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第六十九話 後処理の時間です

「慎一郎様!」

 俺が慎一郎の遺体を抱えたまま地上へ降りると、

 いち早く駆け寄ってきたのはルルだった。

 彼女の足はふらついていたが、それでも真っ直ぐこちらに飛び込んでくる。他の慎一郎の部下たちは距離を置き、誰もが影の落ちた顔で視線を伏せる。

 広間は戦いの余韻を引きずっていて、焦げと血の匂いがまだ残っている。沈黙は重く、ただ風が石造りの壁を撫でる音が響くだけだった。


「………」


 返す言葉もなく、俺はその空気の重さだけを背負うしかない。

 気まずい、という言葉では足りないほどの痛みと沈黙。


 その時、ネメアが周囲の瓦礫や崩れた柱をざっと見回し、低く呟いた。


「ボロボロだな、」


 彼の一言で皆がようやく周りを見る余裕を取り戻したかのように、視線を巡らせる。

 砕けた城壁、ひしゃげた鉄扉、まだ消えぬ魔法の焦げ跡。まるで何度も蹂躙された戦場のようだった。

 まぁ、その通りなんだけど、、


「ここの領土って、色んな魔王の領土が繋がってるんだっけ?」


「そうだ。確か、はドラク、ネメア、ヴォルク、そしてエルドの領土だったね、」


「国民は?」


「逃げてるみたい、でも結構死んじゃったかもな……」


 報告は淡々としていたが、その裏にある喪失の大きさは容易に読み取れた。

 どうやら慎一郎が招いた混乱で位の高い人たちは、多く死んでしまったらしい。再建は……想像するだけでも骨が折れそうだ。


「なら、この領土貰っていい?」


 俺はそう言いながら王国全域に復元魔法を展開する。

 星界律である、金星の回復魔法が空へ走り、柔らかな金光が国を包み込む。

 光が触れた場所から建物は音もなく元の形状を思い出すように再構築され、割れた地盤はゆっくりと縫われていく。


 死んだ者は戻らない。しかし、国そのものは息を吹き返した。

 生き残った者たちがもう一度立ち上がれるだけの形は整った。


「なんだよ、、そこまでの復元能力見た事ないぞ?、」


「……マジかよ、」


 ネメアの配下たちも、聖騎士たちも、口を半開きにして俺を見ている。

 その反応にアスが不思議そうに俺へ歩み寄る。


「主人、何があったの?」


「まぁ、星界律について、使い方とかもよくわかったんだよ、昔よりね」


 淡々と答えるが、正直自分でもこの規模を扱えたのは驚きだ。


 俺はネメアに頼み、エルドを呼び出してもらう。


「え、いいよ!

 領土って言っても一番は信仰者達なの、

 信仰者達が無事で元気で居られるなら、大丈夫!

 任せるよ!ヴェノムくん!」


 エルドは軽く肩をすくめ、魔王とは思えないような柔らかな笑みで承諾した。

 他の三人はもともとここを重要視していなかったらしく、エルドが良いなら全員問題なし、という雰囲気になった。


「ありがと!」


「ここの領土をどうするつもりなんだ?」


 ネメアが小声で耳打ちしてくる。

 簡単なことだ。配下が増えすぎて、今の城にも獣人の村にも収まりきらなくなってきている。


「お前らどうせ身寄りないだろ?

 俺の配下として働けば衣食住を約束するよ。」


 慎一郎の部下、聖騎士たち――ほとんどが帰る国もなく、罪を背負わされ、天界に勝手に転移させられた被害者でもある。

 このまま野に放つには危険すぎるし、あまりにも不憫だ。


 彼らを住まわせ、転移魔法陣で行き来できる拠点を作る。それだけで十分救える。


「いいのか!?」


 遠野は顔を上げ、驚きと安堵を混ぜた声を出す。

 反応を見る限り、ほとんど全員がこの提案を望んでいたらしい。


「ヴァルヴィスも遂に魔王側か?」


「うるせぇな、」


 ロバートが肩を揺らしてヴァルヴィスを冷やかす。

 緊張が解けていく中で、自然と笑いも漏れ始めた。


 その後、ネメア方面も復興が進み、状況はひとまず落ち着く。


「リフト、どこに行くんだ?」


 帰ろうとした銀髪の青年を呼び止める。

 地震の死相――リフト。

 人間の姿をしている今は中性的な美男子だが、正体を明かせば死相の象徴そのものの不気味な姿になるらしい。


「今は戦力が欲しい、お前、戦わないでずっと隠れてたけど、バカ強いだろ?」


 死相の魔力量は桁違いだ。戦力としては喉から手が出るほど欲しい。


「え、俺必要!」


 ぱぁっと表情を輝かせる。

 ……いける、こいつはちょろい。


「もちろん!」


 リフトは子どもみたいに跳ねてこちらへ走ってくる。


「仕方ないな!そんなに言うなら?

 特に行く宛もないし、いいよ!配下になってやるよ!」


 ……やっぱりちょろい。


「いいの?こんなやつ、」


「いいよ。」


 アスタロトが呆れ気味に聞いてくるが、問題ない。


 その瞬間――背後から重い魔力が場の空気を押し潰した。


 振り返ると、黄金の髪を揺らしながら悪魔・グレモリーが俺の視界へと姿を現す。

 その髪は光を受けるたび宝石のように煌めき、威厳と妖艶さをまとっていた。


「あなた様が、アスタロトちゃんの主人?」


「そうだが?」


 俺が答えると、彼女は唇を吊り上げ、優雅に頭を下げた。


「では、私を貴方様の配下に加えてください。」


 アスタロトを見ると、彼女は全力で首を横に振っている。


「いいよ!」


「お前まじか!」


 当然断ると思っていたらしい。

 だが力があるなら俺は受け入れる。


 こうしてまた戦力が増えた――その時だった。


「悪いな、ヴェノム。

 そいつらは配下にはできない。」


 異空間を割って出てきたのは魔王サタン。

 姿を現しただけで周囲の魔力が震え上がる。


「なんで?」


 俺が問うと、サタンは無言で近づいてきて、おでこに軽くデコピンを食らわせてきた。


 痛っ。


「いいか?

 慎一郎の一味は、犯罪者であり国家を滅ぼしかけてるそんな奴の部下を配下とは認めない。

 言ったろ?人間を信じすぎるな、」


「わかってる、けどなんでダメなんだ?

 コイツらは被害者だろ?加害者ではあるけど……」


 俺が返しても、サタンは一切譲らない。手のひらに炎を灯し、圧をかける。


「知るか、被害者なんてどう見るかでいくらでも変わる、お人好しがすぎる。

 消してもいいんだぞ?」


「魔王が気にするのか?」


「魔王だからだよ、、」


 横でサマエルが心配そうな視線を寄越す。

 そりゃそうだ、サタンは格が違う。

 正面から戦ったら勝つことは難しいだろう。


「俺の配下になるんだ、大丈夫。

 なぁ?ヴルド出すぞ?」


 俺は魔力量を一気に開放し、瞬間的にヴルドの姿に近づく。

 顔に浮かび上がる紋章が、サタンへ向けた牽制となる。


「ったく………はいはい、分かったよ。

 今回は見なかったことにしてやる、、」


 しぶしぶ背を向け、異空間へ戻ろうとしながら小さく呟いた。


「……”始祖”が、生まれ変わっても変わらずお人好しだな……」


 そうしてサタンは消え、ようやく――

 本当にようやく、後処理が終わったのだった。


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