第三十五話 作戦、嵌めます。
「って感じ?
どう?配下にする?」
長机の奥──俺は腕を組み、集まった配下たちに改めて問いかける。薄暗い会議室の天井には魔石のランプが揺れ、青白い光が彼らの横顔を照らしていた。
「主人様次第だよ〜!」
クロが尻尾をふわふわ揺らしながら言う。
まるで今の議題が他人事のような気楽さだ。
シドウは壁にもたれ、腕を組んだまま無言で頷く。
やはり、そうか。
「まぁ、どうしてもなら仮所属みたいな感じでいいんじゃないかな?」
蒼が机の上に置いた資料を指で軽く叩きながら提案する。瞳は冷静だが、周囲を気遣うように全員の顔を順に見渡していた。
まぁ、それならば……
――その瞬間。
ドンッ!!
どこからか、大きな物音が会議室の空気を裂き、一同が弾かれたように立ち上がる。机の上の書類が舞い、クロが驚いて尻尾を逆立てる。
扉が勢いよく開かれ、そこから現れたのは……
スイを片腕で拘束し、首にナイフを突きつけるロバート。
「……コイツの命は、貰うぞ!」
スイは顔を歪め、涙を浮かべながら俺の方へ必死に手を伸ばす。
「主人様!!」
声が震えている。仲間たちの動きも同時に止まり、空気が凍り付く。
しまった、そう来たか……
能力を使えば止められる。だが、それでは根本的には何も変わらない。
「スイ!!」
アスが机を蹴って一歩前へ。今にも飛びかかる勢いでロバートを睨みつける。
スイはアスのお気に入りだから仕方ないが
殺意すら滲むその眼差しに、会議室全員が息を呑む。
とにかく、
「ロバート!話し合おう?」
俺がそう提案してみる。
横に居るアスは奥歯を噛み締め、蒼は拳を机の下で固く握り、シドウは静かに間合いを測っていた。
「ダークの事、魔王……アンタが原因だろ?
本当は配下のフリをしてお前らを陥れる予定だったが、すまんが、我慢の限界だ。」
ナイフの先が俺へ向く。震えながらも、ロバートの目だけは怒りに曇っていた。
「ああ、俺のせいだよ。ダークが死んだのは……
殺すか?殺してもいい。」
会議室が、一瞬で静まり返る。
クロが目を丸くし、アスが振り返り、スイすら唇を噛みしめた。
ダークが死んだのは本当に俺のせいだ。
魔王と聖騎士が会ってしまった。
交流してしまった。
だから裏切りの罪を着せられた。それだけだ。
「……くっ、」
ロバートの腕が震え、ナイフが揺れる。
今だ──この一瞬を俺は狙う、正確には、俺の相方だが、、
「アス!」
「了解!」
アスの足元に魔力が散り、視界から一瞬で消える。
次の瞬間にはロバートの懐に入り込み、腕をひねり上げ、ナイフを奪い取る。
「………!!」
叫ぶ間もなくロバートは床へ押し倒され、失神させられる。
シドウが補助に入り、蒼がスイを抱き寄せて無事を確認。
クロは倒れたロバートの周辺をチェックし、他の武器がないか探っている。
他の配下たちも同様だ。
アスが深く息を吐き、ロバートを担ぎ上げる。
そして動揺する配下たちの間を通り抜け、静かに俺の部屋へ運んだ。
ーーーーーー
(どこだここ……)
ロバートは、ぼんやりとした視界の中でゆっくりと瞬きをした。天井はやけに白く、知らない建物特有の匂いが鼻をくすぐる。身体を起こした途端、全身を重力が押しつぶすような不快感が襲う。
「目が覚めたか?」
低く、しかし聞き覚えのある声。
ロバートは反射的に布団を蹴り、ベッドから距離を取る。視線を下へ向けるが、右手にあったはずの銃が無い。
「ナイフは、それと腰にあった銃も没収させてもらった。アンタだろ?ダークに銃を教えたの。 何があったか、どう言う関係だったかはまだ言わなくていい。」
部屋の中央、薄暗い光の中で魔王がこちらを見つめ、壁にもたれながら静かに言葉を放つ。その表情はどこか遠いものを見ているようだった。
(なんだ、コイツ……この雰囲気、本当に魔王か?)
