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仄仄明《ほのぼのあ》けの泉

夜の帳の内側で の 続きです。

 世界を元通りにする為に、何でも()る。その後には共に暮らして欲しい。

 去り際にそう、王海は乞うて言った。

 ジンは返事はしなかった。

 神境に湧く泉で沐浴をしながら、昨夜の事を考える。

 自分は本体に命じられるままにしか動けない存在だった。

 寄坐(よりまし)、傀儡、そう、王海は呼んだが、自分はそう言った類のものではなく、分身である事は確かだ。本体の記憶、知識、力を引き継いでいる……限定的ではあるけれど。

 自分のほんとうの気持ちに気付き、余りの衝撃にあの広い胸で泣いてしまった時――命じられるままにでは無く、自分で、決める、と言う道もあるんだと知った。

 それでもジンは、命じられた事を遂行しようと決めた。

 自分がこの世界を荒らした訳ではないが、眷属たちの嘆きの声は収めたい。それに計画は進み続けている。

 長の孤独が寂しかったと……眷属になってくれと心から乞うオオノ神に明確な返事をしなかった訳……それは、元に戻った世界に自分が居られるかどうか分からないから。

 この身を形作る力は借りた物……最後には返さねばならない。その後にも命令が下されれば、従うつもりだ。

 本体の為に働く存在として作られたから。

 静かに暮らすのが好きだけれど、それは自分の役目ではない……作られた時、魂にそう、刻まれたのかもしれないけれど……与えられた役割に殉ずる事を、ジンは自分で考えて、選択した。

 ふと、肌の温もりを思い出す……〝愛〟を受けた事の意味を、知識の中から探る。

 答えを得て、ふふ、と力無く笑って泉の中に座り込んだ。

「そういう事、か……」

 もしかしたら、どうしよう、と一瞬悩んで、考えるのを止めた。

 どちらにしてもこの体は形を成さなくなるだろう。

 不思議で恥ずかしくて……何だか気持ちの良い経験が出来て良かったのかもしれない。今だけ、少しだけ楽しんで……その後は本体の命ずるままに生きよう。

 そう作られたのだから。 

 そこまで考えて立ち上がる――と、茂みの中から現れたウルと、目が、合った。

 

 朝、目覚めると頭が痛い……二日酔いと言うやつだ。

 朝食の席に、いつもは見ない飲み物が用意されていた。ヴェルザさんに聞くと、二日酔いに効く薬湯らしい。

 今朝はジン様の姿はない。何かの作業をしていたりで、時々、そういう日は今までもあった。

 いつものようにヴェルザさんに見守られながら、静かに朝食を食べる。こちらから話しかけない限り口を開く事のないヴェルザさんとの朝食に、始めは慣れなかったけれど、今はもう、日常の一部になってしまった。

 食事を済ませると、神境の見回りに出掛ける。

 館の外は朝靄に包まれ一面真っ白だ。

 そんな湿った空気の中、歩き出す……と、昨日までよりも鮮明に、匂いが解る事に気が付いた。

 神境の清い水気の匂い――草や花の匂い――妖たちの匂い。

 その中にホッと出来るものも混ざっている――花のようなジン様の匂い。それに、昨夜のオオノ神様の、狼の、匂い。

 機嫌良く匂いを愉しんでいると、気付けば神境の端っこまで歩いて来ていた。

 崖上の大岩に座って目を閉じる……今まで沈殿(とご)っていた狼の力が血流とともに、それよりは遅い速さで体を巡っているのを感じる。

 右手に集中してみる……簡単に手だけが毛皮に覆われ、爪が鋭く伸びた。元に戻す事も自在に出来る。

 昨夜は本当に食べられてしまうのかと驚いたけれど、お陰で体の記憶は戻りそうだ……頭の方はまだだけれど。

 目を閉じて、狼の力に集中する。

 血流の速さに合わせようとしてみる。

 なかなか上手くいかず、気づけば身体は汗だくになっていた。

 深く息を吸って――吐く。

 一呼吸して、森へと向かう。

 いつもの泉に着く……水音?

 茂みを掻き分ける――と、裸の女性が、居た。

「わああぁっ!! ご、ゴメンなさい!!!」

 慌てて背を向ける――白くて柔らかそうな胸の形が目の裏に残る。

 とにかくオレは慌ててしまい、立ち去れば逃げた事になるし、かと言ってこのままは居られないし、そのまま背を向けて立ち尽くしてしまった。

 するり、鍛えられた、でも細い両腕が後ろから回される……濡れた柔らかな身体が背中に密着する。

 突然の事に、ウルの身体は固まって動けない。

「ウル様も……一緒に沐浴なさいますか?」

 良く知る声に、我に返って、顔だけで振り向く……ヴェルザさんが、後ろから抱き着いていた。

「は、離れてっ……くだ、さいっ」

 言われてすぐに離れると、ヴェルザさんは言う。

「私はもう済みましたので、どうぞ」

 それからすぐに、気配が消える――小さな笑い声だけが残される。

 振り返ると、誰も居ない。

 はあぁーと大きく息を吐く。

 それからオレは泉へと勢いよく飛び込んで、しばらく潜って頭を冷やす事にした。

 

 正午ごろ、館へと帰る。

 中庭へ行くと、ジン様は先に席に着いていた。おかえり、と言いながら微笑んでいる……いつも通りの筈なのに、違和感を覚えた。

 何だろう? 考えながら椅子へ座る。

 「体は大丈夫?」

 「あ……はい。打ち身なんかで痛い所はありますけど……平気です」

 「全く……オオノ神様は加減と言う物を知らないようで……ごめんね、ウルくん」

 そう言われて気が付いた。ジン様の全身にオオノ神様の匂いが纏わりついている。

 「オレ、頑丈になったんで大丈夫ですよ。あの後、オオノ神様とお酒の続き、したんですか?」

 え? と言うとジン様は一瞬、動きを止めた。

 「あ、あの……匂いが、します。オオノ神様の」

 妙な表情を見せてから、ジン様はうん、と頷いた。

 「狼って鼻が良いんだよね。僕は分からないんだけど……」

 手の甲を嗅いでみせ、ジン様は言う。

 「でも、順調に元に戻ってるって事だよね。良かった」

 その微笑みを眺めながら、何かは分からないけれど、何かが変わった事を不思議に思った。

 岩の上での事を話すと、ジン様は瞑想のやり方を教えてくれ、毎日するように助言してくれた。

 そうして瞑想する日々をすごして数日後、ジン様から、共に火燐の所へ行こう、と誘われた。

 その数日中に気付いたんだけれど、ジン様の笑顔がぎこちない。笑うために笑っているような表情。

 眠る神々の中、唯一残された二人だから、オオノ神様が居なくて寂しいんだろうか。

 聞いてみると、一瞬、驚いた目をした後、どうだろうね、と微笑みで躱された。

次からは、本編のその後、です。

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