第四十話 分岐点
「……先手必勝、早々にやつを片付ける。魔王評議会はいつだ?」
低く、しかし迷いのない声だった。
広間の空気が、わずかに引き締まる。
ヴェイドは玉座に深く腰掛け、肘を肘掛けに預けたまま視線だけを前に向けている。その口元には、薄く笑みが浮かんでいた。
「5日後、でございます。」
即答だった。
控えていた配下は、一切の感情を挟まず、事実のみを告げる。
その答えを受け、ヴェイドはすぐには言葉を返さなかった。
指先で肘掛けを軽く叩き、数拍だけ思考を巡らせる。
まるで盤上の駒の配置を、頭の中で並べ替えているかのような沈黙。
「……わかった。」
短く告げ、ヴェイドはゆっくりと立ち上がる。
「では、ヴェルデンの森、そしてこの我が領土、そこが戦場だ。
こちらから戦争を仕掛ける。配下達を向かわせろ。」
命令は淡々としていた。
だが、その内容は明確な開戦宣言だった。
ヴェイドはそう言って、わずかに口角を上げる。
それは高揚でも焦りでもない。
“想定通りに事が進んでいる”者だけが浮かべる、余裕の微笑みだった。
ヴェイドにとって、ただいつも通りに邪魔者を排除する。それだけの作業にすぎなかった、
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城の会議室
長いテーブルを囲み、配下たちが静かに息を潜めている。
窓から差し込む光は弱く、石造りの壁が冷たい影を落としていた。
......とか思っちゃてんのかね。
俺は椅子に深く腰を預けた。
ヴェイドの狙い、だいたいわかるよ。
「……都合が悪いんだろう。
俺が魔王評議会に出るのは、」
言葉を区切り、視線をテーブルの上に落とす。
当たり前だ。
突如として魔王になって現れた存在。
しかも元は勇者で、なおかつ身体の中には実の弟ヴルドがいる。
そんな厄介極まりない存在を、他のヴェイドが放置するはずがない。
ヴルドが気づいている以上、ヴェイドが気づいていないわけなくて、
席は満席。
魔王評議会で魔王に正式に加入するには、席を自ら開ける必要がある。
ヴェイドは自分が潰されると思っている。
潰される前に、先に潰しに来る。
そう読まない方がおかしい。
「5日後だっけ?魔王評議会、」
確認するように視線を向けると、
「ああ!」
クレアが、妙に明るい声で即答する。
緊張感など微塵も感じさせない様子で、椅子の背に体重を預けていた。
……となると。
「2日後の夜から動き出そう。
ルシアンとバフォメットの配下も念のため欲しいな。
こちらから先に攻撃を仕掛ける。」
会議室の空気が、明確に変わる。
誰も反論しない。
それが最善だと、全員が理解していた。
「わかったよ!で、僕は何をすればいい!?」
クレアは身を乗り出し、目を輝かせる。
期待に満ちたその表情は、戦場を待ち望む子供のようでもあった。
うん、こいつ戦いたいだけか。
「クレアは、二人に連絡とって、魔王評議会に先行ってて。」
一瞬、時間が止まったように見えた。
「……え?
戦わなくていいの?」
肩を落とし、目に見えてしょんぼりするクレア。
最強の魔王という肩書きが、まるで意味をなしていない。
はい。大丈夫です。
そう心の中で返しながら、俺は視線を配下たちへ戻す。
感情よりも、今は段取りだ。
しょんぼりしたクレアを置いておいて、
俺は配下たちと向き直り、地図を広げる。
ヴェイドの領土は、丘陵地帯。
この大陸の中央ヴェルデンの森を南に突っ切った場所にある。
地形は緩やかだが、その分、身を隠す場所がほとんど存在しない。
起伏はある。
だが遮蔽物にはならない。
見晴らしが良いということは、同時に、
動けば必ず見られる、ということでもあった。
暴れやすいと思うけど、
「ロバート!」
俺が名を呼ぶと、部屋の隅で仮眠を取っていたロバートが、反射的に身体を起こす。
その動きに一切の鈍さはなく、長年の経験が染みついているのが分かる。
サボり癖だな。
「はい!魔王様、俺の知恵が必要になったか?」
軽口のようでいて、その目は完全に覚めていた。
「そう言うこと。」
短くそう返すと、ロバートは顎に手を当て、すぐに思考を巡らせ始める。
地図を一瞥し、戦況を頭の中で組み立てる速度は流石だった。
そして出てきたのが、、
四部隊編成。
この勝負、魔王の首が落ちれば終わり。
どちらかが倒れれば、その瞬間に決着がつく。
もしくは、配下が全滅しても同じことだ。
だが、それとは別の意味で致命的なのが、城を失うこと。
拠点を失えば、再起は極めて難しい。
つまり、、
このヴェルデンの森を抜けられた時点で、負けがかなりの高確率で確定する。
だからこそ、配置は重要だった。
