第七話 悪魔サマエル
「なんでお前がここにいるんだ!」
「別にいいでしょう。
と言うか、アスタロト……何故貴方は私に一声我が君のことを伝えてくれなかったのですか?」
「我が君!?お前がそう呼ぶな!」
――下の階からアスの怒鳴り声が響いた。
まだ朝の薄い光が部屋に差し込み、外は静かなのに、下の階だけやけに騒がしい。
俺は欠伸をひとつしながら階段を下りようとすると、視界の端に淡い青色のスライムがぴょこんと跳ねた。
体の一部をぐにゃりと伸ばし、まるで手のように俺を手招きしている。
「……それ、手なのか?」
スライムはぷるんと震えて肯定するように返事をした。
階段を降りきると、そこには二人の姿があった。
アスと、見たことのない男――黒い翼を背に生やした、どこか異質な存在。
二人は互いに一歩も譲らぬ距離で向かい合い、空気がビリビリと張りつめている。
スライムが怯えるように俺の足元に寄り添う。どうやら止めてほしいらしい。
「おい、アスどうしたんだ?」
俺が声をかけると、アスが驚いたように振り向き、声を荒げた。
「来ちゃダメ!」
「え?」
その瞬間――黒い翼の男が、音もなく俺の方を振り返った。
ゆっくりと、まるで空気の流れを読むような滑らかな動き。
黒一色のスーツに身を包み、赤い髪が光を受けて鈍く輝く。
両目には白い包帯が巻かれ、そこから覗く表情は読めない。
杖も持たず、視線も定まらないはずなのに、まるで全てを“見通している”ようだった。
その体から発せられる気配は、アスにも匹敵するほど濃く、重い。
「この気配……素晴らしい!」
男は恍惚とした笑みを浮かべ、片膝をついて俺の前で頭を垂れた。
黒い翼が床をかすめ、灰のような羽がひとひら舞い落ちる。
「我が君、私を貴方様の配下に加えてください。」
俺は呆然と立ち尽くす。
「アス、この人誰?」
アスは深くため息を吐き、肩をすくめながら答えた。
「こいつの名前は、サマエル。悪魔だよ、
僕ぐらい強いかな……」
おっと、つまりかなりの化け物級か。
見た目からして只者じゃない。
「いいけどさ、なんで配下になりたいの?」
俺が問いかけると、サマエルは包帯の下から笑みを漏らし、わずかに顔を上げた。
「本当ですか!?
いやはや、世界を滅ぼすと誓い実行しようとする者など、ここ数千年現われませんでした。
そこで、ようやく現われた貴方と私は人生を共にしたいのです!」
その声には熱狂と狂信が入り混じり、背後の空気が震える。
アスがこめかみを押さえ、小さく舌打ちした。
……なるほど。アスタロトもそうだったが、結局“退屈しのぎ”ってやつか。
まぁ、数千、数万年も生きてたらそうなるのも無理はない。
俺が生きてる間くらいは従ってくれそうだし、悪くはない。
「わかった、じゃあサマエル。
お前を俺の配下とする。力貸してな?」
「よろこんで!
