第五十話 禁呪災禍事件
「お前狙われてるぞ?色んな人から……」
ネメアは鋭い眼差しで俺を見据えた。声に含まれるのは、単なる忠告ではなく危機感そのものだった。
俺を含め配下たちは目が点になり、その言葉の重みを理解できずに固まる。一先ず向かいのソファに腰を下ろし、俺たちは彼女の次の言葉を待った。
「色んな人間が召集されてる。
勇者としてだ、理由はただ一つ魔王ヴェノムの討伐のためだそう。」
「なんで?」
その一言しか出なかった。問いは、自然と胸の奥から溢れた疑問だった。
だって、魔王になってまだ一年も経っていない。どうしてもう狙われるのか、理解できない。
「知るかよ、他の魔王達は普通みたいだからな。
天使による物じゃないか?」
天使……アイツか。
え、俺を復活させず、むしろここで殺そうとしてくる存在……?
頭の中で警告が鳴り響く。やばい、完全にサイコだ。
「なるほど……事態は思ったより深刻だな、」
俺はどこぞのdaddyのように両手で口元を隠し、考えに浸る仕草を見せる。
「本当に理解できてんのかよ、」
ネメアは吐き捨てるように呟いた。
「……どういうこと?」
アテナは説明を求めてイバラを見たが、彼女も首を横に振る。
「分かるわけない、」
そう小さく呟くイバラの表情は、諦めと苛立ちが混ざり合っていた。
それを見てアスはため息をつき、状況を整理してくれた。
その時だった。
ネメアの城は、獣人族の“街”にぽつんと立っている。その周囲には建物が立ち並び、街の人々が暮らしている。だが、突然空へ黒煙が立ち上がった。
「どういうことだ!」
ネメアは咄嗟に後ろにいる配下の老人に問いただす。
「わかりません!すぐに事情を……」
配下が答えた瞬間、その老人は血を吐き倒れ込んだ。
その場に現れたのは、小柄な黒髪の少女。手には小さなナイフを握っており、喉に刃を突き立てたかのような血痕が見える。
「え、えっと……ごめんなさい。
殺しちゃいましたけど、慎一郎様の命令なんです……」
「慎一郎?誰だ?」
俺がそう問うと、少女はこちらを一瞥し、次の瞬間には駆け出していく。ナイフの刃がかすめるように俺の横をかすめる。
動きが早い。イバラと互角に戦えるレベルの俊敏さだ。
「ネメア様!」
ネメアの配下、大柄な男と隣の女性が心配そうに彼女を見つめる。
「お前らは、あの黒煙の方を見にいけ!」
ネメアは指示を飛ばす。
「はい!」
返事を受け、配下たちは駆け出す。だが、黒煙はさらに濃くなり、街の人々の悲鳴と共に上がり続けていた。
「アテナ、イバラも行け!暴れてこい!」
「わかった!主人様!ぶちのめす!」
「俺様が先だぞ」
イバラは両手剣を構え、アテナに続き黒煙へ向かう。
「おい!オレさまの王国だぞ?暴れさせても……」
ネメアは不安げにこちらを見つめる。
「大丈夫、多分、、ね?」
「知らないよ?」
アスまで俺を切り離すように言った。
泣いちゃうよ?
まぁ、今はそんなことは置いておく。
少女は再び構える。だが、その瞬間、城の中から大量の悲鳴が響いた。
「ルル、時間かけすぎだ。」
低く、少しガラガラした男の声。
次の瞬間、その男が俺たちのいるバルコニーに姿を現す。
左手には血が滴る刀を持ち、右手は義手。着流しの裾は血で汚れ、少し乱れた侍の衣装を着ている。
「は!慎一郎様!なんでここに!?」
少女が驚いたように見つめる。どうやらルルというらしい。
コイツが慎一郎か。魔力量は多い。しかし、異様なオーラ。ヴァルヴィスとは別次元の強者感。明らかに敵だ。そして、名前……日本人?転移者か。
「お前が慎一郎?さっきのその子の発言的に黒幕っていうか、ボスだよね?こんな早々に現れていいの?」
アスが口を開いた。俺が考えていたことをそのまま言ってくれた。
「別き構わねぇよ。
ボスだろうが、俺は先輩との戦闘を楽しみたいんだ。」
慎一郎は俺を刀で指す。
先輩?
