第八十二話 逆行
(厄介極まりないな……)
イーサンは目を細め、目前の二人を計算するように見据えた。シドウの重心、クロの機動、そして背後に控える魔王の気配。状況を俯瞰したうえで、結論はすでに出ている。
シドウにクロ――どちらも一対一なら十分に捌ける相手だ。
ただ、問題は“もう1人”だった。
「もう1人の魔王は、戸破に任せる。」
「わかった。」
短い返事を終えると同時に、戸破は迷いのない足取りでクレアへ向かっていく。
その瞬間、シドウが刀を抜き放つ。鋼が走る軽い音――それが合図のようにイーサンへ踏み込んできた。
イーサンはあえて動かなかった。
首へ向かってくる斬撃の軌道が読めている。反応できないはずはない。だが彼は、刃が肌に届く直前、ほんの一瞬だけ視線で軌道を追い、
――まるで“実験する”かのように――
わざと斬られた。
皮膚を浅く裂く感覚だけを残し、イーサンは微動だにしなかった。
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(厄介極まりないな……)
「もう1人の魔王は、戸破に任せる。」
「わかった。」
イーサンは再びこの光景を見た。
だが次の瞬間、彼はニヤリと微笑んだ。
“同じ光景”――それが意味するところはひとつだ。
成功だな、
アスタロト………感謝するよ。
心の底から確信したように、イーサンは高らかに宣言する。
「君たちをボコボコにしようか……」
その挑発に、シドウは反応した。歯を食いしばり、刀を横薙ぎに振り抜きながら突っ込む。風が裂け、刃がイーサンの首元へと迫る。
だが今回は違う。
イーサンの右手がわずかに動いただけで、金属音もなく刀が止まる。
刃はイーサンの指の間で完全に固定され、シドウの腕ごと制されていた。
「そんな程度か?」
その冷たい声と同時に、イーサンの膝が鋭く跳ね上がる。
シドウの体が浮き、後方へ吹き飛ぶ。
イーサンは振り返らずに左手を伸ばす。
横にいたクロが反応するより早く、首元を掴まれた。
掴まれた衝撃でクロの体勢が崩れ、イーサンはそのまま地面へ向けて押し込む。
土が沈む鈍い音が広がり、クロの体が地面へ沈み込んだ。
動作はどれも無駄がない。
圧倒的な余裕と、魔王レベルとしての格を示すような、冷静で鋭い支配力だった




