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超大国から追放された聖女、夫が最高神で、愛人が邪神で、彼氏が精霊王で、セフレが魔王というこの世で最も立場の強い少女だった

第1話

 宮廷舞踏会の宵、煌びやかな会場にて――

 ファンファーレが鳴り響き、ルイアッシュ国王とその王妃の入場を知らせた。すでに会場へ集まっていた貴族達は羨望と尊敬の眼差しでもって国王を見詰める。このルイアッシュ国は近隣諸国を束ねる超大国であり、この大陸内では最も繁栄と栄華の歴史を歩んだ国である。この国のあらゆる出来事は神の加護を受けているとしか思えないほど成功し、発展していく。人々はそれを国王の善政と神に愛されし人柄によるものだと信じているが、それは大きな間違いなのだった――


「国王陛下、王妃殿下、お招きいただき感謝します」


 二人の前に貴族の令嬢達が歩み出て、膝を曲げて跪礼をする。

 次いで大臣などの要人達が同じように歩み出で挨拶する。

 そしてこの国の良心と呼ばれる大司祭の番となった。


「国王陛下、王妃殿下、今宵はお招きいただきまして、光栄に存じます」

「うむ、大司祭よ。それにしても、今宵は何やら臭うな?」


 その言葉に会場が水を打ったかのように静まり返った。

 しかしそれも束の間、沸き立つように哄笑が響き渡る。


「はっはは、どこぞのドブネズミが迷い込んだようですな」

「宮廷舞踏会に相応しくない方が紛れ込んでいるのでは?」

「あんな格好、わたくしなら恥ずかしくて参加できないわ」


 大司祭はそっと舌打ちをした。

 そして素早く振り返る。


(だからお前を連れてくるのは嫌だったんだ! さっさと前に出ろ!)


 そう囁いて、後ろで佇むひとりの少女を国王達の前へ連れ出した。

 その少女は非常に場違いな格好をしていた――擦り切れた襤褸布のような法衣、貧乏人が履くような古い木靴、簾のように垂れた長い前髪……少女は形だけは見事な跪礼をすると、おもむろに口を開いた。


「私はこの国の聖女パメラ・パララックです。これまでは不参加でしたが、今宵は国王陛下へ進言するために参加致しました。陛下、現在の貴族に寄り添った政治では貧民や病人、あらゆる弱者を救うことができません。このまま放置すれば、この国は滅びます。どうかお考えを……」

「――黙れ! 国王陛下の御前であるぞ!」


 大臣の言葉に衛兵が動いてパメラを取り巻く。

 すると国王がそれを手で制し、こう告げた。


「聖女パメラよ、お前が今宵の舞踏会へ来るのは知っていた。こちらもお前に重要な話がある。第一王子アルフォードよ、我が直筆した書状を読み上げよ」

「はっ! 分かりました、父上」


 そしてアルフォード王子は書状を読み上げた。


「パメラ・パララック、お前は自らを聖女と偽り、国王と国民を騙してきた。よって第一王子との婚約を破棄し、国外追放とする。そして新しい聖女はファティマ・オールディストンとする」

「――え?」


 パメラはその書状の言葉に目を見開いた。舞踏会の参加者達は彼女が婚約破棄と国外追放を言い渡され、動揺しているのだと思って嘲笑った。しかし彼女は薄い肩を震わせると、こう発言したのだ。


「そ、そんな……! 私を追放したら、この国の防衛と繁栄、いいえ、あらゆる恩恵はなくなりますよ……? いいんですか……?」


 その言葉に会場がどっと沸いた。

 誰しもが大笑いして、苦しそうにしている。

 そんな中、アルフォード王子がパメラ向かってこう言った。


「寝ぼけたことを言うな、パメラ! 聖女なんてものはただのお飾り――嘘に過ぎないのだ! お前は来る日も来る日も聖堂に籠って、昼寝をしていたんだろうが!」

「いいえ、違います……! 私はちゃんと仕事をしていました……!」

「仕事だと? 何をしていた?」


 その問いにパメラは掠れ声で囁いた。


「今日は……今日の午前中は……北地区の農地へ豊穣の祈り、西地区の牧場へ多産の祈り、中央地区の土地開発へ成功の祈り、王都治療院での千二百人への遠隔治癒、南東十キロ先と北西二十キロ先への結界拡張、留学を控えた貴族の令嬢三百人へ遠隔での聖魔法を施しました……」


