第六十一話 視点を変えれば、
ミラが来てから一年が経った。
三人は11歳になったが、転生者である以上“外見年齢”と“中身”は別物だ。
元の世界で学生だった記憶が確かに残っていて、感覚的には二十五歳前後と言ってもいい。
精神だけが少し大人で、体だけが子供のまま取り残されたような奇妙なバランスだった。
「……で?」
薄暗い和室に、ライトの気怠い声が響いた。畳の青い香りがまだ残る狭めの部屋だ。
その軽い態度に、
「ライト、師匠に対して口の聞き方。」
イーサンが眉をひそめて注意する。
三人の視線の先では、カガリが湯呑みに手を添えたまま、静かにこちらを見ていた。
「近頃、街に盗賊が溢れているらしい。
人を助けて来い。」
その声音は淡々としているのに、どこか突き放すような冷たさが混じっていた。
一応三人は“勇者候補”としてこの世界に呼ばれた。
ライトは星界律という見た事ない、前例のない魔法と剣技、イーサンは天才的な剣技と知能、ミラは二人に教わった剣技とわずかな魔法。
能力の差はどうしてもある。ミラはそれを痛いほど理解していた。
「それって、三人で行けるの?」
ライトの問いに、カガリはわずかに目を伏せる。
「………いけるだろ、」
その一拍置かれた間が、ひどく悪い予感を孕んでいた。
ミラは胸の奥がざわつく。
⸻
山道を降り、街道を歩く。
木々の葉の隙間から光が差しているのに、ライトはすでにめんどくさそうに肩を落としていた。
「盗賊って何人?めんどくさい!」
「全く、静かに歩くこともできないのか?
あの人は僕たちを試してる。勇者になるんだから
それぐらいは出来るようにならないと、」
イーサンの言葉を、ライトは適当にあしらう。
だが、その横で歩くミラは…その一言に深く胸を刺されたように俯いていた。
(それぐらい……頑張らないと…)
取り残される怖さがいつも心のどこかにあったのだ。
⸻
街に着いた瞬間、荒れているのが一目で分かった。
路地の石畳には荷物が散乱し、家の扉は破られ、混乱の空気が漂っている。
盗賊たちが堂々と人を脅し、金品を奪っていた。
「……俺は人より魔物の相手とかをしたいかな、」
「それは、手加減のつもり?」
「そんなとこ、」
二人がそんな会話を交わしている間にも、盗賊の一人がこちらに気づいた。
「あ?お前ら三人、仲良しこよしか?
なら誰から壊れるか選ばせてやろうか……」
挑発の声に、ライトは指を鳴らすように魔力を放つ。
青白い光が弾け、盗賊の一人が浮き上がった。
「間違えた、」
「自分の魔法ぐらい覚えられないのか?」
「数が多いんだよ!」
二人が言い合う中、奥から声が響く。
「おい!何があった!?」
路地の影から盗賊たちが次々と姿を現した。
圧倒的な人数に、イーサンは躊躇なく剣を抜き、前に踏み込む。
ミラはその背中を見つめながら、置いていかれないよう必死に視線を巡らせる。
「イーサン!」
後ろから迫る影に気づき、ミラは声を上げる。
イーサンは振り返りも早く、短く言う。
「ありがとう。」
その笑顔に、ミラの胸が少し温かくなる。
…だが、戦いは続いていた。
ミラは逃げていく盗賊の一人を見つける。
“自分にもできること”を探し続けていた彼女は迷わず追った。
だが、その盗賊は他の者よりも纏う雰囲気が違っていた。
鋭さ、挑発的な余裕。
ミラは気づけなかった。
気づけば裏路地へと走り込み、少し薄暗い静けさが広がる。
「お前は何者だ!」
背後から低い声が飛ぶ。
振り返れば、一人。大柄の男。
ミラは剣を握りしめる。
「あなた達を倒しに来た。勇者だから……」
自分の鼓動が強く響く中、移動速度の魔法を発動させる。
膝に力を込め、一気に相手の間合いに踏み込む。
イーサンとライトに教わったすべてを込めて剣を振り上げる。
(やれるもん、、1人でも!)
