第三十八話 強い魔王さんが来ました。
「主人様!」
そう叫ぶ声と同時に、木製の扉が爆音を立てて吹き飛んだ。
破壊された扉は内側へと弾け、鋭い破片となって室内に飛び散る。
「……っ」
まだベッドの上だった俺の胸や腕に、細かな木片が降り注ぐ。
隣で眠っていたクロも、突然の衝撃音に驚いたのか、びくりと身体を跳ねさせて目を覚ました。
「なに?」
状況を理解する前に、部屋の中央に立っていたのはイバラだ。
息を切らし、明らかに緊急事態だと分かる表情をしている。
一先ず、扉を直させ反省させることにした。
「すいません。
あ!そうそう、、サマエルが急に来た女と交戦してます!」
「え?」
その一言で、頭が一気に覚醒する。
俺は上着もろくに整えないまま、急いで外へ飛び出した。
⸻
中庭に出た瞬間、空気の質が違うと分かった。
圧し掛かるような魔力が、肌を刺す。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
物凄い魔力量を放つ青髪の少女が、サマエルを完全に押し込んでいる。
しかも、その少し離れた位置には、一応神である焔が倒れている。
どうなってる?
「……我が君、お逃げを!」
サマエルが叫び、こちらを振り返る。
だが、その一瞬の隙を、少女が見逃すはずもなかった。
少女の拳が振るわれる。
空気が裂ける音が遅れて響くほどの速度と威力。
直撃すれば、流石のサマエルでも無事では済まない。
俺は迷わなかった。
即座に能力を発動し、サマエルと自分の位置を反転させる。
拳は、俺の前で止まった。
ダンジョンで色んな配下と組み手をした。
自主練もね、ある程度自分の能力もわかって来たし強さも上がった。
それに、俺だって元勇者……弱くはないのだ。
「ほう、僕の攻撃を止めるか!」
次の瞬間、少女は止めた方とは逆の手で俺を殴り飛ばす。
身体が宙を舞い、地面を転がる。
「サマエル!俺は、配下を置いてはいかないぞ?」
「我が君……」
「焔を頼む、シドウとアスは?」
俺の問いに答えたのは、後ろから駆けてきたイバラだった。
「寝てる!」
「何してんの?」
とにかく、配下達を城内へと退避させ、
俺と少女を含めて結界魔法を展開する。
被害はこれでおっけいかな、
「お前が、アイツらの主人、ヴェノムか?」
少女が、興味深そうにこちらを見て問いかけてくる。
「そうだけど、、なんか用?君誰?」
腰に手を当て、誇らしげに胸を張る少女。
「僕は!魔王クレア、この世界でサタンの次、2番目に魔王になった………えっと、魔王だ!」
……まとまってないな。
「そ、そうか……
で、魔王さん、用件は?」
「僕と勝負だ!」
宣言と同時に、クレアは再び殴りかかってくる。
《気をつけろ、そいつ強いなんてもんじゃないぞ!》
ヴルドの警告が響く。
こいつが警告するなんて、ヴァルヴィス以来だろうか……
というか、しまった。
朝だから蒼白星を結界の外に置いて来てしまった。
結界越しでは、流石に無理だ。
俺は拳で相手をする。
「来たのはそっちだからな……破顎!」
拳と拳が激突する。
衝撃波が結界内を荒れ狂い、結界にヒビが走る。
「ほう、、なかなかの威力か……
だが、甘いわ!」
クレアの魔力量が、さらに跳ね上がる。
空気が震え、圧が増す。
逆の手から放たれる、最高レベルの魔法。
直ぐにヴルドが俺の足を動かし、距離を取る。
「…… 破壊打撃!」
おい待て、流石にしんどい……
これ、結界持たないって!
《借りるぞ、身体半分……》
左半身をヴルドに委ね、
俺も右手を前に突き出す。
「紅冥衝!」
《血脈断絶……》
2つの力が重なり合い、クレアの魔法とぶつかる。
その威力により、空間が爆発してしまった。
衝撃が収まった後、クレアは無傷のまま、静かに立っていた。
「僕の技……相打ち、、
なるほど、ヴルドも手伝ったか……」
どうやら、ヴルドの存在を知っているらしい。
「僕が思っていた以上だった、、
よし!
