第八十五話 案外簡単
むずいね
「覚えてたんだ、始祖様……」
阿久津は、どこか安堵したように目を細めて微笑んだ。彼の声には懐かしさが滲んでいる。
「その、始祖様って、なんなんだ?」
俺がそう尋ねても、来は肩を軽くすくめて笑う。
「まぁ、仕方ないか、、前々前世ぐらいでしょ?幼いとき助けてもらったの、」
来は冗談めかして言い、アスは静かに柔らかい微笑みを浮かべていた。
けれど、俺だけが状況にまったく追いついていなかった。胸の奥にざらつく違和感だけが残る。俺は直ぐに立ち上がり、短く息を吸い込む。
「イーサンを止める。」
そう告げた瞬間、空気が僅かに揺れた。
「そいつ、私の逆行の対象を自分に変えたんだ。ライトから……」
アスが淡々と告げる。
「逆行?」
思わず聞き返すと、アスはほんの一瞬だが視線を外した。
――隠してるな。
俺はアスから、始祖のことも含めて全てを聞き出した。胸が重くなる内容ばかりだ。
おいおい、なんでみんな知ってて俺に隠してるんだよ。
「困惑すると思って……」
そりゃ困惑するよ。
「じゃあ、イーサンを倒そう。」
「でも、対象奪われてたら倒せない。無理だよ、」
アスの声は落ち着いていたが、諦めを含んでいるようにも聞こえた。
「どうにかするよ、始祖だからな。任せとけ。」
俺は胸を張って言った。
「……覚えてないくせに、」
死相の二人が同時にぼそっと呟くが、そんなの知るか。
俺はロバートを呼び出した。
「なるほど、、じゃあ戦闘を終了させてくればいいんだな?」
ロバートは冷静そのものだ。
「そういうこと、アスタロトと一緒に戦闘を終わらせてこい。」
続いてルルとグレモリーも呼び寄せる。
「死相も含めて6人でサマエル達と合流して、戦闘を終わらせてこい、それと、救助な。」
「わかりました。」
「はいはい!」
二人は軽く手を挙げて応じた。
俺はそこで全員と別れる。
「1人で勝てるの?シドウ達と協力?」
アスが心配そうに問う。
「いや、シドウ達は戦線から離脱させる。」
言ってから、自分でも少し迷いが出た。だが仕方ない。
あいつらは呼べば来る。召喚魔法ではなく、ただの力任せの呼び出しでも。
裏切ったんだ、罪滅ぼしくらいしてもらう。
―――
「そんな程度か?」
燃え広がる焔の中で、アヌビス、クロ、シドウ、エル――四人を同時に追い詰めるイーサンが嘲笑うように言った。
彼の周囲の魔力は渦を巻き、黒く不気味な光を放っている。
「へー、案外気持ち悪い見た目してるね。」
「さっさと仕事しよう。で、見た目はそれでいいの?」
崩れかけた城の回廊に、三つの影がゆっくりと現れる。
その先頭にいるのは――金髪の俺だった。
配下達は驚愕したように目を見開く。無理もない。普段は白髪だから。
「主人様、、イメチェンですか?」
シドウが目をぱちぱちさせて聞く。
「いや、まぁ元からこの髪色だったんだけどね。」
服装も、勇者時代そのまま。胸の紋章も、マントの重みも、すべて過去の俺の姿。
隣に立つ二人――リアナとロイ。
勇者時代の仲間が、揃っていた。
「お前達は戦前離脱。ここは、任せて、」
「でも!」
言い返そうとした瞬間、俺は魔法で全員をアスの元へ送り返した。
時間稼ぎ、助かったよ。
「ライトか、なんだい?その茶番、魔王に堕ちたのに都合よく勇者に戻ってきたのか?」
「別に?今は勇者モードだけどさ、、別に魔王とかに限らず勇敢さがあれば誰だって勇者になれるよ。」
「バカらしい。」
イーサンが放ってくる魔力弾。黒紫にゆがんだ光が一気にこちらへ迫る。
「はいはい……」
俺はロイへ視線を送る。
ロイは無言で杖を掲げ、極めて滑らかな動きで結界魔法を展開。
透明な壁が生まれ、魔力弾が砕け散る。
ロイの魔法技術は、やはり一級品だ。
「懐かしいなこの感じ……なんか、、1人居ないの気になるけど!」
「ブルータスは、お亡くなりだよ。」
リアナが刺すような視線を俺に向ける。
言外に「お前のせいだろ」と伝えてくる。
まぁ、あいつ裏切ったとき一番ノリノリだったしな。
多分あれが本性だ。俺のこと本当に嫌ってたんだろう。
「じゃあ、久しぶりに、勇者としての仕事ね、気合い入れよっか!」
《魔王はやめたのか?》
ヴルドがそう問いかける。
もちろん答えは、NOだ。
俺はどっちも経験した。普通の高校生、この世界に魔法をばら撒いた始祖、最強の魔王、そして勇者。
好きな時に好きな姿にならせてもらう。
もちろん、普段は魔王だけどね。
「あ、なんか、あれだっけ?お前、言ってたよな?どっちの視点で物語を進めるの?って………」
「だから?」
「決めたよ。好きなように進める!」
俺は笑った。素直な気持ちで。
ロイもリアナも、その言葉にふっと笑みを漏らした。
らしい、って顔をして。
もし、この物語の主人公が俺で、
世界が俺の中心で回ってるのだとしたら――
視点も役割も、全部俺が決める。
どっちかなんて選ばない。
全部やる。俺の物語なんだから。
全てをしないと勿体無い。遠慮はしない。
そんな中途半端だが、俺らしい、この物語に題名をつけるなら――
魔王を倒した勇者の俺、仲間に裏切られたので選ばれし者から最強魔王に堕落します。
徹底的に堕ちて、どんな状況も利用し尽くす。
堕ちたい時に落ちて、上がりたい時に登る。
勇者にも魔王にも、どっちの側にも自由に立てる存在に。
俺はなるよ。
ついて来れるとこまでついてきてよ、仲間




