魅了のせいだった兄王太子の死の真相を暴くラディアス王子の物語
兄であるバレス王太子が、亡くなった。歳は19歳。
乗馬中に馬が暴れ出し、落馬した時に打ち所が悪かったのか、そのまま帰らぬ人となった。
ラディアス第二王子は兄の葬儀の時、泣き叫んだ。
「兄上っ。どうして亡くなったんだ。兄上っ…」
金の髪に青い瞳のバレス王太子はそれはもう美しい王太子で、勉学も出来、剣技にも優れ、素晴らしい男性だった。
立派なベレダ王国の国王になるだろうと、皆が期待していたのだ。
それに比べて、ラディアス第二王子は、金の髪に青い瞳であったが、背が高く、がさつで勉強嫌いで剣技には優れていたが、どうしようもない暴れん坊だった。
そんなラディアスの歳は17歳。
ラディアス第二王子は粗暴だと噂が流れて、なかなか婚約者も決まらない。
バレス王太子には同い年のフェレリーナ・アストリス公爵令嬢という婚約者がいて。
二人はそれはもうお似合いだと周りからも言われていて。
フェレリーナも金の髪に青い瞳のそれはもう美しい女性だったから。
泣き叫びながらラディアスは思った。
私は王太子になんてなりたくない。
そう、彼は騎士団に所属して騎士になることが夢だった。
だから、剣技に力を入れて、人を負かす事だけを考えて生きてきたのである。
それなのに、王太子だったバレスが亡くなった。だから王太子になることは確実だろう。
フェレリーナ・アストリス公爵令嬢が墓に埋葬された、王太子の墓の前で泣くラディアスに声をかけてきた。
「貴方様はまだ婚約者がいらっしゃらないとの事。わたくしが新たな婚約者になると思いますわ。ですから、これからよろしくお願い致します」
そう言って、黒のベールを顔に被りながらも、話しかけてきたのだ。
自分の婚約者が亡くなったんだぞ。二人は仲が良かったと聞いている。
兄はよく自慢していたのだ。
「私の婚約者のフェレリーナは良く出来た人だ。私の最愛の自慢の婚約者だよ」
と、それなのに、平然と。
だから言ってやった。
「父上の命なら仕方ありません。私は貴方と婚約なんてしたくはありませんが、命とあらば、婚約してあげましょう」
フェレリーナの表情がベールに隠れて解らない。
ただ、淡々と。
「その時はよろしくお願いしますわ」
そう言って背を向けて彼女は行ってしまった。
婚約者が亡くなったというのに、そんな話をしてくる彼女に対して、嫌悪感しか湧かない。
もっと嘆き悲しめよ。お前の婚約者が亡くなったんだぞ。
自分にとって兄はとても優しくて尊敬できる兄だった。
粗暴で勉強嫌いな自分に対して、
「知識はお前を助ける。少しでも学んだ方がいい」
そうアドバイスをしてくれた。
でも、ラディアスは、剣をふるいながら、
「兄上が勉強すればいいのです。私はこの腕で王国に仕えます。それでいいでしょう?」
兄は王冠を頭に被るのに比べて、自分は王冠は被らない。
だから、この腕さえ確かなものにしておけば、騎士となって兄の傍に仕えることが出来れば、もしかしたら、兄を狙う賊からも兄を守ることができるかもしれない。
だから腕を磨いて騎士になりたかった。
力だけあればいい。頭は王になる兄が使えばいい。
そう思っていたのに。
フェレリーナ・アストリス公爵令嬢が大嫌いになった。
国王である父の命により、フェレリーナと婚約が結ばれた。
黒のベールを取ったフェレリーナの素顔はそれはもう、遠目から見ていた美しいその顔のままで。
兄とお似合いだと噂が耐えなかったフェレリーナ。
でも、大嫌いだ。
テラスで一緒に交流のお茶を飲む。
でも、ラディアスは一言も話をしなかった。
始まった王太子教育も難しくて。
自分は剣で役に立ちたかったんだ。頭を使うのは兄が使えばいい。
その兄がいなくなった。頭なんて使いたくない。
勉強なんてしたくない。この令嬢と話をしたくない。
黙って紅茶を飲んでいると、フェレリーナは優雅な手つきでカップに手を添えながら、
「国王陛下も思い切った事をなさいますわ」
「え?どういうことだ?」
「いえ、わたくしの想い過ごしね」
「言ってくれ。どういうことなんだ?」
「あの人、わたくしに言ったのよ。市井の娘が好きになった。だから自分も市井に下って、彼女と暮らしたいって」
そんな馬鹿な。そんな話を一度も聞いた覚えがない。いつもフェレリーナが一番だって自慢していた兄なのに?
フェレリーナはカップの紅茶を一口飲んでからこちらを見つめ、
「相手の女とは慰問に行った時に知り合ったのですって。わたくしに、アリアはとても可愛らしい。アリアは一生懸命生きている。なんとかしてやりたいって良く言っていたわ」
「嘘だ。アリアの話なんて私は聞いたことがない。いつもフェレリーナが一番だからって」
「勿論、わたくしの事が一番だからってあの人も言ってくれたわ。でも、徐々におかしくなったの。あの人、アリアと一緒に暮らしたいだなんて言い出して。貴方は王族だから言い出せなかったのかしら?」
「私の性格を兄は良く分かっていたから。兄が王太子の位を捨てると言ったら全力で私は止めた。だから言い出せなかったのか?」
だから、殺された?馬具に細工されて?
もしかして、目の前にいるフェレリーナが?
