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籠から棄てられた鳥は④

 (ぬる)くてとても安心する匂いに浴し、白緑の瞳が潤む。

 陶然としたまま薄明るい光に目を細める――そこは世界と世界の狭間――異空間。

 淡く陽の光の差す林の中に、清涼な泉が湧き(いず)る――柔らかな草の上に女神は裸足のままで佇んでいた。

 細い筒袖で丈の短い藍鼠色の上衣に、胸元からふわりと足元まで広がる瞳と同じ色の裳裾を身に着け、美しく結い上げた髪に飾られた花簪には雫型の翡翠が揺れる。

 女神――ジンは深く息を吸い込み、うっとりとした表情のままで、はぁっと小さく息を吐いた。

 〝邪魔の入らぬ所で話したい〟と持ち掛け、この空間へ連れて来たのはタカオ神の方であった。

 幼い時に見付けた、異空間――その扉を開き、招き入れた途端……ジンの瞳は輝き、その身の内を滞っていた神力が堰を切ったように流れて溢れ出した。

 タカオ神はその様子に全てを悟り、詰問しようと言う考えを捨てた。

 やはり、賦神は……流星禍の妖は、こちら側から来た。

 先の戦いの折に、ジンの力から異空間と同じものを感じ、もしや、と言う思いを抱き続けて居たのだが……ジンの活き活きとした様子に疑念は確信に変わった。

 答えを得て腹落ちしたせいか、僅かな安堵感と共に甘い香が鼻を擽る――ジンが持つ生来の香が更に濃く心地よく感じられる。

 くるり、振り返ると、すっかり顔色の良くなった様子でジンが微笑みを咲かせた。

 どくん。

 戦いに臨んだ時とは違う心の臓の拍動に、タカオ神は戸惑いながら、ジンをただ、見返す。

 ジンが何事かを話しているが耳には入らず、その容姿に魅入られながらも、何かがおかしいと気付き……冷静な自分に立ち還ろうと、頭を振る。

 ただ一つだけ、聞かねばならない事があった筈――不思議そうにこちらを眺めるジンを尻目に、タカオ神は王海とのやり取りを思い出していた。


「正体は分からぬ、と?」

 王海を荒ぶる狼から正気の神へと復調させて後、荒れてしまった神境を正常化させると言う一仕事を経て、二神は酒を酌み交わしていた。

 宝物庫から取っておきの献上酒を持ち出し、見晴らしの良い丘で男神が差し向かい、胡座を組んで語り合う。陽は落ちかけ、青と赤が混ざり合った空は夜を迎えながら闇を帯び、森の輪郭を浮かび上がらせていた。

 眉を顰めたタカオ神に比し、王海は片掌を胸に当てたままで、終始、笑みが抑えきれぬ様子であった。

「よくも何者か分からぬ者にああも熱心に尽くす物だな」

 呆れ顔も露わにタカオ神は言う。

 普段は感情を表には出さぬように徹底しているタカオ神であるが、思いもよらぬ言動の王海と二神きりの時には、どうにも抑え切れないと半ば諦めていた。

「奴の正体は分からんが、ジンの事なら分からんと言う事はない。ジンは大妖の〝分身〟だが、美しく、柔らかく、好い匂いで……天蚕(やまこ)の糸のように輝く(まなこ)が綺麗で……」

 延々と続きそうな惚気(のろけ)辟易(へきえき)し、タカオ神は、おい、と声を出そうとして、止めた。

「……それに、何をも蔑む事無く、素直だ」

 己の神境の匂いに目を細め、王海は遠くを見遣る。

 百年の齢を経て狼の身から神と成った王海は、〝山犬上がりが〟と他の神々から蔑まれた。

 タカオ神は生まれ付いての神ではあるが、他の神々のように王海を蔑視する事は無く……それが二神が友で居る理由の一つでもあった。

「……戦いの最中、私は散々に蔑まれたがな」

 懐疑的な眼差しでこちら見るタカオ神を見て、王海は可笑しげに笑う。

「儂も〝ケダモノ〟呼ばわりされたが、あれは、大妖の奴だな」

「何?」

「一度だけ、ジンの身体を寄坐(よりまし)にして、奴が現れた事があった」

「……どんな奴だ?」

 ふん、と鼻を鳴らして一瞬、王海は考える。

「……力はあるが経験の無い、若い雄、と言った所だな。やたら居丈高に見下しておったが、儂の力の前では無力であったわ」

「御前の方が強いと()かすか?」

「奴は己の力に慢心しておったようだからな。考え無しで儂に真正面から挑み、勝てると思ったのであろう。まあ……儂がジンに助力すると告げて(のち)は、姿は見せず仕舞いであったが」

 タカオ神の眼差しが鋭くなる。

 いずれは神界を統べる主神となる……天神界から追われた幼子の時からそう決意しているタカオ神にとって、正体の分からぬ敵を放置しておく事は到底出来ない事である。

 賦神を手下として遣い、世界を元に戻そうとした様子からは、敵ではないと思いたいが……確かめねばならぬ。

 おい、と低い声が掛けられる。

 見ると、王海が目を光らせてこちらを睨んで居る。

「誓いを忘れるな」

「……御前にそう、言われるとはな」

 誤魔化すようにそう応え、タカオ神は一気に盃を煽った。

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