本当は、ヴェノムが面白くなかったらここの城とあそこの村、そして配下とか諸々全部壊そうと思ってたけどやめた!」
えっぐい。
《おめでとう、確実な闇堕ちだったな、》
まぁ、今でも十分魔王に堕落してるんですがね……
敵意は、今は無さそうだ。
「城の中に入るか?クレア、」
「お!いいのか!お言葉に甘えるぞ!」
こうして、また一人
魔王が俺の城に足を踏み入れた。
――――――――――――――――――――――
「おい、あれが魔王か?」
会議室の長机を挟んだ向こう側。
ロバートが身を乗り出し、指先だけでクレアをこっそり示す。
声量は抑えているが、視線は完全に彼女に釘付けだった。
見た目はただの少女、なんなら目の前のオレンジジュースを普通に飲んでいるのだから。
「えっと、俺が寝てる間に何が?」
シドウが椅子に深く腰掛けたまま、俺の耳元に顔を寄せて囁く。
その目はまだ半分眠そうで、状況をまるで理解していない。
いや、起きろよ。
サマエルと焔はスイが医務室で面倒を見ている。
そのため、その三人を除いた配下たち全員をこの会議室に集め、
俺は改めてクレアを紹介していた。
場の空気は、明らかに硬い。
下手に喧嘩を売るどころか、視線を向けるだけでも神経を使う。
怒らせたら、まず止められない。
だって、俺とヴルドよりこの子強いもん。
サマエルも焔もやられるしね。
冷静に考えても、
バフォメットやルシアンより強そうだ。
ヴァルヴィスも……多分、無理だろうな。
真正面から戦って勝機があるのは、
サタンぐらいだろう。
「僕より強い……」
ぽつりと、アスが呟いた。
声は小さいが、その言葉の重みは周囲に伝わる。
アスにここまで言わせるとか、本物だなこれ、、
そんなことを考えていると、
クレアが楽しそうに口を開いた。
「なるほど、こいつらがヴェノムの配下なのか、
よし!気に入った!僕はここにしばらく居座ろう。」
満面の笑み。
悪意も警戒もない、あまりにも無邪気な表情。
だが、その一言に対する反応は真逆だった。
配下たちは揃って目を見開き、完全に思考が止まっている。これぞ目が点。
「え?いや、、そっち城とか配下とか……」
俺が言いかけたところで、
クレアはあっさりと言い切った。
「そんな面倒なものとっくに消したわ!
今は、サタンの所に居座っていた。」
……ああ、めんどくさい奴だ。コイツ。
完全にノリで生きてる。
いわゆる居候ではないか……?
「所で、ヴェノムってなんでヴェノムって言うんだ?
本名は、?」
ん?
あれ、これ気づかれてますやん。
俺は一瞬言葉に詰まり、
慌てて、いや、できる限り紳士的に冷静を装い、
隣に座るアスへ視線を送る。
するとアスは、
一瞬で察したように、すっと目を逸らした。
おい。
コイツ、直ぐバレたの予想外じゃないか。
「それは、、、」
俺が口を開こうとした、その時だった。
「それは、俺も思ってた。
ヴェノムって、偽名だよな?」
ロバートが静かに首を縦に振る。
……コイツ賢い。
クレアも、
まぁ、賢いじゃあないか……
「本名は、ライト。
魔王には合わない名前だから、ヴェノムにした。
以上!」
もう誤魔化すのは諦めた。
俺はそう言い切り、アスの方を見る。
にっこりと笑って、
親指を立ててグッドサイン。
コイツ舐めてんな。
「……なるほど、所でよくヴルドなんか言う魔王を身体に入れるな!」
おっと、
そこまで見抜かれていたのか。
「まぁ、色々あってな。」
「ヴルド聞いてる?
それ、双魔同体……魔王の中じゃ禁忌だよね?」
禁忌?
双魔同体?
……なんのことだかさっぱりだが、
《嫌なやつに目をつけられたな。》
「まぁ、禁忌って言っても僕からしたらどうでもいいけどね。
そっちの方が面白そうだし!
僕は見なかったふりしとくよ……何百年前のルールだし?」
……よし。
ヴルド、お前後で尋問ね?
《ハハッ、冗談はやめてくれ。
消し飛ばすぞ⭐︎?》
そうして、
楽しく……なのか?
一応談笑していると、
クレアが、まるで思い出したように口を開いた。
その一言で、
会議室の空気が一瞬にして凍りつく。
「ライトって面白いな!!
あ、そうそう、今度の魔王評議会ライトも出席してね。
それと、ヴェイドが復活したよ〜」
「へぇ、それはすごい。
…………え?」
ん?
ちょっまって、なに?
この子今なんて言った?
「ライト、これは少し不味いんじゃないか?」
ヴェイドが復活。
それが事実だとすれば――
ヴルドの話通り、
配下の量、戦力差、どれを取ってもアウトである。
それに、魔王評議会?
急に言われても困るのだ。
そうして、俺たちはじっくりとクレアとヴルドから話を"詳しく"聞くことにした。