 それは到底午前のうちに終わる仕事量ではなかった。他国に存在している力ある聖女だったとしても、倒れてもおかしくないほどの仕事である。そんな何十日もかけてようやく達成できるような過重労働をこの少女ができるはずないのだ。やがて会場には嘲笑を通り越し、冷笑が広がっていた。この強欲な嘘吐き娘は、国王が神に愛されているが故の恩恵を自分のお陰と言っている――誰しもがそう思っていた。


「嘘を吐くなッ! 偽聖女がそんな仕事をこなせる訳がないだろうッ! いい加減にしないと、虚偽罪で投獄するぞッ!」

「ひっ……――」


 怯えるパメラをアルフォード王子は突飛ばそうとした。

 しかし見えない壁にぶつかり、その手は弾かれてしまったのだ。

 王子の手に妙な感覚が襲ってくるが、彼はそれを気のせいだと断じる。


「クッ……少しは聖力があるのか……! お前ら! この女を国外追放しろ!」

「はっ! かしこまりました!」

「さあ、こっちへ来い!」


 そしてパメラは衛兵に捕まり、会場から追い出された。それを眺めるアルフォード王子の傍に、ひとりの美女が近寄ってきた。伯爵令嬢のファティマ・オールディストンである。彼女は王子に寄り添うと、にんまりと笑った。


「アルフォード様、あのドブネズミがいなくなった今、わたくし達は何のしがらみもなく結婚できますわね?」

「ああ、ファティマ。お前ならきっと真の聖女になれる……うぅ……」

「どうしましたの? まあ、手が赤くなっているわ!」

「さっき偽聖女にやられたのだ……治癒をかけてくれないか……?」

「勿論ですわ! 手を噛んでいくなんて酷いドブネズミだわ!」


 ファティマはありったけの聖力を絞り、治癒を施す。それは聖女として半人前の力だったが、王侯貴族達は彼女が聖女としてやっていけると信じていた。やがて二回ほど治癒をかけると、彼女の力は枯渇してしまった。アルフォード王子の手はというと、赤味が取れずにさらに腫れていっているようだった。そのため彼は舞踏会を抜け出し、宮廷魔術師に高度な治療をさせる羽目となった。


 その頃、パメラを国境へ運ぶ馬車は血の海となっていた――

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第2話

 パメラは馬車に揺られながら、自分の不遇を思い出していた。

 聖女として認められたのは六歳の時だった。教会から食事の世話だけはしてもらっていたが、あれから一度も給金を貰ったことがない。初めのうちは治癒や聖魔法を対面で施していたが、“聖女パメラは宮廷魔術師の術を盗んでいる”と言いふらされてからは遠隔に切り替えた。だから彼女は自分専用の小さな聖堂に籠り、たったひとりで国民のために働いてきたのだ。その仕事をこなす上で手を抜いたことも、怠けたことも一度もないのに――

 その時、押し黙っていた男のひとりが口を開いた。


「なあ、そろそろ森だぞ。ここなら誰も来ない」

「おいおい! この簾女を犯す気か!? 趣味が悪いな!」

「何言ってんだ、どうせ殺すんだろうが。その前に楽しもうぜ?」


 その言葉にパメラは青ざめた。ルイアッシュ国の王位継承者以外に純潔を奪われたら、聖力がなくなる。パメラは今まで本当に色々なことがあったが、肉体の純潔だけは守り通してきた。魂の純潔は――まあ、爛れているとしか言いようがないが。


「偽聖女パメラ。その簾みてぇな髪を上げろ」

「おい、やめろよ。不味い顔見るより、袋を被せた方が興奮するだろ」

「万が一ってもんがあるだろ? もしかしたら絶世の美女かも……――」


 そしてパメラの長い前髪は無理矢理上げられた。

 そこに現れたのは息を飲むほどの美貌――ぱっちりとしたアーモンド形の瞳、扇のように広がる長い睫毛、滑らかな曲線を描く小作りな鼻、愛らしい薔薇の蕾のような唇、真っ白に輝く雪のような肌……パメラはこの世の誰よりも美しかった。


