***幕間②***
夕暮れ時、黒龍から神身へと変化しながら龍神の郷へと降り立つと、小さな影が走り寄って来た。
「くぅ様、おかえり! 遊ぼーよ!!」
小さな女の童が、にこにこ笑顔いっぱいで見上げている。
「クラオ神様、おかえりなさいっす! ダメっすよ、クラオ神様はお忙しいんすから……」
その童を追い掛けて来た贔屓が慌てて言うのも構わずに、クラオ神はしゃがみ込む。
「良い良い。ちぃや。では、何をして遊ぶかのう」
「お手玉!!」
「ああ……すまぬ。今は手元に無くてのう」
「やだ、やだ、おてだまぁ~!!!」
ぐずり出す童に、クラオ神よりも贔屓がおろおろと慌てて、右往左往する。
「折り紙は……駄目か? 手遊び……嫌か? 高い高いはどうじゃ?」
「たかいたかい……?」
涙いっぱいの顔で童が呟くと、クラオ神は、こうじゃ、と言ってひょいと抱き上た。ぽーんと高く放りあげ、落ちて来ては受け止め、幾度か繰り返してしている内に、童は機嫌が直った様子で笑い出す。
最後に一回、高く高く放り上げ、ふわりと腕に抱き留めると、手で涙を拭ってやりながら顔を間近に近付け、笑んでみせる。
「そうじゃ。特別に、龍の背に乗せてやろう」
「いいの!?」
「今日だけ、特別じゃ」
「クラオ神様、そんなワガママを聞いていては……」
「戻れば仕事を引き継ぐので待っておれ」
贔屓に目配せして言うと、クラオ神は黒龍の姿へと変化した。地面すれすれに龍体を浮かせて頭だけを低くする。
きらきらと目を輝かせた童は、そおっと鱗に触れ、きゃらきゃらと嬉しそうに笑う。
「贔屓、乗せてやってくれ」
不承不承と言う表情で、贔屓は龍の顔の横に、四つん這いになった。
「ボクの背中に乗っていいっすよ」
はーい、と素直に返事をしてから贔屓の硬い背中に遠慮なく乗っかると、童は龍の角を持ってよじ登り、背……と言うよりは、頭の上に跨った。
「角をしっかり持っておれ」
言われた通りに童が小さな手で角を握った事を確認すると、黒龍は頭を擡げ、ふわりと全身を浮かべる。
「行くぞ」
言うと同時に一気に空へと舞い上がった。
そのまま龍は垂直に飛翔して行くが、周りに張られた結界が童を守って決して落ちる事は無い。
笑い声を聞きながら高く高く――郷が小さく見える程の高みまで飛翔すると、龍は体を水平にしてゆるりと浮遊し始めた。
「きれーー!」
何時の間にか夜になった空を見上げて童は甲高い声を上げる。
地に居る時よりは近く見える星々が、降って来そうな程に美しく輝いている。
「星、取れるー?」
「わしでも取れまいのう」
「星、取りに行くー」
そう言うと、童は角を片方の手で掴んで、龍の頭の上にすっくと立ち上がり、遠くの星を見上げた。
「くぅ様、ありがとぉ」
ちゅ、と角に口付けると、童は角を掴んだ手を離し、空へと浮かび上がった。
重みの無くなった事を感じ、龍は首を捻って空を見上げる……其処には、星々にも負けぬ程にきらきらと輝く小さな光だけが舞っている。
ぼんやりと光と星とを眺めている……と、鳥の羽ばたきが耳に届いた。
「おっ……と、天に近付き過ぎたかの、すまぬ」
空に向かって言葉を放つと、龍は一気に身を翻して地神界へ……郷へと向かって急下降した。
ふわり、神身と化して地に降り立つと、怒った顔をした贔屓が待ち構えている。
「全く……ちぃなどと名付けて面倒を見ずとも、この郷に居れば自然と浄化されたっすよ。クラオ神様は優し過ぎっす」
ははは、と、全く叱られているとは思えない程に明るく笑い、クラオ神は、すまぬ、と謝罪する。
「無事、行ったんすよね?」
「ああ。星を取りに行くと言ってのう。直に神界の気へと還るであろう」
「……魑魅が早く浄化されるに越した事は無いんすけどね」
ヒトが死すとその魂は溶けて神界を経巡る力となるが、未練を残した魂は魑魅となる。未練が凝り固まって長の時を経ると、魍魎へと変化する事もある。神に乞い神に成りたしと願う存在――魍魎は神にとって最も厄介な存在である。
「……魍魎にならなかったんすから」
そうは言いながら、未だ怒っている様子の贔屓をクラオ神は見下ろす。
「その怒り様、何かあったかの?」
贔屓は真上に顔を向けて顰め面で凄んでみせる。
「タカオ神様と約していると、ウカノ神様が降臨されたっすよ~! それで……」
仕事を押し付けた分、倍になって返って来るのかもしれない、と少し反省つつも、クラオ神は空にちらと目を遣る。
遠く舞う小さな光は星を手にしてきらきらと瞬いていた。