第八十四話 戦争、飢餓
「……まずい、」
シドウは胸の奥を冷たい指でなぞられたような、正体の掴めない悪寒に襲われた。
理由も分からないまま、ただ“何かが崩れた”という確信だけが重く沈む。
「……!」
考えるよりも先に身体が動く。足元の石畳が弾けるほどの勢いで地を蹴り、シドウは一直線にイーサンへと飛び込んだ。抜き放った剣が弧を描き、鋭い風切り音が空気を裂く。
イーサンも遅れず応じ、両者の刃が激しくぶつかり合った。
甲高い金属音が響き、周囲の空気が震えた。
「中々やるじゃないか、鬼の王、、
だが、私には勝てない!殺せないぞ!」
鍔迫り合いの最中、イーサンは腕に力を籠める。
ぶつかり合った刃を押し切り、シドウの体を強烈に押し返した。
シドウの身体は地面を滑り、石片を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
追撃は間髪を入れない。イーサンの掌に紫黒い魔力が凝縮し、球状の禍々しい光が生まれる。
それをそのまま、シドウへ投げつけるように放つ。
クロが必死に割り込み、巨大な盾を展開した。
しかし爆風が盾ごと弾き、イーサンの突きがクロの胸へ吸い込まれるように届いた。
クロの身体が震え、地面に倒れこむ。
逆行魔法の効果はすでにライトからイーサンへ移っている。
今のイーサンは、死んでも過去に戻り帰れる。
まともなダメージは入っても殺しきれない、どんどん不利になってしまう。
「終わりだ。」
イーサンの周囲の空気が歪む。濃密な魔力が指先へ収束し、黒い炎のように揺らめく魔力弾が形成されていく。
完成したそれを彼は前へと押し出し、シドウとクロへ向け解き放った。
―――
「君は本当に図々しいな!
リフトから聞いてるぞ!作戦……」
戸破が軽口めいた声を放つ。
しかしその笑みに裏はあり、言葉は完全な嘘だった。
作戦など聞いていない。
ライトは、敵側の思念伝達に備えて配下一人一人に“干渉妨害の魔法”を事前に施していた。
根拠は薄い。ただ、アスが巻き戻した過去の一つで気配を感じ取った──のかも?
その“なんとなく”だけで対策していた。
「あっそ!
でも、僕はそんな作戦とかどうでもいい派なんだけどね〜」
言うや否や、クレアが戸破の身体を横薙ぎに吹き飛ばす。
戸破は空中で体勢を立て直し、冷たい声で呟く。
「フォール!」
呼び声と同時に、空間が裂けるように揺れた。
現れたのは、身体の各所に“小さな橋や柵の破片”が突き刺さった異形の死相。
落下死を象徴する存在──フォール。
「………」
クレアとフォールは一気に空へ昇る。
だが次の瞬間、フォールの重力操作が発動し、全てが真下へ引きずり落とされた。
地上にいた国民たちも例外ではない。
空へ持ち上げられた後、重力の手に握り潰されるように落下へ放り出される。
対象者は魔法を強制的に封じられ、抗う術はない。
(なるほど、、そう来るのか……
地面に当たる、、)
急速に迫ってくる地面。
風圧で肌が切れるような痛みが走る。
そこへ、地表にひび割れが走り、人影が突如として立ちはだかった。
「任せて!」
彼が両腕を広げると、地面そのものが大きくうねって崩落。
クレアが叩きつけられる直前に、瓦礫が盛り上がりフォールの胸を貫いた。
重力の拘束が解け、クレアは軽やかに着地する。
「お前は?」
見上げると、そこに立つのは年若い美少年に見える。
身体から微かに奇妙な魔力が漏れていた。
「死相、リフトっす! 地震操る、、
主人様に呼び出されたんすよね。」
「へー、アイツが………よく分かったな、」
2人が話していると、戸破の声が響く。
「裏切り者……」
リフトへ精神操作を仕掛けるが、一瞬で弾かれる。
戸破の表情が歪んだ。
戸破は精神を自在に操り、人も操れる死相。
「っち……」
「じゃ、さっさと始末するか、」
―――
イーサンの放った禍々しい魔力弾が爆発する。
空気が震え、地面が裂け、灰色の煙が巻き上がった。
「……あぶな!」
召喚されたエルが咄嗟に巨大な光の盾を結界のように張る。
シドウとクロの身体がその後ろに守られた。
直後、アヌビスが鋭い槍を投げ放ち、イーサンの胸を穿つ。
だが、貫かれた傷口はみるみる再生し、肉体は数秒で元通りになった。
「なんだあのやろう……」
アヌビスが困惑を隠せず呟く。
エルも同じ表情だった。
「変なやつ、、」
遠くへ吹き飛ばされたシドウとクロには、焔が駆け寄り回復魔法を施す。
イーサンは再生した胸に手を当て、狂気じみた笑みを浮かべる。
「ハッハッ無敵じゃないか、私は……」
もはや常識的な勝ち目はない。
その空気が戦場全体に漂い始めていた。
―――
「ライト?大丈夫?」
ライトは肩を上下させ、息が荒い。
魔力が急激に失われ、膝が震えている。
配下たちを召喚したり、戦闘での魔力消費と、ヴルドの使用による身体負荷。
どちらも限界を超えていた。
「死相は、100%の力を出す時、姿は異形に変わる。
けど、それ以前に格上の死相は、姿ぐらい制御できる。
私らは、まともな人間に見えるだろ?」
黒髪の女性が静かにライトの肩へ手を添える。
触れた瞬間、柔らかな魔力が流れ込んだ。
「私らは味方。
死相だけどね。鎧谷阿久津……死相の名前は、戦争の化身ウォーレスト。」
すぐ隣に、金髪の女性が一歩進み出る。
その気配は冷たく、乾いた風のようだ。
「私は、深谷来。
飢餓死の化身飢魘。」
「あんた触ると、生命力吸収しちゃうでしょ?」
「大丈夫。調節するよ、」
2人の死相は、慎重に魔力を調整しながらライトへ供給した。
ライトの肌色が僅かに戻り、呼吸が楽になる。
「……」
ライトが目を開いた瞬間、アスが抱きついてくる。
「ライト!」
「おいおい、まだ安静にした方がいいんじゃないか?」
「仲良しなんだね」
阿久津と来が微笑み、立ち去ろうとする。
だがライトは弱い声で言葉を漏らした。
「君たち、、昔会った?」
2人は足を止める。
「「………わかったんだ、」」
振り返った2人の表情は、どこか懐かしさと、気づいたことの驚きが出ていた。




