籠から棄てられた鳥は②
「失礼した」
タカオ神は慌てて踵を返し、寝室の外へ出る。
遂に復活を遂げたか……だが、あれは本当に賦神か?
かの神境で対峙した時の厳しい表情を思い起こす。
敵意に満ち満ちたあの時の神気は最高潮に張り詰め、無数の棘を孕んだ荊そのものであったと言うのに……今や、恰も芙蓉の花では無いか。
余りにも柔らかな印象に――今まで秘されていた女神としての真実の美しさが華やかに開花した様に――その婀娜婀娜しく狼に撓垂りかかる姿態に戸惑い、タカオ神は立ち尽くす。
そう言えば、何故、神気に気付かなかった?
違和感に気付き、思考しようとした時……かたり、戸が開き、柔らかな手に手を取られた。
戸の隙間から漂い昇る甘い香がタカオ神の鼻を擽る。
「有難う」
予期せぬ感謝の言葉が背に掛けられる。タカオ神は振り向く事が出来ずにその意味を探す。
「貴方は僕の御神体を砕かなかった……そう出来たのに。その上、僕に力を注いでくれた」
タカオ神は得心し、ああ、と呟いた。
「礼など不要。私は己の為にそうしたまで。王海の力を恣にする為、に……」
振り向いた途端、タカオ神の言葉が止まった。
ジンは少し開いた戸の隙間から細い手を伸ばし、此方を覗き込んでにこにこと笑んでいる――その様子は先程の様子と全く違い、何故だか只の娘のようで可愛らしく見えた。
手を振り解くべきなのにそうは出来ず、自然とその姿に惹き付けられ、視線が外せない。
それでも、と言って、ジンは目を細めて微笑んだ。
「存在を、許してくれて……有難う」
タカオ神はあの決戦の後を――小さな砂の山から御神体の欠片を見つけた時を思い起こす――王海を操り天へと昇る計画を算段していただけで、ジンに慈悲を与える事など微塵も考えては居なかった。
己の為に利用する手駒の一つが手に入ったと――万が一にも敵対する姿勢を見せるか、若しくは正体が露見しそうになれば、王海を言いくるめて再度、御神体にさせれば良いだけの事、などと考えて居たのだが……無防備に夜着のままで微笑むジンの幼気な姿に、冷静な筈の心が、揺らいだ。
黙り込むタカオ神の頭に、細い腕が伸びた。
良い子、良い子、と言いながら、背伸びしたジンが頭を撫でている。
子ども扱いに少々狼狽していると、ジンは、あ、と小さく声を上げた。
「小さな子龍の姿が印象深くて」
「……あれは贔屓であって私では無い……」
そう言いながらジンの顔を眺め、タカオ神はある事に気付き……ジンの見ている前で、頭の上に、二本の龍の角を出現させた。
一本に手を伸ばすと、その根元を握り、パキリ、根元から折り取る……もう一本も。
不思議そうに見遣るジンの前で、角は神力の塊へと――大粒の真珠へと形を変えた。
ジンの手を取り、その手のひらに乗せる。
「その身に力が足りていないだろう」
ジンの顔色が優れない、神気の巡りが悪そうだと気付いたタカオ神は、己の力を一部、真白く美しい真珠へと変換し、渡した。
明るく笑顔を咲かせ、ジンは再度、有難う、と言おうとした途中で言葉を遮られた。
「何為てやがる!? 儂のジンに触れるな!!!」
何時の間にか目覚めた王海が、噛み付かんばかりの勢いで睨み付けて来た。
背後からジンの身体に両腕を回し、ぐい、と抱き寄せる。
「只、話を……」
「うるさい!! 帰れ!!!」
王海は自らの大きな身体に包み隠すように、ジンを抱き抱えたまま大声で言う――神境に居る事を拒否され、空気が重くタカオ神の上にのしかかる。
「また、来る」
何を言っても無駄だと悟り、タカオ神はその場を立ち去った。




