表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

 ジンの見送りを受けて後、龍神兄弟は()ぐには郷に帰らずに、異空間へと寄り道をしていた。御前の助力を得たい、と、兄の方から弟に持ち掛けたのだ。

 初めて見る異空間を眺め渡して、クラオ神は、ほぉーと思わず声を上げた。小さな林であったのであろう空間は派手に壊され、木々は薙ぎ倒されて転がり、地面には多くの爪痕や鱗の型が付き、何かがのたうち回ったような跡や、大きく抉られた跡まで見て取れる。

 ゆるりと歩を進めながら己の後を着いて来ている弟に、タカオ神は前を向いたままで口を開いた。

「ここの修復を……」

 言いながら振り返った瞬間――風が頬を掠めた。

 ごうと音を立てて空を切る風は遠く結界の壁へと突き刺さり金属音を鳴らす――其所には黒い槍が揺れている。

 鋭い痛みと共に頬に入った赤い筋から血が垂れるのを感じながら、タカオ神は顔色一つ変えずに弟と向き合った。

「やはり、怒って居るか?」

「当たり前じゃ!!! わしを蚊帳の外へと追いやって何を企んでおる!? 何も知らされぬわしがどれ程驚いておるか分からぬのか!? 兄者には!!」

 指で頬の傷を撫ぜると、瞬時に癒され跡形なく傷は消え、タカオ神は指に着いた血をぺろり、舐め取った。

「賦神が生きておる? しかも師匠の子を宿して? それを何故わしに話さぬ?」

「子の事は王海との戦いの折に初めて聞い……」

「賦神は兄者に感謝しておったぞ。敵であるにも関わらず、御神体のまま消えそうな所を助けて貰った、と」

 告げて居なかった事実を突き付けられ、タカオ神は一瞬、黙り込んで後、口を開いた。

「……やはり滅すべきであったか」

「違う!!!」

 タカオ神の言葉を掻き消すようにクラオ神は叫ぶ。

「わしは流星禍の妖に酷い目に合わされ、賦神には戦いの中で苦痛も与えられた。じゃが、それは己の力不足が故。今や滅すべきとは思うてはおらぬ」

 それよりも、とクラオ神は続ける。

「生きておる姿を目の当たりにした折、初めは驚いたが、本当に良かったと思うたのじゃ。兄者も覚えておろう? 師匠が一族を失い、禍つ神と化し、天からの命にてわしらが捕縛した折の姿を」

 顔を歪めながらクラオ神は言う。

 確かに、タカオ神の脳裏にもありありと浮かぶ――あの日の事を忘れる筈が無かった。

 龍九子を引き連れ、龍神兄弟が捕らえようと挑んだ王海は途轍(とてつ)も無く強かった。

 それなのに、死力を尽くして捕えた王海は、全ての気力を失して小さな狼と化し、檻の中、ぴくりとも動かなくなってしまっていた。

 冷静に立ち返り、己の一族が還る事は無いのだと自ずから悟ったが為に。

「今の賦神の様子から、相当に愛されておるのじゃと、よう分かった。師匠は愛を与え得る者が居る幸せを手に入れたのじゃと。だから、賦神が存する事に異論は無い」

 何処からか風が吹き、黒い霧がクラオ神の方へと流れ来て黒い槍を形取った。

 風を振り仰ぐと、結界の壁に穴が空いている――それに気付いたタカオ神は、待て、と掌を向けた。

「先に結界を修復してから……」

 その言葉を耳に入れようともせずに、両足を開いて構えを取っていたクラオ神は、素早く体と槍とを回転させながら穂先を向け鋭い突きを放った。

 物理的な力に加えて神力の込められた一突きの威力は強く、(かわ)しながら後ずさったタカオ神の身に衝撃となって伝わる。その余りある威力に地面が更に抉られた。

「わしを後回しにするな!!!」

 黒い縦長の虹彩に怒りを顕にし、クラオ神は槍で激しく攻め立て始めた。

 タカオ神は上手く間合いを取りながら攻撃を躱し続けて居たが、気付くと背に、結界の壁が迫っていた。空いた穴からは濃い異空間の力が入り込み、少しずつ結界を侵食し始めている。

 背後に気を取られたタカオ神の隙を見逃さず、クラオ神はその肩目掛けて槍を打ち付けた。

 クラオ神の本気の一撃――龍の鱗が堅い守りとなるとは言え、真面に喰らえば腕の一本でも落ち兼ねない程の激しさに、タカオ神の腕が動いた。

 静寂の結界に金属の擦れ合う音が立つ。

 黒い槍の穂先は肩を破壊する前に、地へと落とされていた。

 白い槍を構えたタカオ神がその槍先で黒い豪槍を絡め取って小さな円を描き、いとも容易く打ち落としていた。

「御前を(ないがし)ろにしたのでは無い」

 クラオ神は慌てて槍を、身を引きながらも嬉しそうに僅かに口端を引き上げる。久方ぶりの兄との戯れ合いに高揚した心がその身を半龍化させ、口端からは牙が、その頭上には角が現出していた。

