第七十二話 裏切った者と裏切られた者
エルドレスト王国に来た。
前に見た崩壊寸前の景色が嘘のように、街は眩しいほどの活気に満ちていた。露店の呼び声、溢れる笑顔、家々の修復跡すら温かい。
ウチの獣人族も徐々に住み始め、街のあちこちで耳や尻尾が揺れている。人口が増え、賑わいに拍車がかかっていた。
「ああ!魔王様!」
通りの向こうから、小柄な少女が弾む声で俺を指差した。
顔を輝かせ、両手でぶんぶんと手を振っている。俺も笑顔で軽く手を振り返すと、少女はさらに嬉しそうに頬を赤くした。
周囲の人々も、俺を見るたびに笑顔や会釈を向けてくる。
どうやら、この王国内では俺は英雄、いや勇者のような扱いを受けているらしい。
魔王なのに。
全く恐れられず、むしろ慕われている。
呼び名は魔王なのに、気分は完全に勇者。
実に奇妙な状況だ。
まぁ、前の国王は慎一郎達と組もうとしたり、
自分の利益しか考えてなかった。
そう思うと、今こうして皆が安心して過ごしているのを見るのは、素直に──
よかった。みんなが安心してくれて。
そして俺は決めた事がある。
この世界を滅ぼす前に、まず天界を滅ぼす。
世界を変えるより、そっちの方が手っ取り早い。
それと、この国の王は今、不在だ。
俺が王になるのはさすがに違う。獣人族のイナリあたり適正はありそうだが、
村から突然「国王です!」は流石に無茶が過ぎる。
そのため、今はサマエルが職務代理として国を管理してくれている。加えてグレモリーやアヌビスも仕事を分担している。おかげで国は普通に回っている。
さすが悪魔と神。
対応力が異常。
聖騎士たちも、人々の防衛に奔走しているらしい。
「お!ライト……じゃなくて、魔王様!」
軽い声が聞こえ、振り返るとヴァルヴィスが歩いてきていた。
後ろにはエレン、カイン、エルド、そしてロバート。ロバートは「白担当だった聖騎士」らしいが、どう考えても似合わないと言うのはここだけの話だ。
こいつらはここで改めて聖騎士として働いている。
「今から出陣?」
「ああ、ここら近辺で魔物が出現している。それの討伐にな、、」
昔見たヴァルヴィスは暗い顔にボサボサ頭だったが、今は見違えるほど清潔で凛々しい。鎧も光っている。
その後ろに立つ見知らぬ人物が、軽く微笑みながら俺の耳元へ顔を寄せた。相方らしく、名はラグノスだという。
「あなたのおかげで、ヴァルヴィスさん元気になったんですよ?ありがとうございます。」
低く落ち着いた声が耳に触れ、思わず返事が詰まった。
「え、?あ……はい!」
ん?なんか、、すごいこの人イケメンだ!
そんな事は、、まあいい!
「頑張れよ?」
「ああ。」
そうして、俺は彼ら聖騎士たちを見送った。
この王国には、魔王エルドを信仰する宗教がある。この国名「エルドレスト」はそれに由来する。
魔王を信仰するのは正気かと思ったが、過去に魔王エルドがこの国を飢餓から救ったらしく、その恩義から宗教は定着したらしい。
ちなみに、聖騎士の紫色のエルドと、魔王のエルドは完全に別人。
紛らわしいので、今後聖騎士のエルドはフルネームである「エルド・スミス」からスミスと呼ぶことにする。
エルド(魔王)もときどき遊びに来る。
そんなことは置いておいて、
「主人様!なんでここに来たの?」
肩に飛び乗ったクロが首を傾げて聞いてくる。
いい質問だ。
俺はかつてのマルシオンで生き残った酒場をここに移転させていた。今日はそこに、あの2人から呼ばれていた。
俺を裏切った、リアナとロイだ。
ブルータス?そんなのは俺は知らないな。
酒場に入ると、カウンター席に2人が並んで座っていた。
見覚えのある後ろ姿。あの頃と変わらない座り方。
「呼び出してすまない、」
2人は頭を下げ、
「配下とか付けなかったのか?」
と続けた。
俺は肩にいるクロを見せる。
「俺がいるぞ!」
クロは胸を張って威嚇した。
「話って?手短に……」
カウンターには、俺が勇者時代に好んで飲んでいた酒が置かれていた。もちろん未成年だったが、
良い子は真似しないように。
覚えていて用意していたのだろう。
ありがたいようでいて、少し失礼にも感じる。
「で?話って?」
「謝りたかったんだ。すまない。」
ロイが、ふっと息を吐きながら言った。
「分かってもらえないかもしれないけど、、
色々わけがあってさ……
すまないことをしたと思ってる、あんたがブルータスを殺した事は特に、、何にも思ってないの、」
ブルータス、そんなのどうでもいい。
「あそ、おわり?」
俺はそっけなく言い、席を立って酒場を出ようとした。
すると、店主が静かに口を開いた。
「魔王様……昔の先駆者は、ここで重要な話を直接話せず、伝えてもらえなかった、、それで………
最後として聞いては?」
「はいはい、、で?何?」
《素直になれないのか?》
うるさい。
「私たちは、裏切った事は変わらないけどさ、すまないと思ってるし、、でも……」
視線が合う。
2人の目が揺れていた。
「あの時の思い出は全て嘘じゃないんだ。
魔王になって楽しそうなライトを見てたい、
ありがとう、ライトと勇者できたの、最高の思い出だよ……」
胸の奥がざわつく。
何を信じていればいいのかわからなくなる。
口角が少し、勝手に緩む。
口付近の筋肉が妙に緊張している気がする、変な感じだ。
「主人様?」
クロが心配そうに覗き込む。
「俺も、楽しかった。
でも、許すと今ここまで来た意味が見出せないから……許さないけど、、許したいとは思ってる。」
「うん、分かった。」
2人は静かに頷いた。
俺は少しだけ、何かを乗り越えた気がした。
そうして酒場を出て、城へと戻った。
あの2人は、、まぁこの王国になら住んでいても構わない。