フェレリーナは微笑んで、
「わたくしが殺すはずないでしょう。国王になるのにふさわしくない人を真っ先に殺すのは誰?それを判断するのは国王陛下ではなくて?」
「君は愛していたんだろう?兄を。兄ととても仲が良かったって」
フェレリーナはキっとした瞳でこちらを睨みつけ、
「愛していたわ。市井の女の話をされるまではね。わたくしとあの人は3年間、婚約者だったのですもの。とても幸せだった。政略結婚だとしても、あの人はわたくしを愛してくれて。わたくしもあの人を愛したわ。でも、あの人は市井で暮らしたいって。何もかも捨ててアリアという娘と暮らしたいって言ったのよ。
だからっ。殺されたの。王族としてふさわしくないでしょう?市井で暮らしたいだなんて。だから殺されたのよ。わたくしが泣かないとでも思ったの。泣いたわ。何日も泣いたわ。でも、人前で涙は見せられない。
わたくしは王妃になるの。誰が相手でも我がアストリス公爵家は名門。王家は我が公爵家と結びたがっているわ。わたくしは長女に産まれた。だから、相手が誰でも男子が産まれたならば、王家に嫁ぐことに決まっていた。
わたくしは王妃になる為に努力してきたわ。
泣かない。
本当は人前で泣いた方がいいのでしょうね。
でも、泣けない。
わたくしは、王家に尽くす為に生まれてきたのだから。
貴方がわたくしの新しい相手なのでしょう?
新しい相手に目を向けて、王家に尽くす為にも泣けない。泣いてはいけないのだわ」
そう言ったフェレリーナの瞳から涙がポロポロと流れ落ちる。
思わず立ち上がり、フェレリーナを抱き寄せていた。
「私に覚悟が足りなかった。王族として生まれたのに、王族としての覚悟が。今だけは思いっきり泣いていいよ。いや、私の胸の中でなら沢山、泣いていい。私達は婚約しているのだから。将来、夫婦になるのだから」
フェレリーナはラディアスの腕の中で、泣いていた。
その背を優しく抱き締めて、泣きたいだけ泣かせることにした。
しばらくして、フェレリーナが顔を上げて、
「みっともない所を見せましたわ」
ラディアスは首を振って、
「構わないよ。これからも私の胸で沢山泣いてくれてもいいから」
「有難うございます。ラディアス様」
フェレリーナとなら、良い夫婦関係が築いていけるだろう。
ラディアスはそう思った。
そして、フェレリーナの事を愛しいと初めて思えた。
国王と王妃である父と母に、兄バレスの事について問い詰めた。
父である国王はラディアスに向かって、
「魅了除けを着けさせていたはずなんだがな。魅了にかかっていたらしい。ただ、この魅了は強力でな」
母である王妃も、扇を口元にあてながら、
「きっと、首飾りを見せてと言われて、外してしまったのね。このままアリアという女と市井で暮らされたら王家の恥でしょう。だから、わたくしと陛下が、馬具に細工して殺しました」
「他に方法が無かったのですか?」
父は眉を寄せて、
「方法か。魅了が強力で、アリアと言う女と長く引き離されたら、狂ってしまうという事が解った。だから殺すしかなかったのだよ」
「アリアはどうなったのです?」
「牢に入れてある。魅了を封じて」
「私はアリアに会いたい。会って真意を聞きたい」
「勝手にするがいい。いずれ始末をすることになっている」
王宮の別棟に特別な地下牢がある。そこにアリアは入れられているという。
警備の人に連れられて、ラディアスは地下牢へ出向いた。
首枷を着けられた女が一人、薄暗い地下牢に入っていた。
「王太子殿下と結婚するの。二人で花屋さんをやるのよ。ああ、とても美しいバレス様。私のものよ」
ぶつぶつと宙を見て呟いている。
黒髪黒目の平凡な顔の女。
この女の力のせいで、兄は死ななければならなかったのだ。
ラディアスは叫んだ。
「お前のせいで兄上は死んだ。とても優しい兄上だった。尊敬していた。それなのに」
アリアはこちらを見ると、近づいてきて鉄格子を両手で揺らしながら、
「私をここから出してよ。私は幸せになるはずだったのよ。バレス様を初めて見た時に、とても綺麗だったから恋したの。だからバレス様に首飾りを見せてって言って。貴方もつけているじゃない?変な力が出ている首飾り。それを外したら、言いなりになってくれた。バレス様は死んだのね。貴方達が殺したの?バレス様を返してよ。私のバレス様をっ」
「何が私のバレス様だっ。お前は近々、始末される。兄上を殺したのはお前だ。お前が魅了なんて使わなければ」
警備の人間が、
「魅了の力を解析する為に調べてから、始末するように言われています。相手の心の中に魔術で入ってぐちゃぐちゃにしますから、解析する前に耐えられないかもしれないですね」
「そうか。任せたぞ」
「そんなの嫌よ。ここから出してよーーーー」
アリアは泣き叫んだ。
その叫び声を一生忘れないだろう。
ラディアスはその場を後にした。
兄バレスの墓参りをした。
そして、誓った。
「今まで学ぶことは大嫌いでした。でも、兄上。私は現在、王太子になりました。いずれこの王国を背負う立場になります。これからは一生懸命学びます。ですから兄上。どうか、見守っていて下さい」
フェレリーナが隣で花束を供えて、
「わたくしはラディアス様と結婚して、いずれ王妃になりますわ。貴方が望んだ王国をラディアス様と共に作っていきたいと思います」
フェレリーナの手を握り締める。
彼女は微笑み返してくれた。
空は青空、王族としての責務を重く感じる。でも、隣にフェレリーナがいてくれる限り、頑張れる気がした。
そっとフェレリーナの頬に口づけを落とした。