になって生まれ変わりました。今は元気に、悪魔として暮らしていますよ。」
最後に、弟の方を鋭く見据え、フラレはその場を後にした。
弟が殺したことに関しては、伝えない方が良いように思った。あの髑髏が元気に生きている。それだけ伝えれば、それで十分なように思われた。
フラレは結局、寝床も食糧も失って、その夜は野宿をすることに決めた。
「お腹が空いたな……。」
後に伝え聞いた話だと、髑髏はあの後、デイマー帝国に行き、また商人として食い繋いでいるという。紫の布を纏った悪魔の話は、デイマー帝国の下町にも廻るようになった、とこう語り伝えているということだ。




