第九十五話 裏切り
城内の長い廊下に、大きな足音が響き渡った。誰かが全力疾走している。
次の瞬間、俺の部屋の扉が爆ぜるように開いた。
入ってきたのは、アテナだった。
肩で息をしながらも、その表情だけはいつもの幼なげがある感じではなくら張り詰めたような真剣さが滲んでいた。
俺の机の上で丸まっていたクロが、尻尾をゆらりと動かして顔を上げる。
「どうしたんだー?」
気怠げな声でそう言いながらも、アテナをしっかりと観察している。
アテナは入り口に立ったまま、俺をまっすぐ見つめた。その視線に宿る焦りが、嫌でも伝わってくる。
「……どうした?」
俺が問いかけると、アテナは一歩踏み出し、唇を震わせた。
「主人様……生きて帰ってくるよね?」
瞳が揺れていた。
普段なら絶対に見せない、戦い慣れた将としての仮面の奥に隠してきた弱さ。
その問いに、答えは決まっていた。
「帰ってくるに決まってるだろう?……」
俺が落ち着いた声で言うと、アテナは胸に抱え込んでいた不安が解けたように、ぱっと花が咲くみたいに笑んだ。
それは、いつものアテナの姿だった。
「うん!」
その返事は、空気を切り裂くほど明るかった。
《お前……》
うるさい。
俺は心の中でヴルドを黙らせて、立ち上がる。
「さ、集まったか?」
アテナに尋ねると、彼女は振り返りながら
「こっち」と言って先導してくる。
俺たちは会議室に向かった。
⸻
会議室の扉を開けると、ずらりと強者たちの気配が空気を張りつめさせる。
アスタロト。酒呑童子。茨木童子。スイ。ロバート。サマエル。アザゼル。グレモリー。
エル、リフト、アヌビス、焔、蒼。
そして俺とクロ、アテナが合流し、視線の中心が自然と俺へ向く。
アスが椅子の上で足を組み、俺を指差した。
「天界の生き方は、、ただ空に向かってひとっ飛び!」
「え、そんな簡単なの?」
思わず呟くと、アヌビスが尻尾を揺らしながら口を開いた。
「まぁ、極論はな。
一先ず、空に向かって飛ぶ、そうすると天界への扉が現れて主人様を弾きに来ると思う。」
「そうなったら無理やり開ける。」
焔がそう付け加えた。
なるほど、本当に単純明快だ。
俺がこの世界へ来た時も、空から“落とされた”。
つまり、あれが天界の出入り口なのかも、
「だから、俺たちでライトが入る道を作る。
任せてくださいよ」
シドウが満面の笑みでそう教えてくれた。
「となると、次は編成だな。」
ロバートが次の議題に入ろうとした瞬間、
俺は手を上げて制止した。
空気が変わる。
部屋の魔力の流れを一瞬で支配して、会議室全体に結界を展開する。
「よし、ヴァルヴィス、阿久津、来!」
俺の呼び声に応じて、空間が歪み、3人が姿を現した。
「みんな!お疲れ様!
天界の問題は俺が片付ける。君たちはよくやってくれた。ここからは俺1人でやるよ。
すぐ戻る。」
その宣言と同時に、俺は結界の外へ踏み出した。
クロもアテナも、他の配下たちも結界内に閉じ込める。
裏切ることになってしまってすまないと思っている。
まさか、裏切られて魔王になった俺が、配下を裏切るなんて思いもしなかったが………俺は捨てたわけじゃない。
死んでほしくなかった。
俺のために散ってほしくなかった。
ここまでは巻き込みたくない。
リアナとロイはこう言う気持ちだったのだろう。
今度は2人と酒を飲もうと思う。やけ酒だ。
ヴァルヴィスと、戦争の阿久津、飢餓の来。
この3人には事前に伝えていた。
この場で時間稼ぎが出来るのは彼らしかいない。
会議室の外へ出た瞬間、俺はマッハで空へ飛び立つ。
「なんで!パパ!」
エルの叫びが雲を裂くように届いた。
胸が痛む。
けれど足は止めない。
雫は重い話になるから部屋で寝かせてきた。
その他の配下たちはもう、薄々察している。
イバラは唯一の例外で、事前に伝えていた。
⸻
会議室。
「……そっか、やられたな。」
アスが呟く。
「悪いな。」
ヴァルヴィスが静かに返す。
「……止めれると思っているのか?」
シドウが険しい目で3人を見つめる。
「止めるに決まってるじゃん。始祖様の命令だからね。」
「そうそう。」
阿久津と来が不敵に笑い、シドウを牽制した。
それ以上暴れさせまいと、サマエルが前へ出て制止する。
アスは深く椅子に腰を落とし、天井を仰いだ。
「裏切られるとはね〜、まぁでもこの裏切りは...
裏切りじゃないか、、
………どんだけ人を待たせるのが好きなんだよ。
うちの主人は……」
窓から見える青空を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……帰ってこいよ。待ってる。」
その声は静かで、弱くて、けれど強かった。
⸻
雲を突き抜け、大気圏の入り口。
そこに現れたのは、空間を裂くように出現した長方形の光の扉。
やっぱ来るか!
扉が開いた瞬間、無数の白い手がうねる触手のように伸びてくる。
俺を地上に戻すために、全力で掴みかかる手。
全て躱す。
「……戦車!」
阿久津の魔力構造を借りて、手の群れへ向けて砲弾級の魔力弾を発射した。
光と轟音がはじけ、無数の手が怯み、霧散する。
瞳が水色に染まり、
水星の加速が全身に満ちる。
一気に扉へ飛び込む。
指を挟む勢いで閉まりかけた扉をぎりぎりで抜け、
俺は天界へ入った。
⸻
いや、危なかった!
扉に指挟むと思った!
《呑気だな。》
俺はそう言われ、すぐに目の前に目をやる。
そこは、
あたり一面、雪より白い世界。
床も壁も天井も、果てがない。
その真ん中に白い机と白い椅子が“置かれている”というより“浮かんでいる”ように存在していた。
そこに座っていたのは――
神々しさを凝縮したような青年。
まるで光そのものが人の形をとったかのような存在。
俺を見下ろしながら、低い声で言った。
「よく来たな。
君がライトとか言う魔王か?」
リフトは口軽いよね、絶対。




