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***幕間③***

 ある戦の後――戦勝に沸く宴の場に何時の間にか王海の姿は無く、タカオ神は隣に座す弟に声を掛けた。

「少し抜ける。後を頼む」

 己の幻影のみを残し、タカオ神は酒瓶を手に、王海の住居へと足を運んだ。

 一族だけで暮らしたい、と従者を置かぬその敷地へと無遠慮に足を踏み入れ、タカオ神は玄関へと向かう。

 温かく力強い神気に溢れる館の窓からは明明と(とも)された(あか)りが揺れている。漏れ聞こえて来る楽しげな笑い声を聞きながら、タカオ神は訪いの声を上げた。

 〝あたしがおでむかえするぅ!〟

 甲高い幼子の声の後、暫し待つ……と、小さく扉が開かれた。

 出迎えたのは、未だ生え揃わぬ銀色の毛皮持つ仔狼の背に(またが)った()(わらわ)――赤子の頃以来、久々に目にする、その可愛らしく成長した姿に、タカオ神の頬が綻んだ。

 綺麗に編み込まれ、左右に垂らされた母譲りの銀の髪は花簪で飾られ、 タカオ神に向けられた父譲りの琥珀色の瞳は煌めいている。膝下まで垂れる薄桃色の上衣に、花の刺繍の施された白い裳裾を身に着け、胸元には美しい琥珀の首飾りが揺れていた。

「よぉこそ、おいでくださいました! どちらさまでしょおか?」

 仔狼は女の童を乗せたままでタカオ神の傍近く寄り、鼻先を足元へと擦り寄せて小さく動かした。

「りゅーのにおい、する」

 りゅー!? と嬉しそうに叫んで女の童は更に目を輝かせた。

 タカオ神は膝を折り、屈んで女の童に目線を合わせて微笑みながら頷いた。

「さっき、()()()とんでた!」

「ああ、私のもう一つの姿だ。御前達の父母とは友でな」

「りゅー、おっきい、カッコイイ!」

「龍だと?」

 扉が大きく開かれると、其所には銀鼠の衣を身に着けた王海が立っていた。タカオ神の姿を目に写すと、少し驚いた表情になる。

「お前、抜けて来て構わんのか?」

 タカオ神は、ああ、と言いながら立ち上がった。

「クラオ神に任せて来た。少しなら問題無い」

 酒瓶を掲げて見せると、王海は嬉しげに大きな口でにいと笑う。

「まあ、入れ」

「あら、お珍しい事。ようこそいらっしゃいました」

 王海の背後から、柔らかな声が掛けられた。

 銀の髪を高く結い上げて花簪で飾り、薄紫の衣に身を包んだ女神が佇んでいる。その花簪は女の童と揃いの意匠である事が見て取れた。

「久しいな、サクヤ」

 賦神ジンから治癒神サクヤへと変じた女神は、すっかり気品に溢れた物腰で微笑んでいる。

「「かあさまー!」」

 子らが一目散に駆け寄ると、サクヤは屈んで二神の口元へと順に口付け、囁いた。

「お父様の客神(まろうど)です。お邪魔してはいけませんから、母様と奥へ行きましょうね」

 はーい、と返事を斉唱し、子らは大人しくサクヤに連れられ奥へと去った。

 

 庭園の東屋に設えられた石卓に差し向かい、二神は酒を酌み交わした。

 互いに気の置けない友として語り合い、短いひと時を終始和やかに過ごして後、館を去るタカオ神を、サクヤと子らが見送りに現れた。

 仔狼は神身へ――一つ編みの銀色の髪を左肩へと垂らした()(わらわ)と化し、琥珀色の理知的な瞳で(じっ)とタカオ神を見詰めている。毛皮と同じ銀色の衣を身に着け、母の裳裾を小さな拳に握り締めたままで。

 女の童が懐っこく駆け寄って足元から見上げて来たので、タカオ神は屈んで微笑んでみせた。

 しかし良く、似ている。

 頭を撫でながらその幼い顔を眺めて居ると、唇に柔らかい感触がした。

 女の童がその小さな唇でタカオ神に口付けたのだ。

 途端に王海が飛んで来て娘を引ったくるようにして抱き上げた。

「お、お、お前……サクヤが駄目だからと言うて……」

 立ち上がってタカオ神は後ずさる。

「ま、まて。御前も見ていたろう? 今のはこの子の方から……」

 王海の傍に近寄って両の腕を伸ばし、サクヤが娘を取り上げた。その胸に抱いて顔を間近に寄せる。

綾羅(あやら)、家族以外とは口付けてはいけませんよ。父様と母様と、王華(おうか)だけ」

 優しく諭すと、そっと娘に口付ける。

「もう良いからお前はさっさと帰れ!! やはり不安の種でしかない奴だ!!」

 一気に渋面と成って怒鳴る王海を眺めながら、サクヤは困り顔で微笑んでいる。

「私は龍神族以外に興味は無い。安心しておけ」

 そう言い放って踵を返すと、タカオ神はその場を後にした。

 王海と賦神の子、長子の王華――父の質を受け継ぎ狼と化す能力を持つ。

 その名を聞いた時には大層驚いた事を思い出す。

 〝王〟の字を継がせたのは分かるが、〝華〟……我が通り名の一部を名付けるとは。

 どういうつもりか問いたい心持ちではあったが、己が通り名が露見する事態は避けたいが故、諦める事にした。

 そして、妹の綾羅――狼の力は引き継が無かったものの、母親にとても良く似ており、成長すればさぞや美しい女神となるであろう。

 しかし、無邪気とは言え、この私に口付けるとは。女子(おなご)衆からは、畏れ多い……いや、恐ろしいと敬遠されているのだが。

 唇で指に触れ、自然と笑みを浮かべている己に気付く。

 また王海を怒らせてしまったな、と自嘲しながらタカオ神は転移する――宴の喧騒へ……鞅掌(おうしょう)の日々へと向かう為に。

 その残影が放つ神気は黄金(きん)色に煌めきながら気高く舞い上がり、夜空を照らす星々の光とともに力強く神界を守護する力と成った。

 皆様、ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

 次回作「棄鳥(きちょう)の子どもたち」は来年公開……予定で執筆いたします。

 舞台は天神界、主役は成年を迎えた王華と綾羅……ジンと王海の子どもたちです(主に王華を中心に据えたお話になります)。

 異世界の神であるジンと、現世界の神である王海――二つの世界の力が合一して生まれた子らは如何にして神界を飛翔するか? 

 まだまだ、何もかも伸び代だらけの小説ですが、何とか文章力を上げ、知識を収集し、最後まで美しく描き上げようと藻掻いて行きますので、読者の皆様、何卒よしなにお願い申し上げます。

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