何のことだ……まさか……
「お前、天使に転移させられてここにきた?
何番目の勇者だ?」
俺がそう問うと、慎一郎は笑みを浮かべる。
「……やっぱり、先輩は察しがいいな!
俺はこの世界の、3代目の勇者だ。」
俺が1代目、ダークが2代目、そしてこいつが3代目か。
とにかく俺は蒼白星を片手に持ち、構えを取る。だが、それよりも速く慎一郎の刀が胸を貫く。
激痛。血が体内から流れ出ていくのがわかる。
負けた……?いや、違う。
今のはコイツの殺気だ。隙がなく、どこからでも俺を突き刺せる。
今の俺じゃ瞬殺ってこと?
意味が分からない。
「慎一郎………土方慎一郎?」
アスが呟くと、慎一郎は一瞬動揺を見せる。
「そこの女!知ってるのか?」
ネメアはアスを鋭く見つめた。
「アスタロトだ、」
アスタロトは口を開き、禁呪災禍事件という悲惨な事件の真実を語り始めた。
⸻
王国史に刻まれた“禁呪災禍事件”。
約十年前、ヴェルダイン王国で突如起きた未曾有の魔法災害。
元々、禁呪とは古文書に封じられた危険な魔法体系で、人の身体や精神に深刻な負荷を与えるため、世界は禁呪魔法系統は使用も知ることも禁止されていた。
しかしある時期、何故なのか王都から奇妙な噂が広まり始めた。
「禁呪は身体を強くする」
「寿命を延ばせる」
「死んだ人も生き返る」
「権力者が『禁呪の本当の効能』を隠している」
さらに決定的な嘘、
“禁呪を使って死ぬのは、才能のない落ちこぼれだけだ”
この言葉が若者たちを中心に瞬く間に蔓延した。
噂と共に、禁呪の陣式や術式が市場に出回り、生活に追い詰められた人々や、大切な人を失った者が次々に手を伸ばしてしまう。
結果、禁呪を行った者の九割以上が命を落とす悲劇が発生。
肉体は耐えきれず、精神は壊れ、救われるはずの命が消えた。
その中で唯一生き残った者が土方慎一郎だった。
事件は出所不明、噂の発信者不明という闇に包まれ、王国史上最悪の惨劇として記録されている。
現在でも王国では禁呪関連の書物は徹底的に焼却され、口にするだけで罰せられるほどだ。
⸻
「あの中で、禁呪を使った人の中で唯一生き残った者として、土方慎一郎の名前があったのを覚えてる。」
アスの声は暗く、しかし事実として冷静に語られる。
「ああ、そうだよ。最悪な事件だ。
思い出しただけでも、反吐が出る。」
慎一郎は刀を地面に突き刺し、頭を抱えて少し体重を預ける。
「そのせいで、右利きだが、右腕は使えない。
魔力はあっても魔法を使えば体がもたない、
耳は高音は聞こえず、視力は輪郭がぼんやり程度、嗅覚、味覚も機能していない。災難だ。
まぁ、いい。
今は先輩を殺す。ルル、そっちの魔王をやれ、」
ルル、少女はアスとネメアを睨む。
「主人……」
アスは俺を見つめる。命令を待っているようだ。
「俺が慎一郎を相手する、二人でそいつを頼む、」
「わかった、」
アスは頷き、ネメアとルルの方へ飛び込む。
「おい、一人でいいのか?」
ネメアは心配そうに問うが、大丈夫。いや、わからんが……
「いいね、じゃあ先輩……
やろうか、」
慎一郎は俺を見据え、刃を構える。
「ネメア、大丈夫。
後で評議会で俺の顔を殴ろうとしたことについて、謝ってもらってない気がするから、しっかり謝らせるよ?」
それを聞いて、ネメアは微笑んだ。
さて、俺もその目を見返し、自然と構えを取ったのだった。




