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第五十一話 懐かしの、世界の訪問者

昨日出した話の細かな改良です。多分気づかないと思います。

 ――天界――


 果ての見えない純白の大理石が、あたり一面に広がっている。


 そんな厳かな広間の中央で、場違いなほど慌ただしい天使が一人。


「やばいやばいやばい!」


 ウリエルは焦りすぎたせいで完全に挙動不審になっており、大理石の床を右へ左へ、まるで壊れたオルゴールの人形のように行っては戻りを繰り返していた。

 真っ白な両翼は緊張でバサバサと逆立ち、きめ細かい金髪は動くたびに光を巻き込んで尾を引き、舞い上がった煌光が床面にきらきらと落ちていく。


 だが、どれだけ見た目が神々しくても、当の本人は涙目で完全にパニックだ。


「私があの時選抜ミスっちゃったぁ……」


 堪えきれなくなったのか、その場にそのままぺたりと座り込み、天界の天使としては実に品のない体勢で地面に崩れ落ちた。


 そんな情けない姿を、静かに覆い隠すような影が後ろから近づいた。


「大丈夫?」


 穏やかな声が頭上から降ってくる。振り向けば、銀糸のように長く流れる髪がほのかに揺れ、その奥の冷静な蒼い瞳が柔らかく細められていた。

 天界でも屈指の理性と判断力を持つ天使、

 ガブリエルだ。

 そっとウリエルの肩へ手を置く仕草は、どこか姉のような落ち着きがあった。


 金髪の天使がウリエル。

 銀髪の天使がガブリエル。


「ヴルドを倒すために一番最初に勇者として送った人が………魔王に、、

 生き返らせるって約束したのに、、魔王になっちゃって、、」


 ウリエルはさらに膝を抱え込み、震えながら嘆きの続きへ入っていく。声は裏返り、羽根はしゅんと萎れ、完全に”泣き出す前の小動物”になっていた。


 ガブリエルは、深いため息が胸の奥まで込み上がってくるのをかろうじて押しとどめる。


(やっぱり、この子……めんどくさいな、)


 そう、これは初めてではない。慣れた、と言ったら可哀想かもしれないが、実際問題、ほぼ恒例行事だった。


 天使の務めは世界の秩序管理。

 祈り、加護、調整、記録、報告、選抜……地味に事務仕事は多い。


 その中で、ウリエルは圧倒的に実務が苦手だった。

 戦闘は天界トップクラスなのだが、書類が出てくると一気にIQが羽根と一緒に飛ぶ。


 今回も例のパターンである。


「あのね?

 間違いは誰だってあるわ、、今はミカエルさんも別の世界に行って不在。

 仕方ないわよ、一緒に乗り越えましょう? 一件だけでしょ?ミスったの、」


 ガブリエルが慰めの言葉を柔らかく紡ぐと、ウリエルの肩がぴくんと跳ねた。


 その反応にガブリエルは一瞬だけ察してしまう。


(あ……なんか嫌な予感がするわ……)


 そして案の定。


「いや……焦って、ライトを倒せる人探そうと思って、色んな人呼んじゃった、、生き返らせるって条件で……

 それで、闇堕ちした人も多い……」


 ガブリエルのこめかみを、静かな稲妻が走るような感覚が駆け抜ける。


(うん、何してんのこの子……)


 唇は笑顔を維持している。

 しかし瞳の奥で天使の心がだいたい二回くらい死んだ。


 それでも、ウリエルを泣かせないために、威厳を保つために、そして後輩を支えるために、声だけは取り繕う。


「ま、まぁ、何とかなるわよ、、」


 ……なるのか?