 白い槍を手に、一度崩れた攻勢をクラオ神が立て直す前に、タカオ神は素早く打って出た。

 足元への一撃を繰り出し一歩下がらせ、直ぐさま上部へ鋭い突きを繰り出す。

 タカオ神の主武器は、己が身の一部でもある鞭――龍の髭であるが、その槍捌きは見事な物であった。

 かつて、幼き弟は己の武器に槍を選び、順調に鍛錬を重ねて居たのだが、成長するにつれ、相手を出来る者が居なくなった。仕方無く槍の打ち込みの相手をしている内にタカオ神も自然と槍術を身に着けていた。

 日頃、相手をしていたが為、クラオ神の動きを知り尽くしているタカオ神は、攻撃性の槍術で上手く誘導し、結界の中央へと誘う。

 結界の壁に空いた穴からは異空間の力が少しずつ入り込み、結界を僅かずつ収縮させつつある……空間の中の物を破壊し吸収しながら。それを感じながらも兄弟は闘いに集中し、また、愉しんで居た。

 ようやく崩された攻勢を取り戻し、クラオ神は素早い身のこなしで槍を突き、振り上げ、振り払いながら攻撃を加えて行く。

 防戦一方に転じたタカオ神だが、幾通りもの型を組み合わせたクラオ神の戦術を容易に読み、上手く力を流して逃がし、難なく攻撃から逃れ行く。

 が、突然、クラオ神の型通りの攻撃が変わった。

 タカオ神は思わぬ攻撃に慌てる事なく、これは王海の教えだ、と冷静に読み直しながら臨機応変に防いで行く。

 やがて――力溢れる一撃に槍の穂先を切り落とされ、タカオ神は立ち尽くした。

 勝利を確信したクラオ神は素直に喜びも顕に笑う……が、兄の異変を感じて駆け寄ろうと足を一歩、踏み出した。

 タカオ神は胸元を抑え、苦しそうな表情をしている。

 クラオ神の集中が散じた瞬間、タカオ神の槍がくるりと回され、その手を柄で打ち据えた。ゆるりと握っていた黒い槍が手から落ちる。

「御前は優し過ぎる、クラオ」

 にやりと笑う兄に、してやられた、と顔を歪め、クラオ神は飛び付いて押し倒した。

 襟首を掴んで思い切り額に頭突きを食らわせる。

「兄者こそじゃ! どうせなら手首を打ち落とすくらい、せんか!!」

 そう言いながらもクラオ神は嬉しそうに笑っている。

 タカオ神は額の痛みに涙を滲ませながら笑っていたが、すぐ頭上に迫る結界の壁を目にし、慌ててクラオ神の肩を押し上げようと両掌を突っ張った。

 ふざけてそのまま退こうとしないクラオ神を、酷い重圧が襲う――異空間の力が二神を押し潰そうと迫る。

「好い加減退かぬか! この浮薄者めが!!!」

 怒声と共にタカオ神の身から神力が放たれた。その力は半球を描きながら異空間の力を押し退け、新たな結界の壁を造り上げる。

 弾き飛ばされたクラオ神は、わわっ、と慌てながらも体勢を立て直し、着地した。

 降る雨に見上げると、螺旋を描きながら舞い上がる優美な蒼龍の姿が有った。薄明るい光に鱗を煌めかせ、雨と共に神力を振らせて異空間に己が力を充たして行く。

 余りに心地好い雨にクラオ神は目を閉じ、深く息を吸い、吐き出した。自然と牙も角も隠れ、安らいだ心持ちで居たが、雨が止んだ事に気付いて目を開けた。

 其所には憮然とした表情の兄が立っていた。

 ははっ、と笑いながらクラオ神は言う。

「すまぬすまぬ。何やら此処は危険な場のようじゃのう」

「済まない」

 頭を下げようとはせず、ただ見詰め返してタカオ神は謝罪の言葉を口に出した。

「御前に隠し事をしたのでは無く……いや、結果的にはそうなってしまったが」

 おう、と真面目な表情で笑みを収め、クラオ神は応える。

「色々な事が起こり過ぎて、私は独り先走ってしまっていた。この機会を逃すまいと」

「……兄者は何もかもを独りで決めて何でも出来ると思うておる。確かにその通りかも知れぬが、わしには先ず報せておいてくれぬか」

 腕を組み、困り顔でクラオ神は言う。

「わしは混乱の余り、賦神の腹の子は兄者の子かと早合点してしもうたぐらいじゃ」

「……御前は少し想像が過ぎる」

「良く考えれば分かる事じゃがな」

 言うとようやく笑みを浮かべ、クラオ神は、改めて問う。

「で、兄者。まだわしに報せていない事は何かあるのか? あれば報せておいてはくれぬか」

 解った、と笑み返すと、タカオ神は胡座をかいて座し、クラオ神もそれに習って座す。

 そうして兄弟は胸の内を開いて長き語らいの時を過ごす――龍神の郷で贔屓が首を長くして待っている事も知らずに。

皆様、いつもお読み下さりありがとうございます。

番外編、残り一話で終わりとなります。

来週日曜日、更新の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