だが、相手はその全てを見透かすように静かに微笑った。
⸻
「あれ?ミラは?」
ライトがようやく気づく。
「確かに、いないね」
イーサンの表情が一瞬固まり、次の瞬間には駆け出していた。
胸の奥を冷たい感覚が締め付ける。
戦いの最中、不自然なほど統率された盗賊の動き。
“強い指揮官がいる”という事実を、今さら思い知らされる。
街の人に聞けば、皆が同じ証言をした。
「1人の少女が裏路地に向かって誰かを追いかけていた、」
(嘘だ、、まさか……遅すぎるだろ)
裏路地へ転がるようにたどり着いた時、足がすくんだ。
地面には濡れた赤い跡が広がっている。
視線を奥へ移せば、薄暗い影の中に倒れているミラの姿。
「まだ若い、小さいすぎる。子供だけで来たのか?
ヒーロー気取りで……
勇者?夢見るな、強いだけじゃ勇者にはなれねぇよ、」
血に濡れた剣を持った男がそこに立っていた。
熟練の動き、冷え切った目。
盗賊団のリーダーであることは一瞬で分かった。
「冒険者か、」
イーサンは呟き、目の奥が暗く沈む。
元冒険者、そこから盗賊に堕ちた存在。
おそらくランクはS級はある。ミラは相手が悪かった。
ライトが到着すると、
「イーサン、」
と声をかけるが、イーサンはその手を強く弾いた。
「来るな。」
その声音は、聞いたことがないほど冷たかった。
イーサンは一瞬で男を倒し、その後はライトの視線に入らないよう後ろ手に剣を戻した。
ライトには、余計な重荷を背負わせたくなかったのかもしれない。
「帰ろう。ライト……」
イーサンの頬には乾きかけた血痕と、何度も拭った跡が残っていた。
「ミラは………」
ライトは気づいた。
イーサンの表情がすべてを物語っていた。
「わかったよ………」
二人は街を後にした。
⸻
後日、イーサンは家を出て行った。
ミラを襲った盗賊団がいた街を、跡形もなく壊し尽くしたという噂が流れた。
「ライト……」
カガリは深く沈んだ声で、ライトにだけ短く同情を向けた。
ライトはすぐに追った。
⸻
少し離れた村の外れ、
イーサンは剣を腰にぶら下げ、疲れ切った足取りで歩いていた。
整えられていた赤髪は乱れ、目には生気がほとんどない。
「………」
「イーサン!」
ライトが駆け寄る。
イーサンは止まらず、ぼそりと呟いた。
「何してんだ?勇者になるんだろ?」
「なれないよ。」
「は?」
ライトは足を止める。
「力があっても無理だ。
強いだけじゃ勇者にならない、かと言ってどんなに心が強くても………耐えきれない皆の期待を背負うのは簡単じゃない、直ぐに置いてかれるかも知れない。」
「誰に?」
「お前にだ。星界律があるだろ?
今は目覚めてないが、それが目覚めたら君は最強だ。
敵なし、無敵になる。」
「それが何?」
「勇者なんかならなくても道は一つじゃない。」
イーサンの視線は地面のまま。
ミラのことを考えているのは明らかだった。
「ミラは?
どうすんだ?アイツは俺たちに憧れてた、」
「憧れてたのは君にだろ?
勇者の定義は一つじゃない。俺はライトになりたいな。星界律を磨いて、世界を牛耳りたい。この世から自分に刃向かう者、弱者を捻り潰す者、全てを潰すために。
それが俺の勇者だ。」
「何言って……」
「分からないのか?
自分のためか、相手のためか、そんなのは関係ない。
見方、視点を変えれば、魔王も勇者と同一、一緒になる。
君はどっちの視点で物語を進めるんだ?」
ライトは言葉に詰まる。
イーサンは静かに息を吸って告げる。
「僕は少し君とは距離を取る。
時間はあるんだ、結果を今度会うときに教えてよ。
星界律を磨いてね。」
イーサンは背を向け、歩き去った。
その日は、最悪の日だった。