 いや、絶対仕事量が増えるだけでしょう? と胸の内で思ったが、言わない。

 言ったらウリエルは秒で泣く。


 結果、ガブリエルの作業量はまた増える。


 だがガブリエルは、別にウリエルが嫌いではない。

 むしろ妹のように可愛いと思っている。


「ま、頑張るか……」


 小さくつぶやき、光の羽根を広げて、ガブリエルはウリエルと共に仕事に向かった。


 ――――――――――――――――――――――


「そんなもんか!」


 慎一郎の突きが雷のような速さで迫り、鋭い風切り音が耳を裂く。

 俺は反射的に身体をひねり、刃を紙一枚分で逸らすが、振動が腕にずしりと響く。


 五感が正常に働いていないはずの慎一郎が、まるで俺の動きを“見ている”かのように反応してくる。

 右利きなのに、左利きでこの力、長年使い慣れた手はあまりにも、自然な動きだ。


 汗が背中をつうっと流れ、地面には互いの足音が響く。


「……あぶっ!」


 俺は水星の能力を一瞬だけ発動し、足元の空間を滑るように一気に距離を取った。

 だがその加速すら、慎一郎は追ってくる。

 全身が戦闘に最適化された獣のようだ。


 え、禁呪で体ほとんど死にかけなんですよね?

 まるでそれすらも感じさせない。


「やるな……さすが先輩、

 ようやく本気を出してきたか?」


 慎一郎は薄く笑いながら一歩、また一歩と迫る。

 瞳の奥に宿る狂気と闘志が、空気を焼くほど熱い。


「星界律に、双魔同体、あんたも禁呪を持ってる。

 喰われるぞ。」


「そうかもね、けど………俺は世界を壊す。

 今の配下ともっとより良い世界を作りたいんだ。その為なら死ねる。」


 その言葉に、慎一郎の表情がわずかに険しくなる。


「綺麗事ばかり、、アンタは何故助かってるんだ……本気で来い!!」


 高く振り上げられた刀が唸り、俺はギリギリで受け止める。

 刃と刃がぶつかる火花が散る。


 星界律は撃てない。

 魔力消費が激しすぎるし、隙も生まれる。

 下手に撃てば終わりだ。


「もっと、、おら!

 かかって来いよ!」


 慎一郎が怒涛の圧力で押し込み、俺の体勢をぐらりと崩した。

 そして胸元へ鋭い斬撃。


「くっ………」


 焼けるような痛みが走る。

 息が漏れる。

 血液がポタポタと落ちていく。

 何とか再生を働かせるものの時間が掛かってしまう。


 《立て、来るぞ。》


 そんな中でもヴルドの冷静な声が脳内に響いた、

 その瞬間。


 空から“何か”が落ちてきた。


 影。人影。いや、二つ?


「あれは、、人?」


 俺ですら思考が一瞬止まる。

 慎一郎も斬撃を止め、上を見た。


 落ちてくるのは黒髪ショートの少女。

 白いTシャツに半ズボン。擦り切れた靴。

 風に翻る髪の間から見える表情は、意識を失ったまま。


「……っ!」


 俺は即座に跳び上がり、抱きとめる。

 続けて落ちてくるのは黒い猫と、懐かしいスケートボード。


「おい、起きろ!」


 地面へ着地しながら少女を揺すり声をかける。


「ん?……ここ、、」


 かすれた声で目を開けた少女。ゆっくりと地面に足をつきながら、俺はスケボーと黒猫を渡す。


「あ!アル!?」


 アル。それが黒猫の名前らしい。

 だが——問題は、なぜ今ここへ落ちてきたのか。


 《後ろ!》


 ヴルドの叫びに即座に反応し、俺は少女を後方に下がらせながら刀を振る。

 だが慎一郎はその隙を完全に読んでいた。

 わずかな動作の予兆から、一歩、そしてもう一歩で懐へ潜り込んでくる。


 やばい、間に合わない——


 刃が振り上げられた瞬間。


 少女が俺の腕を乱暴に引き、ギリギリで回避。


「……ねぇ!大丈夫!?」


 息を切らしながら見上げてくる少女の目は、驚きと不安で揺れていた。


 その視線を受けて、俺は悟る。


 今の慎一郎を相手に真正面から戦うのは悪手だ。

 勝てないわけじゃない。だが 状況が悪すぎる。


「逃げるぞ!」


 少女の手を引き、その場から転がるように走り出す。


「えっ?ちょっ!」


「逃すかよ、俺はこの世界から脱出して、元の世界へ帰るんだ、、」


 慎一郎の足音が追ってくる。

 振動と気配で分かる。これはまだ終わらない。


 だからこそ——走るしかなかった。

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