我が君の期待に添えるよう精進します!」
サマエルは頭を深く下げ、その黒翼を広げた。
重厚な風が吹き抜け、部屋の中のロウソクが一斉に揺れる。
「はぁ……本当に配下にするのかよ……」
アスは呆れたようにため息をつきつつも、どこか諦めた表情で頷いた。
こうして――俺のもとに、新たな配下が加わったのだった。
――――――――――――――――――――――
いやはや、俺は自分の玉座に深く腰を下ろし、正面に整列する配下たちを見渡した。
右手にはアスとシドウ、左にはアテナとサマエル。少し離れた場所でクロが尻尾をゆらゆらと揺らし、さらに視界の片隅では、ひょこっとスライムくんが顔を出している。
村の住人たちも皆、俺の配下になった。随分と勢力が増したものだ。
……が、それでもまだ満足できない。
もっと――もっと多くの配下が欲しい。
そう思った瞬間、俺の魔力感知が不穏な波を捉えた。
強い……しかも、神聖な気だ。
立ち上がろうとした刹那、アスが俺に飛びついてくる。
「しゃがんで!」
鋭い声。次の瞬間、俺の身体はアスに押し倒され、床に叩きつけられた。
同時に――轟音。
俺が立っていた場所が爆風で吹き飛び、玉座の柱が砕け、石片が飛び散る。
粉塵の中、アスの体から血が滴っていた。
「アス……!?」
彼女の腕には焦げ跡と深い裂傷。
再生が遅い、、
あり得ない。アスは俺の次に強いはず、
おそらく、悪魔や魔物には相性の悪い神聖魔法系統だからだろう。
「アス、ここで休んでろ……」
俺は素早く状況を判断し、スライムくんを呼んだ。
「アスを見てろ。」
小さな身体で「ぷるっ」と返事をし、アスの傍に寄り添う。
俺はすぐさま血液を刃に変えようとしたが、配下たちはすでに行動を開始していた。
シドウは拳を構え、サマエルは詠唱を始め、アテナは拳を構え、クロはドラゴンの姿で吠える。
門の外、霧のような魔力の向こうに――人影があった。
俺が前へ出ようとしたその瞬間。
青白い閃光が城門を貫き、シドウの肩を撃ち抜いた。
「っ……!?」
シドウがよろめき、片膝をつく。
「……なんだ、、」俺が呟くと、ヴルドの声が脳裏に響いた。
《この気配、人間だな……》
「人間……?」
まさかもう来たのか、でもなんで、、
「アテナ! 下がれ!」
叫ぶ俺の声を無視し、アテナは男のに向かって突進した。
彼女の拳が届く直前、男は手の中に銃のようなものを構える。
――発射音。
蒼い光線が一直線にアテナを貫かんと迫る。
「……っ!」
俺はクロの時のように、咄嗟にアテナを抱きかかえ、横へ飛び込んだ。
直後、サマエルの詠唱が完了し、魔法で出来た障壁が光の軌道を逸らす。
「主人様……」
涙目のアテナが俺を見上げる。
全く、世話のかかる子である……
俺は彼女を安全圏に下ろし、前線へ戻る。
「シドウ! 無事か?」
「ちっ、少し喰らいましたが……大丈夫です。それよりも、コイツ...かなり厄介だ……」
血を滲ませながらも、シドウは立ち上がる。
クロが唸り声を上げ、翼を広げた。
その間に、サマエルが静かに進み出る。
「我が君……おそらく、アイツ――近隣国家
マルシオン王国聖騎士団の一人だと思われます。」
うえ、めんど
ため息混じりにそう思いながらも、俺は視線を敵へ向けた。
門の前、瓦礫を踏みしめながら一人の青年が歩いてくる。
青い髪、緑の瞳、蒼のマントに刻まれた白の十字の紋章。
手には銃、背中にはもっと大きな銃を背負っている。
「何の用だ? 俺たちはまだ人間に何も危害を加えていないが?」
俺の問いに、青年は微笑を浮かべ、ゆっくりと顔を上げた。
「僕の名前は――ダーク=ヴァルハルト。
聖騎士であり、この世界の第二の勇者だ。」
冷たい光を帯びた瞳が、まっすぐ俺を射抜く。
「第一勇者のライト。いや”光輝”の方がいいか?」
「は?」
心臓が一瞬、跳ねた。
なぜ――こいつが俺の“前の名前”を知っている?
第二の勇者?
馬鹿らしい。
俺は深く息を吐き、配下たちに命じる。
「お前ら下がれ……聖騎士って言ったか? 俺が相手してやるよ。」
ヴルドくん。
《はいはい……ほらよ》
ヴルドの声とともに、俺の手に血の剣が生成される。
赤黒い刃が光を反射し、冷たい輝きを放った。
今まで生成した剣よりも、更に刃を尖らせ耐久力も上げる。
「本気の様だね。」
「……ああ、本気だよ。」
蒼い風が二人の間を吹き抜ける。
魔王となった元勇者の俺と、聖に生きる元勇者。
世界の正と負が、今、初めて交わった。
聖騎士ね、なんなら今1番出会いたくなかったかもな。