「おいおい……おい……当りだ……――」

「これは最高の女だぜ。御者! 馬車を止めろ!」


 馬が嘶き、馬車が緩やかに停止した。

 それと同時に男はパメラは抱きかかえて馬車を降りる。

 彼女は草むらに転がされると、彼らの邪まな心を感じて身震いした。


「ははは……こいつは殺しはしねぇ……俺達のものにしようぜ」

「ああ、勿論だ。客を取らせたら驚くほど稼げるぜ」

「その前に聖女の力を失ってもらうか――」


 男達がじわじわとパメラに近付いてくる。辺りはすでに闇が降りており、夜が広がっている。そんな闇の中、何かが浮かび上がってくるのをパメラだけが感じ取っていた。その何かはどろどろとした姿を取り、やがて人の形となり、彼女の両肩をしっかりと抱き締めた。冷たく心地良い手の感触、体が痺れるような芳香がパメラの肉体を刺激する――


『随分酷い目に遭っているな。だから俺に肉体を捧げろと言っていたのだ』

「……魔王、それはできないわ。だって私は聖女だから」

『ふん、下らん。それにしてもこいつ等、どうしてくれようか』


 そんな囁き声を男達は変な顔をして聞いていた。


「おい、なんか男の声がしないか?」

「聖女が狂って独り言を呟いているんだろ、さっさと……あ、あががが」


 一人の男が白目を剥いて宙に浮いた。

 その耳からは禍々しい触手が飛び出して蠢いている。

 もう一人の男が悲鳴を上げようとした瞬間、魔王が片手でその口を塞いだ。


『ほう、貴様ら随分と女を泣かせてきたみたいだな。普段なら気にも留めないが、今の俺は最高に機嫌が悪い。お前らには女の地獄へ落ちてもらおうか――』

「ひっ……ひぃぃぃ……」

「ひぐぁ……あぁっ……」


 そして魔王は彼らの時間を圧縮すると、女の苦しみを味わわせる地獄へと落とした。数分後には何千時間もの苦しみを味わった男共が戻ってくるだろう。そしてその時間が訪れた頃、魔王は何も言わず二人を切り刻んだ。御者はすでに逃げ出しており、馬車の周りは血の海と化していた――


「もう……何もそこまでしなくても……」


 パメラは血を踏まないように魔王へ近付いていく。

 すると相手は宙に浮き上がり、彼女を抱きかかえて微笑んだ。


『パメラ、肉体から抜け出せ』

「……嫌。今ここでする気なの?」

『そうだ、襲われそうなお前に興奮した』

「馬鹿……! 今はそれどころじゃないの……!」


 パメラは魔王の胸を叩き、抵抗する。美しき黒髪、褐色の肌、真っ赤な瞳……魔王は恐ろしいほどの美しさを備え、パメラを誘惑していた。とは言っても、この二人は肉体を使って思いを遂げる訳ではない。彼女は聖女としての力を保つために純潔でなくてはいけない。だから魔王と――いや、人間を越える存在と交わる時はいつも肉体から抜け出し、魂同士で交わっていたのだった。その点でパメラは他の女性達よりも奔放と言えた。

 やがてパメラは聖力を使って魔王の手から抜け出すと、こう言った。


「ファティマさんが聖女の儀式を受けたら大変だわ……。それが成立した時点で、この国の聖女は私ではなくなる……。そしたら私はもうこの国を守れない……ルイアッシュ国は一晩で壊滅するでしょうね……」

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第3話

(悔しい……悔しい……あのドブネズミめ……!)


 その頃、宮廷ではファティマが苛立たし気に歩き回っていた。アルフォード王子の手は簡単に治せるものと思っていた。自慢の治癒力なら絶対に治る――そう信じていた。しかし実際は二回も治癒を放ったにもかかわらず、王子の手は悪化した。


(あの女……! 一体どんな呪いをかけたのよ……!)


 治療に当たった宮廷魔術師は恐らく呪いだと言っていた。しかし聖女は呪いなど使えないはずだ。では一体どうやって――いや、相手は偽聖女だ。きっと呪術を使ってアルフォード王子を苦しめているのだ。しかし宮廷魔術師も簡単な状況を知らせてから、一度も顔を出さない。余程解呪は難航しているらしい。


(あの女の悪い噂を流し、聖堂へ引き籠らせ、その間に王子を寝取る作戦は成功した……! なのに王子がこんなことになっている所為で、肝心の聖女の儀式が受けられないわ……!)