「……ところで、俺の配下たちはお前を歓迎する気は無いみたい。」
「好きにしろ。殺すのか?」
ロバートの吐き捨てるような声に、魔王はわずかに首を傾けた。
まるで質問の意味を測りかねている子供のように。
「他の魔王はそうするのか? 少なくとも俺は殺したく無い。」
「あ? どう言う事だ?」
ロバートは眉をひそめ、半歩踏み出す。魔王は腕を組んだまま、柔らかな声で続ける。
「ダークが信用した人なら、俺も信用したい。構え方が一緒だった。ヴァルヴィスは剣技、ダークは銃の使い手、親子だが武器が違う。教えたのアンタでしょ?」
「だから、だったらなんだ?」
ロバートは苛立ちが隠せない。
魔王はその雰囲気に怯むこともなく、淡々と話を進めた。
「近くに獣人族の村がある。そこに行って困ってる住民を助けに行ってこい。俺の娘を連れてね。エル!おいで、」
扉がゆっくりと開き、光が漏れた。その中から姿を現したのは、明るいオレンジ色の髪を揺らす少女だった。無邪気さと力強さを混ぜたような、鮮やかな瞳。
「は? ガキのおもりか?」
「ガキじゃ無いよ! 天使!」
エルはムスッと頬を膨らませ、ロバートをギロッと睨む。
魔王は微笑みを浮かべ、優しい声で続ける。
「エルはまだ生まれたばかりなんだ。エルを守りながら依頼を達成してこい。それが出来れば配下にしてやる。ダークの事で俺を殺したいなら命を狙いまくってくれて構わない。近くにいた方が狙いやすいと思うよ?」
あまりにも自然に、あまりにも柔らかい声音で言うものだから、ロバートは一瞬だけ言葉を失った。
(何を言ってんだ?コイツ……お人好しにも程があるだろ。
何か計画があるのか? いや、、そんな計画で自分の娘を出さないだろ!
一先ず乗ったフリだけするか、ああ! 計画が崩れた……最悪だ、)
ロバートは舌打ちしながら顔を上げた。
「……わかった。正直に言う。お前の配下になってやる。そんでお前を殺す。直ぐにな……」
「ああ!楽しみにしてる。」
魔王は嬉しそうに言い、ロバートへ向けてそっとナイフ、そして銃を投げ返す。
ロバートはそれらをキャッチすると、何も言わずに部屋を出て行った。
残されたエルが、不安げに袖をつまむ。
「パパ?大丈夫なの?」
「さっき言った通りに頼むぞ。いざとなったらいつでも助けに行くから、頼んだ。」
「うん! 任せて!」
エルは胸に拳を当て、子供らしい力強さで応じた。
──────────
数分前。
円卓の会議室――魔王城の地下にある広い部屋。
魔力灯が淡く揺れ、薄暗い空間をぼんやりと照らしている。
「僕は反対! スイが死にかけた。」
アスがテーブルをドンと叩き、眉を吊り上げて叫ぶ。
その表情は本気の怒りというより、心配ゆえのものだった。
「そうなったら、全員で助けに行ってる。」
シドウが腕を組んだまま冷静に返す。
「そりゃそう。」
俺は小さく吐き捨てた。
俺は二人のやり取りを聞きながら、椅子の背に身体を預ける。
すると――
「じゃあ、図ってみたらいいんじゃない〜?」
焔が退屈そうに髪を指でくるくるしながら提案してきた。
彼女らしい軽さだが、内容は意外と核心を突いている。
なるほど、試してみるのか。
「それが確かに一番いいかもね。」
アヌビスも尻尾を揺らしながら賛成を示す。
「でも、悪い人じゃないと思います。」
スイがモジモジと指先をいじりながら、小さな声で言った。
腕には包帯が巻かれているが、それでも彼女はロバートを庇おうとする。
「まぁ、私たちにとっては何も知らないわけだし、何か言う事もないわね。」
ノクスは椅子に背を預け、腕を組んでため息をつく。
――こうして、全員の配下を集めて話し合った結果。
“ロバートを試す”
という結論になった。
何かアイツを嵌める。
罠というより、試練。
それ次第で――殺すのか、配下にするのかを決める。
俺は魔王だ。
これまで国を落とし、戦いの中で何人も殺してきた。
一人ぐらいなら、情けをかけずに済ませることもできる……
――多分。
……ダークの顔がチラつくんだよな......
彼の表情が何度も浮かび、俺はわずかに目を伏せた。
「分かった。じゃあ、どうす……」
そう言いかけた瞬間――
「私やりたい!!」
高い声が響き、みんなが一斉に振り向く。
手を真っ直ぐ上げていたのは――エル。
「「「「え?」」」」
配下たちの声が揃う。
思わず俺も目を見開く。
どうやらエルは“初仕事”をしたくて仕方がないらしい。
可愛いと言えば可愛いが、Daddyとしては心臓に悪い。
生まれたばかりなんだけどな……この子……
それでも、エルの魔力は俺の配下の中でもトップクラスだ。
弱いわけではない。
俺は深く息を吐き、エルの目をしっかりと見る。
「わかった。ただ、ヤバくなったら直ぐ逃げるか、俺を呼んで、いいな?」
「分かってる!」
エルは胸を張り、力強く返事をする。
その瞳はまっすぐで、迷いがない。
こうして――
ロバートを試すための作戦が正式に動き出した。
魔王城は静かだが、どこか空気が熱を帯びていた。