第1部隊。
城の防衛、およびヴェルデンの森に侵入してきた敵の迎撃。
この森には、既に味方のモンスターが潜んでいる。
数は多くないが、地の利は圧倒的だ。
正面衝突になっても、簡単に崩れることはない。
もっとも、
それは最終手段。
次に、第2部隊。
ヴェイドの城から、こちらへ一直線に伸びる主要ルート。
敵軍が最も使いやすい道であり、同時に俺たちからしたら最も危険な道。
そこを、止める。
第3部隊は、やや迂回して森へ入るルート。
こちらも侵入されれば厄介だが、動線は読みやすい。
防衛を主としつつ、状況次第では反撃に転じてもいい。
この第2、第3部隊の役割は共通している。
足止め。
無理に勝つ必要はない。
時間を稼げば、それでいい。
そして、
第4部隊。
俺が率いる主力だ。
空から一気に駆け上がり、
城にいるであろう、ヴェイド本人を叩く。
首を落とせば、それで終わる。
戦争は、そこで幕を閉じる。
今から四日後には全てを終わらせ、魔王評議会に出席する。
なんとか間に合わせて、席に座る。
正式な魔王として。
「これが俺の作戦だ。文句あるやつはいるか?」
一瞬の沈黙。
その中で、静かに手を挙げたのはアスだった。
「空からはダメ。
あっちには、相当腕のいい狙撃手がいる。」
即座に、会議室の空気が変わる。
なんで、アスが知っているんだ。
疑問は浮かんだが、今は置いておく。
狙撃手。
その一言だけで、空中強襲の危険性は跳ね上がる。
「クレア、ヴェイドは魔王になってどのくらい経ってる?
こういった戦いで負けたことはある?」
視線を向けると、クレアは少し考える素振りを見せてから答えた。
「だいぶ経ってるんじゃ無い?
負けたことは、聞いた限りない気がする。
魔王の中でもよく軍を率いて戦ってる方だし、案外策士かも、」
脳裏に浮かぶのは、ヴァルヴィスのような規格外の存在。
狙撃手も、決して侮れない。
アスが言うなら、なおさらだ。
「わかった。
じゃあ、少し時間は掛かるけど俺たちも迂回していこう。
もう一つ道があるよね、そこから行くよ。
向かってきた軍勢は、全て仕留める。」
「まぁ、魔王様がいいならそれでいいが……」
ロバートは顎髭を撫でながら、まだ考え込んでいる。
相手がどう来るか。
正直、読み切れない。
こういった規模の戦争は、初めてだ。
マルシオンとの戦いとは、明らかに違う。
規模感が、まるで違う。
「で、?
次はどこの部隊にどの配下を置くかじゃ無いですか?」
シドウの言葉に、皆の意識が戻る。
そうだ。
部隊とは言っても、人数は限られている。
だが今回は、獣人族の村人たちも協力してくれる。
戦闘特化の者だけを選抜しており、実力はAランク相当。
十分な戦力だ。
加えて、この森のエルフたち。
魔法に長け、地形にも精通している。
こちらも、快く参加してくれた。
「第1部隊は、ロバート、スイ、ノクス。
第2部隊は、シドウ、イバラ、蒼、アヌビス。
第3部隊は、サマエル、焔、アテナ、クロム。
第4部隊に、俺とアス、エル、クロを連れていく。
あとは1〜3にルシアン、バフォメットの配下を入れればいいだろう。」
「村の人たちはどこに入れるの?」
アテナが足をバタバタさせながら尋ねてくる。
獣人族は、第2か第3。
一部は第1にも回す。
前線に出しすぎて、死なれては困る。
その時、視界の端に、まだ拗ねたままのクレアが映った。
「……クレアは、第4に来てください。」
「!?
任せろ!
ヴェイドとか言ったか?ぶちのめしてやる!!」
一瞬で機嫌を直す最強の魔王。
なお、その発言は
彼女の実の弟に、しっかり聞かれていた。
《構わん、構わん。
あんなやつどうなっても知ったこっちゃ無いわ。》
……兄、少し可哀想だ。
こうして、会議はひとまず幕を閉じた。
というか、これ他の魔王も参加していいのか?
まぁ、二人にも聞いてみよ、クレアはあくまでこちらの最終兵器だ。
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アスは自分の部屋へ戻り、扉を閉める。
静かな空間で、ベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。
(まず一つ目は、変えれた。
成功………
でもまだあるし、あるはず……)
握った手に、力がこもる。
(今回は、絶対に成功させる。
死なせない、
もうヘマはしないから。
ライト、任せて……)
思考は絡まり、整理がつかない。
それでも、止まらない。
アスはベッドに身を沈め、
ぐちゃぐちゃになった頭の中で、
それでも必死に、今後のことを考え続けていた。