 “聖女パメラは宮廷魔術師の術を盗んでいる”という噂を流したのはファティマだった。パメラの聖女の才能を妬み、そんな噂と王子の寝取り計画で破滅に追い込もうとしたのだ。そう、きっと彼女は今頃、男共に犯されて聖女の力を失っている。そんな残酷な場面を想像し、ファティマはほくそ笑んだ。


「ファティマ……」

「アルフォード様! 大丈夫なのですか!?」


 その時、奥の扉からアルフォード王子が姿を現した。手には痛々しく包帯を巻き、足元がおぼつかないまま歩いてくる。ファティマはそれを抱き止め、偽りの涙を零した。すると王子はその涙を信じ、優しく拭ってくれる。


「心配させて悪かった……。さあ、聖女の儀式を始めよう……」

「アルフォード様、無理をなさらないで……!」

「大丈夫だ……。それよりお前と早く結婚がしたい……」

「ああ……! わたくしもです……!」


 そして宮廷舞踏会の最後のイベントとして、聖女の儀式が始まった。王位継承者と聖女の血を混ぜ、国宝石に塗るという儀式である。ファティマは王子と自分の血を混ぜると、真っ白な石へそれを擦りつけた。その途端、国宝石が輝き出し、ファティマの脳内に声が響き渡った。


(新しき聖女よ……貴様に国を守れるのか?)

「はい、守れます! わたくしはこの国で最も優秀な聖女です!」


 自信満々に答えると、国宝石が怒りに震えた。


(この国で最も優秀だと!? 笑わせる! お前のような小者にかつての聖女様の働きができるはずがない!)

「そんな……わたくしはあのドブネズミより優秀で……――」

(馬鹿な! あのお方――パメラ様はその実力によって最高神、邪神、精霊王、魔王と通じるほどの存在だぞ! あのお方がいたから国は守られていたのだ!)

「えっ……――?」


 ファティマの脳内が真っ白になった。それはあまりの衝撃を受けたためでもあり、国宝石がそうなるようにしたからでもあった。今や彼女は肉体と精神が切り離されていた。その肉体は国宝石が乗っ取り、ひたすら聖女の仕事をするように操るつもりなのである。聖女となったファティマはその苦痛を受けるだけの存在となったのだ。

 国宝石がそれを説明すると、彼女は泣き叫んで許しを請うた。


(ごめんなさい……ごめんなさああい! そんなつもりじゃなかったの……! わたくしは聖女になってお妃様になって、幸せに暮らしたかったの……! それだけだったのよぉ……!)

(愚か者め……そんな幸せのために、お前はあのお方を追放させたのか……! あのお方は無償で十数年も働き尽くしていたのだぞ……! お前もそれを味わえ……!)

(いや……いやぁ……ゆるしてぇ……――)


 そしてファティマは国宝石の操り人形となった。しかしパメラの強固な結界と加護が消えた今、ルイアッシュ国は大きな危機に見舞われることとなった。まず国王がファティマの様子がおかしいことに気付いた。そして飛び込んできた家臣から国境沿いで魔物の侵入が相次いでいることが報告され、国王のみならず貴族も青ざめる。

 そんな最中、アルフォード王子が腕を押さえて転げ回った。


「うぐあああっ……! く、苦しい……!」


 控えていた宮廷魔術師達が駆け寄り、王子の手を見る。

 するとそれは何倍にも腫れ上がり、腕には聖なる印が浮かび上がっていた。

 宮廷魔術師達はそれを見るなり恐れ戦く――


「こ、これは神の怒りの印……!」

「こんなもの俺達に解呪できる訳がない……!」

「今すぐにでも、この国を出た方がいいレベルだぞ……!」


 その言葉に銀の鈴を転がすような美声が答えた。


「その通りです、命が惜しければ今すぐこの国を出て行った方がいいでしょう――」

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第4話

 その声を聞いたファティマは国宝石に操られながら跪いた。神の怒りの印を付けたアルフォード王子もその腕に操られるように跪く。そして声の方を振り向いた貴族達も強烈な光を受け、その場にひれ伏した。声の主はパメラ――彼女は光り輝く男を連れていた。黄金の長髪、真っ白な肌、鮮やかな碧眼……その男は優しく微笑みながらパメラを抱いている。ただひとり、立ったままの国王が声を発した。


