第九十四話 失う物
花粉が……!!
目ガァぁ!!
晴天、程よく涼しい風が吹いている。
玉座の間の高い窓から差し込む光は、まるで舞台照明のように俺の周囲を照らし、石造りの床に淡い影を落とした。
魔王になってから随分と経った。と言っても一年は経ってないし、半年経ったかなぐらいだ。
ゆっくりと背もたれに体を預けると、重厚な玉座の冷たさと重みが、妙に懐かしく感じる。
俺は久しぶりに自分の玉座に座り、ゆっくりと魔王生を楽しんでいる。
ここから始まった——その原点の空気が、指先にまで蘇るようだった。
《過去に浸るのもいいが、天界の件は大丈夫なのか?》
ヴルドが珍しく心配してくれている。
低い声が頭の中に響く。だが、大丈夫だ。
俺はルクサニア王国もエルドレストのように、またしてもサマエル達に任せた。
シンプルに言えば、彼らに任せた方が早いし安心だ。
と言うのも、今回は別の人たちにしようかなとか思ったんだけど、サマエルが……
「王国の運営など、悪魔におまかせを、
造作もありません。」
と胸に手を当てて軽く頭を下げた時、あぁ、こいつは本当に“仕事ができる悪魔”なんだと再確認した。
出来る部下は本当に役に立つ。
という事です。
そして、ミカエルの件はロバートに、天界出身者のまたしてもサマエル、グレモリー、アザゼル、アスタロト、アヌビスに任せることにした。
俺が唸りながら地図を見るより、奴らが自然と動いた方が確実に強い。
そして、俺の右手が少し動きづらくなってきた。
指をわずかに握るだけで、痛みが骨の内部から響く。
どうやら治癒魔法でも無理そうで……
まぁ、なんとかなるかもしれない。
《………》
ヴルドが言葉を濁す。心配しているのは伝わった。
そんなこんな考えていると、、
またしても異空間が現れた。
空間のひび割れのような歪みが突然前方に走り、紫色の光が室内を照らす。
はい、また誰か来ました。
なんですか?サタンですか?クレアですか?
初心に戻ってのバフォメットですか?
ルシアンですか?ゼノですか?エルドですか?
ネメアですか?
「………ライト、だよな?」
揺らぎの中から姿を現した男。しばらく見ない顔だが、確かに見覚えがあった。
「あんたは?」
振り返ると、男は迷いなく名乗った。
「俺は魔王ヴォルク、」
そう言った瞬間、ヴォルクという男は床に座り込んだ。
疲れ切っているというより、久々に緊張をほどいた、そんな座り方だった。
「俺はお前が魔王評議会に来た時から気になってな、少し話したいと思っていた。
短期間でここまで功績を残したのは、初めてみたぞ。」
ヴォルクは柔らかな笑みを浮かべながら言った。
戦場を幾度も越えてきた者特有の、落ち着いた目だった。
「それで?何しに来たの?」
俺が玉座に深く座ったまま問い返すと、彼は少し顎を上げて、静かに続けた。
「俺はお前と戦いへの価値観が似ていると思ってな
どう世界を変えたいんだ?」
悩ましい質問である。
「最初はめちゃくちゃにして壊そうと思ったけど、、ある意味違う意味で壊そうかなって………
知らせるんだ。世界に、、色々とね、」
俺が視線を伏せながら言うと、ヴォルクは“察した”という顔をして立ち上がり、ゆっくりと背を向けた。
「やっぱりな、なにかお前とは似ているものがあると思った。
俺はエルフと人間のハーフだ。
お前と少し似たような違和感を感じた。」
その背中には、長い旅を経た者だけが持つ深い影があった。
そうして、ヴォルクはその場から去ろうとした——その瞬間、俺はふとあることを思いついた。
背中に向けて声を投げる。
「頼みたいことがある………いいか?」
「……なんだ?」
半身だけこちらに向け、彼は軽く了承の姿勢を取った。
俺はヴォルクに伝えた。
伝言を……
「わかった。伝えておこう。」
短く答えたヴォルクは、再び異空間へと消えていった。
俺はすぐにイバラを呼んだ。
頼みたいことができたからだ。
「主人様!どうしたんすか!」
呼んだ瞬間、まるで爆風のような勢いで飛んできた。
窓ガラスが揺れて、金属音がきしむほどだった。
まったく、窓ガラスをまた割りそうなほどの勢いで、
「あのな、頼み事あがって、、」
「え……?
わかりました……俺様に任せて…!」
イバラの目から一瞬で覚悟の色が走る。
背筋を伸ばしたその姿は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
そうして、イバラにも伝言を伝える。
彼の表情は、聞くほどに揺れ、最後は唇を噛んでいた。
そうして、手筈が整った。俺はいつでも天界に行ける。
終止符を打とうと思う。
「主人様……」
イバラは悲しそうにこちらを見る。目の端が濡れ、震えていた。
「悲しそうにするな。
なくなっても……大丈夫だ。お前らがいるだろ?」
「そうっすね!おけ!つたえとく!」
イバラは無理やり笑って、拳を握りしめて去っていった。
その背中は少しだけ震えていた。
俺は立ち上がり、握った右拳の痛みを無視して前を向いた。
玉座の間に吹き込む風が、出陣の合図のように冷たく頬を撫でた。
「よーし、終わらせよう。」
もう終わるね〜