「な、何だこの光は……!? その男は誰だ……!?」

「国王陛下、自分自身のために跪いた方がよろしいですよ。このお方は精霊王です」

「はあっ……!? 精霊王だと……!?」


 その時、光り輝く精霊王は言葉を発した。


『可愛いパメラ、そんな忠告をするなんて、君は優しいね?』

「だってそうしないと、あなたが国王に何をするか分からないから……」

『ふふ、流石は僕の彼女だ。彼氏の気持ちを分かっているね?』


 直後、精霊王は国王を睨み付けた。

 その威圧を受けて、国王はがっくりと膝が抜ける。

 今やパメラと精霊王より頭の高い者はひとりもいなかった。


『パメラに免じて、これで許してあげよう――』

「これから国王と話があるんだから、お手柔らかにね……?」

『大丈夫大丈夫、多分もう何もしないよ? さあ、お話しを始め給え――』


 そしてパメラは国王に話しかけた。


「陛下、ファティマさんに聖女の儀式を行ってしまったんですね? それは私を捨てて聖女の全権を彼女に譲ったということ。もう私にはこの国を救うことはできません。それに力ある存在達が、この国を滅ぼすと決めました。もう終りです――」


 それを聞いた国王は体を震わせつつも、鼻で笑った。


「……はっ! 何を言い出すと思えば、与太話を! お前はこの国の国境を防衛する義務があるだろう! さっさと結界を張り、魔物の侵入を抑えよ! この愚図が!」

「はあ……国王なのに聖女の儀式の仕組みも知らないんですか……」

「貴様ぁッ! 国王に向かって何という口を利いておるッ!」


 次の瞬間、精霊王の一睨みで、国王が吹っ飛ばされた。

 壁に背中を打ち付けて苦しむ国王へ精霊王が話しかける。


『図に乗るな、人間よ。貴様は何の加護も持たぬ小者だろうが。それに対してこの女性を誰だと思っている? 彼女は精霊王であるこの私、そして最高神、邪神、魔王と通じる女性であるぞ。お前など及びもつかん――』


 その言葉に会場中がどよめいた。

 誰しも今の言葉を信じることなどできない。

 貴族達はパメラへ敵意を向けると、声を張り上げた。


「そんな馬鹿な話があってたまるかッ!」

「そうだわッ! そんな人間がいるはずないものッ!」

「全部全部、偽聖女と愛人が繰り広げている芝居だろうッ!?」


 始めのうちはひれ伏していた貴族達も、立ち上がって抗議の声を上げる。一方、パメラは酷く焦っていた。このままだと一番危ない存在が怒って、姿を現してしまう。その存在は妻であるパメラが侮辱されるのを何より嫌うのだから――そして彼女は大慌てでこう忠告する。


「あっあっ……それ以上は言わない方がいいですよ……!? あのお方が現れたら、生身のあなた達は只じゃすまないんですから……――」

「うるさいッ! 偽聖女ッ!」

「そうだッ! 跪いて許しを請えッ!」

「お前なんてただの淫売だッ! 消えてしまえッ!」


 その途端、パメラの頭上から光が差した。

 輝ける光はあまりにも崇高で、人々は固まった――


『我が妻を侮辱するとは――許せぬ』


 その一声で、パメラを侮辱した貴族数名が音を立てて蒸発した。人間が塵ひとつ残さずに蒸気となって消えてしまったのだ。しかしそうなった彼らはある意味では幸福だった。もしパメラに襲いかかっていたら、この程度では済まされなかった。その体に神の怒りの印を刻まれ、無間地獄に落とされていただろう――


「ああ……夫が出ちゃった……――」


 肩を落とすパメラの頭上には強烈な光源があった。極彩色の光を放ち、ただただ美しい。しかしその光源は姿形がないというのに鋭い視線でもって人々を突き刺している。貴族達は白目を剥いたまま震え、国王は口から涎を垂らして呆けていた。パメラひとりだけがちゃんと立っている。


「あぁ……? な、なんだ……?」

「このお方は最高神ですよ、陛下。怒りのあまり姿を現したのです」

「わ、分からぬ、分からぬぞ……? こんな状況で、なぜ偽聖女のお前だけが無事なんだ……? 分かるように説明してくれ……――」


 そしてパメラは唇を噛むと、恥ずかしそうに答えた。


「私は生まれつき人間を凌駕する聖力を持っていました。その聖力を使って、いと高き存在と交渉し、この国にあらゆる恩恵を与えていたのです。でも交渉を重ねた結果……夫が最高神で、愛人が邪神で、彼氏が精霊王で、セフレが魔王という状況に陥っちゃいましたけど……」


 それを聞いた国王の喉から空気が漏れる音がした。

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